第14話 夜はわたしのもの
「……そう言えば、雪門」
「神谷くん、慣れないなら私のことは『黒冬』じゃなくて雪門でもいいけど……」
「あ、いや…………黒冬さんで。だって年上だろ?」
前世から継続して今世を生きている……『昔の』人だ。
「そうだけど……、中身はね。体は神谷くんの同級生だから」
「意識して黒冬さんとは呼ぶけどさ……たまに出ちゃう時はそりゃあると思うぞ。雪門はもうひとりいるからなあ……できれば呼び方には差をつけたいんだ」
「あの子の方は『深月』でいいじゃない」
「下の名前を呼ぶのは照れるだろ」
そういうものなの? と首を傾げる黒冬さん。彼女だっておれのことを「神谷くん」と呼んでいる。これを「下の名前で呼んで」とお願いしても……実際に呼ぶのは難しいのではないか。
いや、年上からすれば、年下の男を呼び捨てで呼ぶくらいはどうってことないか?
「黒冬さんは……じゃあ呼べる?」
「下の名前……、できるけど、呼びたくないわね……」
どういう意味だろう……。傷つく方でなければいいなあ。
「なんでだよ……」
「理由は言いたくないの」
ないの、と言われても……納得はできなかった。けど、許すことにした。
言った黒冬さんの耳が、ほんのりと赤かったから――。
「ところで黒冬さんはさ、どうして蝶々のことを忘れなかったんだ?」
最初は忘れていた様子だった。
おれと蝶々がいた居間を見て、おれのことを「ひとりで暇してる」と言ったくらいだ。
最初は確かに、蝶々の能力の影響を受けていたようだが……。
「慣れただけよ。
忘れてもすぐに思い出せる……、ただの人よりは『我に返り』やすいのだと思うわ」
雪門の中にいた時の黒冬さんなら蝶々の術中にはまってしまっていただろうけど、今は分裂し、純粋な黒冬さんだ……。その状態なら、受ける蝶々の能力の影響も少ない。
だから忘れても思い出せたのだ。
見えないはずの蝶々の姿を見つけることができた――ただ、そうなると黒冬さん以上に耐性があるおれはなんなんだ? と気になってしまうが……。
そういう体質だと言われてしまえばそれまでだ。
聞いてみると、黒冬さんが可能性のひとつを提示してくれた。
「蝶々ちゃんの深層心理が影響している、とも思うわね」
……つまり、無意識に思っていること?
「きっと蝶々ちゃんは……
神谷くんにだけは忘れられたくないと思っている――のかもしれないわね」
おれのシャツをつまむ蝶々が、さらに密着してくる。
ここまで甘えてくるのは数年ぶりだ……急にどうして……あ。
黒冬さんに取られると思ったからか。
おれが誰かに取られるなんて、もっと先の話だ。少なくとも黒冬さんに取られることはない……だって、今年は彼女と過ごす『最後の夏』なのだから。
「あ、そうだ。黒冬さんも一緒に天体観測――」
と、誘おうとしたら、蝶々に口を塞がれた。
「付き合わせるの、もうしわけないから…………ふたりで」
ふたりきりで、と繰り返された……そうなのか?
「その方がいいなら……まあ。じゃあふたりで……――だそうだから、ごめん、黒冬さん」
「ええ、当然よね」
はぁ、と肩をすくめる黒冬さんと――それに合わせるように肩を落とした蝶々。
ほっとしているのか……安堵の息? を吐いていた。
ふたりにしか分からない意思疎通ができている様子だった。年が離れていても女子同士であれば言葉もなく会話に近いことができるのかもしれない……。
女子の共通の話題と言えば――あ。
……おれの悪口で盛り上がったわけじゃないよな?
「機会があれば、私も参加させてもらうわね」
「うん。呼んだ時だけ、きて」
ちくっとする言い方だったが、黒冬さんは笑顔だった。
でも、その笑顔も笑顔で、怖かったけど……。
黒冬さんは今度こそじいちゃんの部屋へ向かった。積もる話が……ある?
あるのかもしれない。前世の話は、じいちゃんも知りたいことだろうしな。
「蝶々……」
「なに、にいさん」
「天体観測ってさ……毎日じゃないよな?」
「いやなの?」
「そういうわけじゃないけど……」
「なら、毎日。夜は一緒――だね」
「…………はい」
滅多に見られない蝶々の『本当』の笑顔を見てしまえば、面倒だ、とは言えなかった。
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