第10話 雪門深月がクールになるには
「……黒冬さんは、絶対に消えちゃうの……?」
「そうだ。誤魔化しながら延長することはできるかもしれないけど、確実じゃない。消えることを忘れた頃に、急に消えていなくなる可能性だってあるんだ。
充電が切れかけているゲーム機の電源を入れると、すぐに消えることがあれば長く起動することもあるだろ? でも、やがて電源は落ちてしまう……そういうことだよ」
「?? 分かんないけど」
そうか……雪門はゲームをやったことがないらしい。
黒冬さんが積極的にやらなければ知らないか。
黒冬さんはなんとなく想像がついたみたいだけど、おれのたとえに呆れている様子だった。センスがない? でも、他に言いようがないし……。
――世の中の男子なんてこんなもんだよ!
「……急に素直になったわね……神谷くんがこの子を説得したの?」
「気づいたら素直になってた。飯を食ったからじゃないの?」
「え……。空腹だったから聞き分けが悪かったの……? え、ほんとに……?」
ふとした表情は黒冬さんも雪門みたいに見えることがある。
こういうところは姉妹でなくとも同じ体に入っていた重なった人格『らしい』部分だ。
雪門も、イライラして認めたくなかったのはあるかもしれない。満腹になるにつれておれたちの言い分を飲み込み始めた……。納得はしていないだろうけど、おれたちの言いたいことや願いが伝わってくれればそれでいい。
「…………でも、まだ可能性はあるんだよね?」
「ああ。絶対に消える運命だって決め付けるつもりはない。黒冬さんが今後も雪門の中にい続けることも、できるかもしれない」
「ちょっと!」
期待させないでっ、とおれの肩を小突く黒冬さんだが、これは悪い囁きでもないはずだ。
雪門にとってモチベーションのひとつになるのなら、使わない手ではない。
「だけど、黒冬さんがいない世界のことも考えておかなければならないんだ。夏休み明け、雪門は黒冬さんなしで学校生活を送れるのか? きっと黒冬さんからの伝聞でしか知らないだろ? みんなの前で……どう振る舞うつもりなんだ?」
「え? それはだって…………あ…………」
気づいたようだ。さ、っと顔面を蒼白にさせる雪門。迫る危機を、やっと実感したようだ。
証拠に、彼女は皿の上のスプーンを滑らせた。動揺して、動かした手の指が当たったようだ――からんかたっ、とテーブルに落ちて、高い音を響かせる。
「…………あたし、黒冬さんみたいに振る舞えないよ……っ!?」
頭を抱えて、テーブルに突っ伏す。
黒冬さんは横で「そこまで絶望することなの……?」と呆れていたけど、彼女にとっては当たり前のことでも、雪門からすれば手の届かないハイレベルな芸当だ。
黒冬さんのクールさは、一朝一夕では身につかない。おれだって黒冬さんのフリをしろと言われたら、頭を抱えたくなる。……それだけ難しいことなのだ。
そんな黒冬さんだって、前世のさらに前世から引き継がれたクールさかもしれないし……そうなると努力どうこうよりも積み重ねた時間が芸の洗練に繋がっている。黒冬さんに追いつくことはできないだろうけど……それでも近づくことはできるはずだ。
できなくはない、とは思うが、真逆と言える雪門には、さらに難しく感じるだろう。
「どうしよう……どうするの!? やっぱり黒冬さんにはいてくれないと――」
「急にいなくなった時、誰も頼れない校内でお前はどうするつもりなんだ?」
「う。うぅ……それは……神谷くんがフォローしてくれれば……」
「できると思うか?」
「…………」
そこで黙るな。いや、完璧どころか人並みのフォローもできるとは言えないけど。
自分で言うのはいいが、そう思われている、というのもショックだった。
「……黒冬さんは、今後もいるかもしれないし、急にいなくなるかもしれない……だったら『いない時』のことを考えて練習しておいた方がいいだろ? できるけどやらないのと、まったくできないだったら前者の方がいいはずだ。
それに、ちょうど夏休みだ。時間はたっぷりとある……お前は黒冬さんのこれまでの立ち振る舞いができるように、練習するんだ」
「あたしが、クールに……?」
「別にキャラ変してもいいけどな。夏休み明けから雪門らしく接すれば、最初は驚かれると思うけど、すぐにそのキャラも受け入れられ、」
「ダメッ!! きっとみんなガッカリする! ……ガッカリされるのは、やだよ……っ!」
「なら、クールをマスターするしかないな」
「………………うん」
「黒冬さんが築き上げてきた雪門深月を、守るんだ」
「――うん!!」
やる気が出たのか、残っていた大皿のチャーハンを自分の元へ引き寄せ、勢いよく口の中へかきこんだ。リスみたいに膨らむ頬……彼女は時間をかけて咀嚼して、飲み込んだ。しかしすぐに「う、」とえずいて、手で口を塞いだ。
