第22話 魔境と不良
「……飛鳥ならいないですけど……なんの用ですか? 飛鳥の友達? 待ち合わせでもしてたとか……?」
「こうして敵意を見せて睨みつけてるのに、待ち合わせなわけがないだろう」
先頭にバイクを停めていた女性がバイクを降りた。あ、律儀にエンジン音を切っている……、それに合わせて後ろの十数人もエンジンを切ってくれて――意外とちゃんとしているみたいだ。
さすがに住宅地でエンジンをつけっぱなしにするのはうるさいと思ったのか。噂で聞いた『昔の不良』を真似してはいるけど、今の時代らしく炎上しない程度に留めているのかも……。
不良にも健全さを求める時代だ。
ただ……そうなると不良ってなに? って気もするが。
「神谷飛鳥がいない? けど、隠してる――って場合もあるんじゃないかい?」
「飛鳥のことを知ってるんですよね? なら、隠されて素直に隠れてる飛鳥じゃないってことは分かりそうなものですけど」
飛鳥なら、威嚇されたら飛び出して撃退してしまうだろう。たとえ相手が多人数だろうと関係なく――。男を相手にしても躊躇うことなく突撃するタイプだ。
こうして出てこないのであれば、いないことの証明になるはず……。
「すみませんけど、姉の行先も分からないんで……自分たちで探してもらっていいですか?」
「……なら、アンタたちを人質にしようかね……」
「え」
門戸の内側から、妹ふたりが心配そうに覗いている。
「……大丈夫だ、舞衣、蝶々……。いいから、部屋に戻ってろ」
「でも、兄貴が危ないじゃん……っ」
「にいさんも、戻ってきて」
「おれは大丈夫だから」
なんとなく、おれでもなんとかなりそうな相手な気がしているのだ。
「なら、私も盾になるわね」
「黒冬さんも……いらないよ。舞衣と蝶々のふたりを見ててくれ」
隣に立った黒冬さんは、おれの意見に不満そうだった。
「嫌よ。放っておくとあなたは殴られに突撃しそうだし……。あなたが大丈夫でも見ている側が受け入れられるかは別のことよ。
ボロボロになったあなたを見て身内はがまんできないでしょうね」
「じゃあ……黒冬さんはどうなんだ?」
「がまんできないわよ?」
だから隣に立っている、とでも言いたげだ。
「また、あなたに怪我をさせるわけにはいかないもの」
「あー……中学の時のこと、気にしてるのか」
「忘れたことなんて一度もないけど」
おれはもう気にしていないけど、だからいい、というわけでもないのだ。
被害者がもういいと言っても、加害者、もしくは間接的に危害を加えてしまった側は、やはり簡単には忘れられない。
一生、忘れられないことかもしれない。
「なにをごちゃごちゃと……っ。悪いけど、神谷飛鳥を誘き出すためだ……アンタらには言うことを聞いてもらうよ」
不良少女たちが取り出したのは鉄パイプ――ではなく。……野球のバットだった。しかも小学生が公園で使っていそうなプラスチックのやつで――雰囲気が出ないな……。
高校生の喧嘩に原色を使ったカラーバットを持ち出すのは…………気が抜ける。
「神谷くん、油断」
ぱしっ、と背中を叩かれた。優しい一撃だったけど、それではっとさせられた。
「え? あ――……うん、さんきゅ」
プラスチックのカラーバットとは言え、当たり所が悪ければ気を失うこともある。それが原因で障害が残る可能性だってあるのだから……。
たかがカラーバットとなめてかかるのは危険だ。カラーバットだけど、今は金属バットと考えてもいいだろう。
「――ここまでするなんて……飛鳥が、一体なにをしたんだよ……?」
想像はつく……が。飛鳥に理不尽に殴られたのであれば怪我を引きずっていてもいいはずだ。
でも、彼女たちに怪我はなく、顔が腫れているわけでも痣があるわけでもない。
喧嘩を知ってはいても慣れてなさそうな女の子ばかりで…………本当に不良なのか? と疑ってしまう。
見た目だけを整えたようにも思える……まさにコスプレだ。
スケバンではなく、不良自体がコスプレなのか……?
