第2話 夏休み初日…人探しと現代妖怪


「――黒冬さんがいなくなったのっ!!」


 おれの両肩に手を置いて、強く前後に揺さぶってくる。……う、酔う酔う!


「待っ、くろっ、ふゆっ、さん……っ? それ、誰なんだよ……っ」

「大切な人なの! いなくなっちゃったの!」


 その人を探すために、朝からうろうろと住宅地を歩いていたのか?

 駅前へ買い物にいくでもなく、散歩にしては長いと思っていたけど…………えっと、黒冬さん? という人は、住宅地や商店街にはよくいくのだろうか。


「分かんないけどひとまず近場を探したの!」

「駅前は? 電車に乗って、もう遠出してるかもしれないぞ?」

「それは…………うん、そうかも……」

「写真とかないのか? 一応、ご近所さんとは仲が良いから、目撃した人がいるかもしれない……相手の特徴を伝えるよりも先に、写真があれば早くて便利なんだけど」

「そっか……分かった。はい、これ」


 出されたのは、見つけたい相手が映ったスマホではなく…………雪門の、表情?

 にま、と珍しく笑顔を見せてくれる。可愛いけど……え?


「は?」


 雪門は自分の頬をぺたぺたと触りながら――「こんな顔だよ」


「いや、雪門じゃん」

「うん、だからね……黒冬さんはあたしなの」

「??」

「えっとね、だから……黒冬さんはあたしなの」


 言い直したようで、まったく同じことを言っているだけだ。

 謎だけ提示され、あとはこっちで解いてくれってことなのか? それは……しかし待て。

 夏休み初日とそれ以前で、雪門深月の人が変わったような異変があった(ひとまずこれは異変としておこう)。――つまり、いなくなった、ということは……『そういうこと』なのか?


 雪門深月の中には、今の雪門と、黒冬さんと呼ばれる別の人格がいて……。

 黒冬さんの方が、いなくなった……と、すれば。

 おれが知る雪門ではない『今の』雪門の説明にはなるのか。


「なるほどな……」

「なにか分かったの!?」

「いや、答えは分からない。だけど推測はできるよ――雪門、午後の予定は?」

「黒冬さんを探すつもり!」

「なら予定はないってことだな。……よし、うちにこい。話を聞く。もしかしたら黒冬さんの居場所が分かるかもしれない」

「ほんとに!?」


 男から「うちにこい」と言われたら、たとえ切羽詰まっていたとしても以前の雪門なら警戒していたはずだ。二つ返事でついてくるようなことはなかった。

 だけど今の雪門は、良くも悪くも素直で……危ない匂いがする。

 子供には好かれるだろうけど、大人には利用されやすそうだ。

 この子をこのまま放っておくことはできなかった。


「うちはちょっと特別でさ……じいちゃんがなにか知ってるかもしれない。……もしかしたら、なんだけどさ……雪門は、『妖怪』かもしれないんだよ――」



 ――人が脚色して作り上げた『化物』。

 その正体は人間離れした『超能力者』、という説が濃厚だ。


 説明ができない力に説明をつけて、理解したくて……。

 逆に、理解できないことには理解できない理由をつけて――。


 人々の想像上の超能力者たちは、本来の人の形から姿を変え、化物となり、それを人は『妖怪』と呼んだのだ。――それが今日まで伝わってきている。

 多くの歪曲も含まれているけどな。


 だからイメージ通りでなくとも、雪門も『妖怪』と言える存在なのだろう。

 ――二重人格も、大枠でくくってしまえば妖怪と言ってしまっていい。

 そんな「妖怪に詳しく」、「密接な繋がりがある」のが、神谷家だ。


 現代に色濃く受け継いだ『妖怪さ』を持つ知り合いが多くいる。

 そういう人たちが社会に出る時、神谷家に頼ってくるのだ。

 昔から、そういう仲介役を担ってきた。


 今は数をぐっと減らしているので、神谷家としての仕事も少ないが、0ではない。

 もしかしたら黒冬さんが、助けを求めて既に頼っている可能性もある。

 彼女にも伝手はあるだろう。


「戻るなら時間もちょうどいいし……昼飯、食っていくだろ?」


 ちょくちょく駄菓子をつまんでいたけど、あれで足りるはずもない。

 うちは両親を除けば七人家族だ……ひとり増えたところで料理の手間は変わらないだろう(作っていないおれが言うことではないけど)。


「いいの? じゃあ食べる」

「了解。連絡しておく」


 スマホでメッセージを飛ばす。ダメなら外食してから戻ることも考えていたが、幸い、雛姉ひなねえから返信があった。『準備して待ってるね』、だそうだ。


「いこう雪門。…………雪門?」


 彼女はおれと同じ目線……いや、少し高いくらいの身長だ。

 誤差だけど、近づかれるとやっぱり雪門の方が大きい気がする。

 ……詰め寄られて仰け反ったせいかもしれないけど。

 接近されると迫力があるな……。


「……神谷くんも、そうなの?」

「そうなの、って……妖怪なのか、ってこと?」


 うん、と雪門が頷いた。その質問は自覚がなければ出てこない。雪門は少なくとも、自分が妖怪と呼ばれる力を持っていることを知っているようだ。


 ただの二重人格ではない。

 ……黒冬さんが「彼女の妄想」ではなかったことが分かっただけでも進展だ。


 雪門の質問に答える。妖怪、ではない……とは言えないか。

 たぶん、おれもなにかしらの力を引き継いでいるとは思うけど……分からない。

 怪我が治りやすいとか、そもそも怪我をしにくいとか、頑丈な体質なのは分かっている。

 それにしては体調を崩しやすいけど……。


 外部からの衝撃には強いけど、内面からの細菌の繁殖には弱いのかもしれない。

 そんな妖怪、いたっけ? ……自覚はあてにならないのだ。


 大昔の脚色が捻じ曲がって今に伝わっていれば、白を黒と認識していることもある。

 つまり、今言えることは「妖怪ではあるけど」、「説明できる妖怪ではない」、だ。


 おれ自身も分からないのだから、どう説明したらいいか分からない。

 雪門も、自分がどんな風に脚色された妖怪なのかまでは分かってなさそうだったし。


「…………」


 そこでふと気づいたのだが、雪門が妖怪の力を持っていたとして、二重人格で……どちらかが本物だとすれば……――今の雪門と以前までの雪門は、どっちがどっちだ?


 黒冬という名前は、ふたりの中で互いを識別するためだけの記号である、というだけかもしれないし、黒冬さんがいなくなって初めて表に出てきた雪門が偽物だとも言えない。


 まだ分からない……。

 ――黒冬と雪門。こうなると、少し厄介だな……。


 中学三年生の時、クラス替えで初めて一緒のクラスになった雪門深月。


 おれが一目見て、人生で初めて惚れた女の子は――きっと黒冬さんだったのだ。


 つまり目の前の雪門ではないわけだけど……――でも、彼女も含めて雪門なのだ。


 ……黒冬さんを含めて、雪門深月である。

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