第18話 神谷の特別


 シャワーを浴びて汗を洗い流し、スッキリとした顔の舞衣が食卓に座った。


 遅れてカレーを食べ、「おいしー!」と大絶賛だった。

 雪門は大喜び――するかと思いきや、意外にもにやけ顔で照れて「そ、そうかな……?」と満更でもなさそうだったけど……最高のスパイスは空腹とも言う。


 極限まで腹をすかせていればなんでも美味しく感じるんじゃ……と言うのは野暮だ。

 大失敗をしないだけでも、カレーは美味しく作れるだろう。

 味の良し悪しの判断は間違っていないはずだ。


 苦笑する雛姉を見れば、料理の最中に紆余曲折あったのだろうと想像できる。

 厨房でなにがあっても、美味しかったのは間違いない。

 多少の失敗は完成品に大きな影響を与えないから……だからこそ雛姉が選んだのだろう。


「そうだ、雪門。説明しておこうと思うんだけど……」


 黒冬さんを知っている雪門に、あらためて妖怪の説明をする必要はないだろう。

 彼女に『最低限』知っておいてほしいのは、蝶々と舞衣のことだ。

 ちなみにもうひとり、下の姉のことは……今この場にいないので後回しだ。

 雛姉については特に害もないので、これは追々でいい。


 蝶々については黒冬さんが知っているが、「聞いておいてくれ」と丸投げするのはさすがに冷たいと思う……かいつまんで説明してしまおう。


「簡単に言えば、蝶々は『忘れやすい子』で、舞衣は『おれだけに厳しい子』と思ってくれればいい。蝶々のことを度々忘れたり思い出したりするだろうけど、雪門がおかしいわけじゃないからな。舞衣の罵倒も、体内のばい菌を体の外へ出しているだけで――デトックスみたいなものだ。心の老廃物を取り除いているだけで……それにはおれが必要なんだよ。

 さっきの罵詈雑言も舞衣の本音じゃない。…………だよな?」


 舞衣に同意を求める。


「…………」

「え……、どっち?」


 舞衣の沈黙は不安になる。ばつが悪そうな顔は、全部がまったくの嘘ではない、ということだろうか。あの言葉の中に本音がある……えぇ、どの部分だ……?


「……そっか。神谷くんの性格は、妹ちゃんたちで作られたものだったんだね」


 そう、なのかもな。姉も含めて……でも、成長ってそういうものだろ?

 親、姉妹きょうだいと一緒に過ごして作られていくものだ。


「あたしと黒冬さんを気にかけてくれたのも、妹ちゃんの前例があるからでしょ」

「まあ……、経験があるから力になれるかも、と思って」


 じいちゃんに頼まれて、知り合いが困っていた時に相談に乗ったこともある。

 妖怪絡みであれば、おれの体質が使いやすいのだ。


 なので経験というデータだけが豊富に集まっている。

 問題がパターンで分けられるなら簡単なんだけどな……、残念ながらそうもいかない。

 雪門を相手にしている時のように、毎回が未知との遭遇だ。


「そうやって、色々な子を助けてきたんだねー」


 感心してくれているのか?

 ……いじられているように感じる、にまーっとした笑い方だけど……。

 黒冬さんとは真逆の、雪門らしいひとつの側面だなあ、と思った。


「でもさ、兄貴……兄貴はおじーちゃんからのお願いじゃないと動かないよね?」

「クラスメイトが困ってるから、で、進んで相談に乗ること、ある……?」


 舞衣と蝶々が訝しんでいる……いや、あるだろ。選り好みしているわけじゃない。

 困っていればクラスメイトでも無償で相談に乗るさ。内容によってはもっと適した人選に相談して丸投げしてしまうこともあるが……おれは別に、万能じゃないし。


「雪門とは――ああ、黒冬さんの方な……とはまあ、仲が良い方だったから」


 まさか一目惚れした相手だ、とは言えない。本人にさえ伝えていないのに、雪門の方へ先に……どころか妹ふたりと姉ひとりに打ち明ける理由もない。


 単純に明け透けに本音を話すのが恥ずかしいという理由もある。

 ぺらぺらと喋れるほど、おれは清廉潔白でもないのだから。


「仲が良いなら、協力する理由にはなるだろ?」


 雪門は「そっか……」と。

 舞衣と蝶々はおれの誤魔化しを見抜いた上で、『そういうことにしておいてあげる』とでも言いたげに溜息を吐いた。


 雛姉は……その一連のやり取りを微笑ましく見ていた。

 見られていたのだ……ずっと。


 妹以上に、雛姉には隅々まで全て見抜かれているような気がして……。


「じゃあっ、そういうことだからっ! ……雪門は、たとえおれが妖怪絡みでボコボコに殴られていたとしても、見守っていればいいから。おれが頑丈だってこともあるけど、そこには理由があるからさ……。横槍を入れてお前が怪我をする必要はないんだ――いいな?」


「うん、がんばるっ」


 なにを?

 横槍を入れないように堪えることを?


 …………彼女の場合、たとえ分かっていても助けに入りそうだ。


 じっくり考えてから行動するタイプではないから、見てすぐに動くのが基本――となれば、雪門は止まれないかもしれない。


 雪門の前では、勘違いされそうなことはしない方がいいか……。


 ――と、心構えをしたものの、そんな決意は早々に打ち砕かれた。




 ひとまず、目先の約束を果たしてしまおう。


 毎日とは言ったけど、悪天候になれば中止になる。


 ……幸い、今日は夜中も晴れだった。――天体観測日和、と言うのかな?


 おれと蝶々は約束した通りに、今夜は星を見上げることにした。

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