案の定、食べ過ぎて気持ち悪くなったようだ。
テンションが上がると実力以上のことをしてしまう悪癖は直しておかないとな。
「神谷くん……あの子の扱いが上手よね……」
「まあ、妹がいるし」
「そう……。女の子の扱いが上手なのはそれだけ引き出しの中にたくさんの経験があるからだと思っていたのだけど……、妹さんのことなのね?」
疑う視線だった。
黒冬さんの想像も、見当違いでもないけど……答える義務はない。
まあな、と相槌を打ちながら。おれはみんなのお皿とスプーンを回収した。
手伝うよ! と言ってくれた雪門と一緒にお皿を台所へ持っていく。別におれひとりでできる量だけど……今、やる気を削ぐのはやめた方がいいか。ただでさえ少ない量の半分を雪門に渡して、ふたりで向かう――すると人の気配があった。
流し台で洗い物をしていたのは雛姉だ。両親不在の今、じいちゃんばあちゃんを除けばおれたち『きょうだい』の母親役は大学生の雛姉なのだ。
「雛姉、ごちそうさま」
「ごちそうさまです!」
当たり前のことなのに、よく言えました、と雪門の頭を撫でそうになった……疼く右手を抑えつける。こんな形で右手が反応するとは……想定外だった。
内面の幼さから思わず子供扱いをしてしまう。
昔の妹を思い出す……いつからか生意気になったけど。
「ありがと。美味しかった?」
「はいっ、美味しかったです!」
「ふふ、なら良かったっ」
雛姉は遠慮なく雪門の頭を撫でていた……まあ、年の差もあるしこっちは違和感がないか。
雛姉も、自分の行動に疑問を持ってはいなさそうだった。
雪門にはそういうことをさせてしまう不思議な魅力があるのだろう。
黒冬さんにはない真逆の魔性だ。
「そう言えば、お名前は?」
「雪門深月です!」
「深月ちゃんね……私は陽ちゃんの姉です、
「はいっ、こっちこそ!」
こちらこそ、な。雛姉が気にしていないならいいが……。
ふたりはすぐに打ち解けていた。雛姉が相手なら一番簡単か。神谷家で言えば妹ふたりは気難しい面があるから、仲良くなるには苦労するかもしれない。
「じゃあ、雛菊さん?」
「雛姉でいいわよ。陽ちゃんも、みんなもそう呼んでるからね」
「はいっ、雛姉!」
妹よりも妹みたいな懐き方をしている……、雛姉のことを気に入ったの?
まさか黒冬さんの代わりを見つけた、とでも思って取り入ろうとしているとか? さすがに早過ぎる。遅いからいいというわけでもないが……、狙ってはいないだろうけど、この乗り換えは黒冬さんには見せられないな。
恐る恐る背後を振り向けば、そっと忍び寄っていたということもない。
黒冬さんは今も襖の向こうにいる。
「……なあに、深月ちゃん」
「教えてほしいことがあるのっ」
「教えてほしいこと? お勉強? それともお料理のこと?」
「――全部っ! つまり花嫁修業!!」
元気な声でとんでもないことを言いやがった。
意味が分かって言っている……わけではなさそうだ。
クールな女性になるためには大人な女性になるのが手っ取り早く、それと花嫁修業を繋げただけだろう。確かに花嫁修業は全般を網羅しているから大人になるための修行と言えるけど……でもさ……おれの前でそれを言うのか!?
雛姉も驚き、目をぱちくりとさせ……だがすぐに表情を戻した。
そしておれを見て、にやにやと――誤解している!
「あらあら、陽ちゃん……言ってくれればいいのにねえ」
――と。
「……違うんだよ、誤解なんだよ雛姉! 雪門の発言に特別な意味とかないと思うから!」
花嫁修業とは言ったけど、相手がおれであるとは言っていない。おれの友人で、おれの家まできて言った上で、苦しい言い訳かもしれないけど……――だって本当に違うんだから!
雪門は覚えたての言葉を使っただけなんだ!
「――――へえ」
と、今度は後ろから声が聞こえた。
黒冬さん……? では、ない…………よく知った声だった。
「兄貴」
「にいさん」
いつの間に帰っていたのか……。
朝から出ていった部活帰りと、神出鬼没でマイペースな妹ふたりが、おれの背後に立っていた。
振り返れなかった。
おれは悪くないはずだけど、なんだかふたりを裏切った気もして…………。
言い訳も通用しない雰囲気だ。
「ぬけがけ」
「う、」
「ルール違反じゃないの?」
「うぅ……」
「あら、おかえり――
『ただいま、雛姉』
そして、左右からがしっと、腕を掴まれた。
……逃げられなかった。
「兄貴?」
「にいさん」
『――詳しく話、聞かせて(くれる?)』
「…………あい」
妹ふたりに連行されるおれを、襖の隙間から黒冬さんが見ていた。
フォローを頼んでも、黒冬さんにできることはない……か。
「……頼れるお兄さんも大変みたいね、神谷くん?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます