第参話
第7話 神谷の土地
3
「あ、お邪魔してるわ、神谷くん」
「…………」
場所は変わって神谷家。
居間に雪門を待たせ、事情を説明すればなにか知っていそうなじいちゃんを呼ぼうと部屋を訪ねてみれば…………、雪門がいた。
そっくりそのままおれが知る雪門ではないけれど……(ちょっとだけ大人っぽくなったのか?)間違いない、雪門だ。
さっきまでの子供っぽい雪門ではなく。おれがよく知る大人びた方の雪門深月だ。
彼女は礼儀正しく正座をし、夏なのに湯気が上がるほどの熱々のお茶を、音を立てずに飲んでいた。ちゃぶ台を挟んで対面に座るじいちゃんは、同じく熱々のお茶なのだろうけど、湯飲みを片手で掴んで酒を飲むように豪快に飲んでいた……こっちは遠慮なく、音を立てながらだ。
客人の前なのに……。だが、ふたりの様子は祖父と孫、老人と若者の向き合い方ではなく、どちらかと言えば互いに対等に雑談していたようにも見えて……。
対等であることが似合っているふたりだった。
ちなみに。
雪門は和服姿だった。じいちゃんが貸したのだろうか……?
前々から思っていたけど、やっぱり雪門は和服がよく似合うな。
長い黒髪が一番映える服装な気がする。
「なんで…………どういうことだ?」
「もう勘付いているのでしょう?」
と、言われれば、既に答えは出ているのだろう。手が届く距離に答えがある。
手を伸ばすまでもなく、既に懐に潜り込んでいた答えだ。
「黒冬…………さん……」
湯飲みを置いた雪門が、ちょいちょい、とおれを手招いた。
まるでひと回りも上のお姉さんに呼ばれた気がして……文句も言えなかった。
ここは従うしかない。なによりも、まず体が勝手に動いた。
彼女のすぐ傍で、正座をする。
なぜだかちょっと緊張した。……これまで何度も接してきた雪門なのに。
「よく分かったわね、神谷くん」
「そりゃ雪門が……――居間に待たせてるんだけど、『あっち』の雪門が『黒冬さんがいなくなった』って、必死に探してたから……。なあ、今までずっと学校で会っていたのは黒冬さん……で、いいんだよな?」
「神谷くんはどう思ってるの?」
「……黒冬さん、だと思ってる……。あっちの雪門は今までの雪門とキャラが違い過ぎるし。そもそも本人が違うって言ってるんだ。だから――、今までずっと友達でいてくれたのは、黒冬さんなんだろ?」
くす、と彼女が笑った。
「ええ、私が黒冬よ。これまで神谷くんと接してきた雪門深月の中身ね。ただ、私は本物じゃないの。と、言うと厄介よね……。私も雪門深月だし、あの子も雪門深月だもの。前世と今世が入り混じってしまった――特別な人間なのかしらね」
「じゃあ――やっぱり雪門は『妖怪』なのか……」
「どちらかと言えば『私』が妖怪だけど」
これまで、ふたりは同じ体(器)の中にいた。
黒冬さんが妖怪なら、同時に雪門も妖怪ということになるが――。
ふたりが別々に分裂したとなれば、抜け殻の方が妖怪ではなくなる、ということか?
黒冬さんが妖怪なら…………雪門深月は、ただの人間と言えるのか。
「黒冬さんが前世の人格なのか」
「そうよ。……それ、分かってたわけじゃないのね」
可能性としては考えていたけど、確信があったわけではない。
前世の記憶が薄れて、今世の人格である雪門が強くなってきている、と予想していた……。
突然いなくなったのは、単純に前世の記憶が薄れて消えただけだ、と思っていた。
だから探しても見つかることはない――半ば諦めていたのだけど……見つかった。
まさか別々に分裂しているとは思ってもみなかったけど。
「以前、あなたのおばあ様を町で手助けしたことがあるの。律儀な人ね。子供を相手に、きちんとお礼をしたいと言ってくれて……この土地に訪れたことがあったのよ。その時ね……私の魂を、この土地が記憶していたのかもしれないわ。
……あの子の成長と共に私の人格部分が奪われ、薄まっていったのよ……完全に消える寸前で、私の魂はこの土地に引っ張られた。こうして前世と今世の中間ほどの体が与えられたのは土地柄なのかもしれないわ」
「――この土地は多くの時代を経て今に至った土地だからのう……色々と染みついているものがある。それこそ、妖怪と呼ばれたかつての『超能力者』共が発していた特殊な力場が、この土地に染み込んで常に力を発している――とすれば、今世の妖怪たちにとっては薄まった魂や人格を濃くできる補充場所とも言えるな。
肉体を維持させたいのなら、この土地にい続けることが条件だな……土地を出れば、補充されない分、あっという間にお前さんの肉体は消えるわけだ」
と、じいちゃん。
雪門……じゃなくて、黒冬さんのために出したであろう小さなせんべいを口に放り投げる。
バリバリ、と豪快な音を立てて、熱々のお茶で流し込んでいた……。
神谷家、は、特殊な土地の上に建っている。加えて、その血筋も特殊なものだ。
昔から妖怪に関する影響を多分に受けており、だからこそ神谷の血を引くおれたちも妖怪の力が表面化しやすい。
おれの人並み外れた頑丈さと回復力もその血のせいだ。
この家にずっと住んでいれば、潜在能力が自然と浮き上がってもおかしくはない。
神谷の土地周辺だからこそ、よそでは少ない妖怪絡みの異変が、この町では多いのだ。
……火のない所に煙は立たぬように……理由は確かに、ここにあったのだ。
雪門も、その影響を強く受けていたわけだ。
「……それにしても、今までよく暴走しなかったよな……いや、妖怪側が前面に出てきて人に交じって生活している時点で表面化どころじゃなくないか……?
これはこれで暴走後、って言えるのか?」
「まあ、そこは私が意識して抑えているわね。抑えなかったところで人に害を与えるほど強いものではないけど。前世の時点で私にできることは周囲の気温を少しだけ下げて寒さで相手を震わせるくらいよ。手先が器用な人の手元を狂わせる程度のものでしかないわ。前世のさらに前世の私なら、能力で人を凍らせることもできたらしいけど……、生まれ変わりを繰り返すことでその力は薄まっていったわ。
まるで化学の実験で、ろ過されたみたいに。本格的な豆から作るブレンドコーヒーみたいに」
「変なたとえだな」
無駄が省かれたことで、超能力的には洗練されているとも取れるけど。
「……かもしれないわね。この時代に染まっているのかもしれないわ。当然よね、赤ん坊の時から、主に表で活動していたのは私の方なのだから」
雪門深月は夜にしか活動をしていないと言っていた。昼は黒冬さんで、夜は――。だがほとんど眠っていることが多いから、本来の雪門は『世界』を知らない。
黒冬さんから伝わっているので知ってはいるけど、体験したことはないのだろう。
だからこそ、高校生にもなって新幹線ゲームにはまったりするのだ。
主導権は黒冬さんにあった。
けど、これからはそうもいかない。そのことに危機感を抱いているのは、当然ながらおれだけではなかった。……黒冬さんだって、心配だろう。
「……で、これからどうするつもりなんだ?」
「自然の摂理に任せて消えようかな、とは思っているわね。前世の人間がいつまでも生まれ変わりを繰り返して、今世にしがみつくわけにもいかないわ。私の人格が引き継がれ、ここにいるのが私『だけ』ならともかく……。あの子が生まれてしまっているもの。ここは譲るべきね」
元から、黒冬さんは消える覚悟を決めていたのだ。
「それに、あの子だって生まれ変わった私だもの」
未来を潰したくない、のだろう。
「そっか……」
彼女が納得しているなら、引き留めるのはおかしいか。おれが好きだった雪門深月は、黒冬さんだったわけだけど……、彼女はこの時代の人間ではない。不具合で延長してしまったようなものだから……。自然の摂理があるのなら、従うべきなのだ。
この土地にい続ければ半永久的に肉体を持って生活することができるが、しかし、不具合が新たな不具合を呼んでしまうこともある。
遠慮がない妖怪なら、居座る奴もいるけど、彼女は遠慮するだろう……理由がなければ消えることを選ぶ人だ。
たぶん、おれたちに迷惑をかけたくないと思ってくれる子だから。
これまでは、迷惑になる妖怪は説得していたし、説得できなければ腕づくで……対処をしていた。妖怪を相手にするのは慣れている。
――だから、不具合は早急に修正する。
これまでもそうだった。そして――これからも。
「だが黒冬よ、心残りがあると言っていただろう? さっきからずっと、儂に相談をしていたではないか。お前さんが可愛がっていた、あの娘のことだ」
「ええ……まあ、深月のことはちゃんと考えてはいるけど……」
黒冬さんが頭を抱えていた。……心残り……雪門のことで?
「なにか問題でもあるのか?」
ただ単に離れたくない、わけではなさそうだ。
寂しいのは、当然あるとして――じいちゃんは彼女のことを説得するつもりのようだ。神谷の土地に居座る前に、黒冬さんの目的を聞いて、それを解決し……満足して消えてもらう。
腕づくの攻防にならないならそれが一番良い。
……黒冬さんが懸念している点は、昼間に顔を出した雪門深月のことだが……。
確かに、急に黒冬さんが消えて戸惑っていたが、彼女は意外と強く、たくましく生きていけるのではないか……――と、思うのだけど。
黒冬さんは違う意見なのか?
「……あの子次第だけど……このままでいいなら私も安心できるわ……でも、」
「と、言うと?」
「私がこれまで築き上げてきた『クールキャラ』……あの子に務まると思う?」
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