黒冬さんと最後の夏。
渡貫とゐち
第壱話
第1話 夏休み初日…駄菓子屋前にて
1
新幹線ゲームに聞き馴染みはなかった。山手線ゲームのようなもの? と思えば、内容はまったく違うらしい。コンピュータを使わないという点で言えば同じだが。
駄菓子屋の前に置いてあるアーケードゲームのことだ。繰り返すがコンピュータは使わない。十円玉を入れ、左右のレバーで弾き、途中の『アウト』となっている穴へ落ちないように硬貨を移動させ、最終的のゴールの穴へ落とすゲームだ。
ゴールすれば景品が出てくる……二十円や五十円分のお菓子との引換券だった気がする……地域にもよるが、おれがよく知る駄菓子屋では引換券システムだった。
懐かしい……。小学生の頃はよくいっていたけど、中学に上がってからは段々といかなくなっていった。高校に上がれば完全に足は向かなくなった。駄菓子屋よりもコンビニの方がよく利用する……それに、駄菓子屋は小学生のもの、というイメージがあったから……。
高校生がいって小学生を怯えさせるのは悪いしな。なので理由もなく足を運ぶこともなかった。――今日こなければ、もしかしたら一生こなかったかもしれない……。
小学生が駄菓子屋に集まっていた。特に人気なのは昔ながらの新幹線ゲームだ。
十円玉を握り締めた子供たちが並ぶ、というか群がっている……あれじゃあ順番通りとはいかないだろう。先に硬貨を入れたもん勝ちになってしまっている。
立場の強い人気者が先に挑戦できる。
幸い、先だから良いというものでもないから、不満を言うほどではないか?
「ここ、どれくらいの強さかな?」
「もっと強くだな……いやいきすぎ! もう少し弱めで!」
「これくらい?」
「弱すぎ! もうちょっと……いやそこだと……あ、」
十円玉が筐体の中へ吸い込まれていった。からんかちゃんっっ、という失敗の音が人の輪から外れたおれにも聞こえてくる。
周りの小学生たちは「あーあ」「だから言ったのに」と各々が好き勝手に言っている。外から見ていれば簡単そうなんだけどな……いざやってみると難しい。
同年代の子の中にはあっという間にゴールさせてしまう上手い子もいるけど。
「ねーちゃんのへたくそ」
「だって難しいもん……っ、君たちはよくできるよね!? 見てたらぽんぽんゴールに入れていくし! コツでもあるの?」
「感覚だよ。レバーの弾き具合は毎日やってないと分からないからなー。始めたばかりのねーちゃんにはまだ難しいんだよきっと。毎日くれば……、いやでも、ねーちゃん、ゲームのセンスなさそうだしな……」
言われ放題だった。それでも中心にいる『彼女』は怒ることなく「教えてよ師匠!」と子供たちに歩み寄った。
小学生に混ざっている高校生がいる……。
しかも肌の露出が多く、生地が薄い、白いワンピース姿だった。
目に毒だろ……、おれでもそう感じるのだから子供にとっても毒だ。目覚めたらどうする。
今日は気温も高く、じっとしていれば玉のような汗が出てくる。しっとりとしている肌や少し濡れた彼女の黒髪は、本人にその気がなくとも色っぽく見えていて……。
「次はゴールに入れてみせるからね!」
意気揚々と十円玉を入れてはしゃぐクラスメイトの背後から、彼女のワンピースの裾を掴もうと忍び寄るガキを見つけた。瞬間、おれは気づけば近づいていた。
指を弾き、犯行寸前のガキの後頭部に当てる――「なにしてんだ悪ガキ」
「うわ!?」
肩を跳ねさせた悪ガキが、伸ばしていた腕を引っ込め振り返った。
おれの顔を見た瞬間――「あ……あ――っっ!!」と叫んだ。
……周りの子供たちがなんだなんだとおれに注目する。
「さっきねーちゃんをストーキングしてた不審者だ!!」
は? ……待て。誤解だ、言いがかりも甚だしいな。
誰が誰をストーキングしていたって? ……証拠はどこにある。
確信を持って言っているんだろうな?
間違っていたら反撃される覚悟があると思っていいんだよな?