「……――と、を」
「え?」
「弟が、巻き込まれたの」
「…………」
「だから復讐をしにやってきた。アイツのせいで、アタシの弟は――」
彼女は強く歯噛みした。悔しさと怒りを全身に浸透させていくように……。
ぎゅっと、バットを握り締める。
「アンタが神谷飛鳥の弟なら、アンタを壊せば、復讐になるのかい?」
「さあな。……そんなの、気が済むかどうかはお姉さん次第だろ」
「……そうね。じゃあ、壊してあげる。スッキリするかどうかは運任せだ――」
不良少女が、石段を駆け上がるための一歩を強く踏み込む――その瞬間。
気づけば不良集団のど真ん中に立っていたのは……雛姉……?
「今のお話には、おかしな点があるわね」
「へ? …………ッッ!?!?」
不良たちが一斉に距離を取った。
誰も、自分たちの輪に入られたことに気づけなかったのだ。
「??」と戸惑う者が多く、見えている光景を目を擦って疑う者もいた。
……疑うのも無理ないけど、だけど実際に雛姉はそこにいる。
まあ、事情を知っている側からすれば驚くこともない。
あそこに立っているのは雛姉と瓜二つの『ドッペルゲンガー』だろうから。
多忙な雛姉が猫の手も借りたいと願って生まれたもうひとりの自分……。舞衣や蝶々、飛鳥と同じく、雛姉には『分身』を作るという前世から引き継がれた力があるのだ。
……おれも、分かっていても驚いた。だって――ドッペルゲンガーが出てきたことに、ではなく、つい最近まで人形のようにただ黙々と動くだけだったドッペルゲンガーが、今ではまるで雛姉本人のように流暢に話しているのだから。
蝶々が自分の存在感を「意識して」調節できるようになったみたいに、雛姉もまた成長しているのだろう。
「おかしな点、だって……? っ、どこがおかしいって言うんだい!?」
雛姉を年上だと察して、不良少女の勢いが削がれたようだった。
……やっぱり根本的に「ちゃんと」している人なのだろう。
「あなたの弟さんが巻き込まれたのよね? 飛鳥はそれを知っているの?」
「…………知ってる、と、思う……」
「嘘ね。弟でなくとも、あの子よりも年下の『なにも悪くない』男の子が巻き込まれたなら、そのまま放置する飛鳥ではないわ。もしも弟だと分かっていたのなら、尚更、傷つけることはしないし、傷つけてしまえば最後まで面倒を見るわ。――飛鳥はね、そういう子なのよ」
「はんっ、姉の知らないところで妹がどんな行動をしていたか、なんて分からないだろうさ。姉には見せていない一面があるのは当たり前だと思うけど?」
「そうね。それでも『弟』となれば話は別よ。あの子は弟が『大好き』だから。大切にしているから――あなたの気持ちが一番分かるはずだわ。道を踏み外していじけている弱い妹だけど、それでも弟のことは一番大切にしている、私の自慢の妹だから……。そんなあの子が人の弟に手を出して傷つけるなんて――あり得ない」
――弟が大好きだから。
――いちばん大切にしているから、と言われてしまえば……おれはどうすればいい?
「神谷くん、私の冷気で冷やしてあげようか?」
「別に、いらない」
「でも、耳が真っ赤っか」
この場に飛鳥がいなくて良かった……。
いたら、地獄みたいな空気になっていただろう。
きっと、お互いに顔を見れない。
「だからね、嘘はよくないと思うの」
「…………関係、ないのよ……ッ」
握り締めたカラーバットが振りかぶられ、雛姉の頭に落とされた。
「あ……っ」と殴った側の不良少女はついやってしまったことに怯えていたけど、その後悔も一瞬のことだった。覚悟を決めてからは、強気の態度を崩すことはない。
「ごちゃごちゃと……ッ、うるさいんだよッ!!
弟が巻き込まれたっ、その復讐でやってきた! ――いいから神谷飛鳥を出しなっ!!」
「雛姉!!」
「待って神谷くん。……あれはドッペルゲンガー、なんでしょう?」
「そうだけど……ドッペルゲンガーでも雛姉だ」
偽物が叩かれたら雛姉にも痛みが伝わるわけではないけど、雛姉そっくりの人形が殴られていたら……見ていて気持ちが良いものではないのだ。
できることなら止めたい……そう思うのはおかしいことか?
「――おれ、いってくる」
「え? ――ちょっとっ、狙いは神谷くんなのよ!?」
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