「ストーキングなんかするか。たまたま見かけた時、おれが後ろを歩いていたとかそういうオチなだけだろ?」
「よその家の塀の上から双眼鏡を覗いて、ねーちゃんの後をつけてたのは?」
「チッ、見られてたのか」
「隠れる気なかったじゃん……」
子供たちが呆れていた。
商店街でよく鬼ごっこをしているこいつらには、何度も見られる機会があったわけだ。ターゲットにばれないことばかりに気を取られて、周りの目を気にしていなかったな……。
子供だけじゃなく、ご近所さんにも見られていたとすれば、悪評が広まってしまうだろう。それはまずいな……誤解を解かないと。
尾行のやり方も修正を入れるべきだった。
「ねーちゃん、気をつけろよ……この人、ねーちゃんのことを尾行してたんだから」
「え? 尾行……? あっ、一緒に遊びたかったの?」
と、彼女は周りの子へ接するのと同じように、おれに接してくる。
やっぱり……彼女はクラスメイトのおれのことを覚えていないらしい。
中学三年生の時に出会って、一応、友人としての付き合いは一年と少し……、面識があっても特に仲良くなければ距離感なんてこんなものか? ……いや、だとしても明らかにおかしい。
学校生活の中でおれのことなんか意識して見ていなかったのかもしれないが、今が初対面のような距離があるとは、さすがに思えない。
……もしも狙ってやっているなら、彼女は相当性格が悪いな。
毛嫌いされる理由もないとは思うけど……。
今日に入って、彼女を見続けて――違和感しかなかった。
いつも通りに尾行しているからこそ気づけたのだろう。彼女……
おれが知る雪門は、駄菓子屋に足を運ぶことはまずない。
ストーキング歴が長いからこそ分かったことだ。
……雪門の行動と好みをある程度は知っている自負がある。一応言っておくが、最初からストーキングをしようと思ってしているわけではない。これは仕方なく、だ。
結果的にそう見えてしまっているだけで……。
正確に言えばストーキングではなく、おれが話しかけられないだけなのだ。
ダサい自覚はあるけど……できないものは仕方ない。
偶然を装って「よお雪門、奇遇だな」なんて話しかけることができれば最高だけど、できないからこそ尾行になってしまっているだけだ。
――勘違いするな。まあ外から見ていたら分からないだろうけど。
誤解されたくないけど、誤解されるような状況だから無理もない。
「(……え、気になってる子に話しかけられないから、ストーキングしたのか……? うわ、こんな大人にはなりたくねえな……)」
事情を説明したら子供たちがこそこそと……おい、聞こえてるぞ。
「同じ立場になってみろ、お前も話しかけられなくなるって――」
子供たちが「いや、できるし」と強がるが、今はそう言うしかないからなあ……。おれも昔はそうだった。いずれ分かる――それに、今の雪門はとても話しかけやすいけど、いつもはもっと近づき難いのだ。
前日までは、確かに雪門は『おれが知る雪門』で……だから今の雪門は『雪門』じゃない。
……お前は、誰なんだ……?
すると、子供たちの群れをかき分けて、雪門が近づいてきた。
真っ直ぐにおれの手を掴んで――ぐいっと、筐体の前まで引っ張る。
「ちょ、おい、」
「遊びたいの? いいよ。じゃあどっちが先にゴールに落とすか勝負しよっ」
「……いいぞ。じゃあ、おれが勝ったら――教えてもらうからな」
「コツを? ……うんっ、いいよ!」
と、勘違いしているけど、雪門が頷いた。
負けた後で「やっぱり今のなし!」と言うタイプにも見えたが……。おれが知る雪門なら言わないが、今の雪門だと……言いそうだな。というか言う。そんな気がする。
けど、逆に約束は律儀に守るタイプにも見える。……つまり、よく分からない。
根掘り葉掘り聞くよりも、せっかくの夏休み初日である。
抱えている問題に首を突っ込むよりも先に、一緒に遊んで距離を詰めた方が得だろう。
そんなわけで、子供たちに混ざって駄菓子屋で時間を潰した。気づけば時間はあっという間に昼を回っていた。時間を知って昼食を食べに家へ帰っていく小学生たち……、生意気だけど素直な彼らを見送りながら、隣に立つ雪門を見る。
……彼女は両替をした十円玉を大量に持っていた。
両手の器には、溢れんばかりの十円玉が乗っている。
「
「もういいだろ。どんだけハマったんだよ……ただの十円ゲームなのに」
勝負はおれの勝ちだった。
やはり経験が違うな……小学生の時から、このゲームはやり慣れている。筐体が変わっても二回やればなんとなく感覚は分かる。三回もあればゴールに落とすこともできるだろう。
雪門もまったくゴールに入らないわけではないが、プレイした回数に比べれば入った回数はかなり少ない。
彼女の中で成功した時の仕組みが分かっていないみたいで、どうやらモヤモヤするらしい。筐体の調子もあるし、だからレバーの弾き具合で正解があるわけでもない。
その場での空気を読むしかないのだ。
それはやっぱり、経験でしか分からない。
やがて子供たちが全員帰って……おれたちふたりだけが残された。
「……雪門、昼食はどうするんだ?」
「んー、どうしよっか」
「そもそもさ……どうしてあんな朝早くから外にいたんだ?」
夏休みに入ってしまえば彼女のいつもの行動も変わってしまうので、狙い撃ちをした待ち伏せはできない。なので朝のランニングを建前として……途中で偶然見かけた雪門を尾行していた……。
今日は本当に偶然だった。夏休みの間に一度でも見つけられたらいいかと思っていたら、まさか初日で見つけられるとはな……嬉しい誤差だった。
「朝から……? …………はっ!」
と、忘れていたことを思い出した雪門が、顔を青くさせた。
夏なのに、肌寒さを感じたように全身を震わせて……「
「ん? どうした?」
「――黒冬さんがいなくなったのっ!!」
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