第26話 王子の日常

 やわらかな日差しが心地よい正午。

 ユクスの執務室にも、薄いレースのカーテン越しに日が差し込んでいた。

 サザナミはユクスの護衛に任命されてから、片時も離れず彼のそばをついてまわっていた。

 そしていま、サザナミは執務室の机で公務に勤しむユクスを背後から眺めていた。もちろん周囲を警戒しているが、ユクスの公の姿はめずらしいから、どうしたって注視してまう。

 幼少のころはときどき会って話をする仲であったが、寝室に呼ばれるようになってからは日のあるうちに顔を合わせる機会はなかなかなかった。

 ユクスは少し前に部屋を訪れた貴族の男と財務について話し込んでいた。サザナミも王宮で見かけたことのある初老の男だ。

「それで、陛下のご様子はいかがでしょう」

 話が一区切りつくと、男は人のよさそうな表情をくずさず、そう口にした。

「ええ」とユクスが相槌をうつ。

「陛下はまだ容態が安定しないようですから、しばらくは私が公務を担当させていただいています。不甲斐ないかもしれませんが、どうぞよろしくお願いしますね」

「不甲斐ないだなんでそんな!」

 男は大袈裟にそう言うと、ちらりとサザナミに視線を向けた。

「東の血をひくユクスさまは人種差別をなさらないと、市井の民が噂しておりましたよ。その証拠に、ほら。そちらの騎士なんて、野蛮な出自にもかかわらず重用されているのでしょう」

 男にふたたび視線を寄越され、サザナミは困惑する。とくに言うべきことが見つからずにいると、ユクスが口を開いた。

「……まあ、でも私も陛下のことは心配です。近々お見舞いに行こうかと思っているので、伯爵のこともお伝えしておきますね」

「ありがとうございます」

 伯爵と呼ばれた男は、顔を輝かせて帰っていった。

 扉が閉まる音を合図に、室内に静寂が訪れる。

 ユクスは手元の書類に目を戻し、考えごとをしたりペンを走らせたりしている。サザナミは窓際に突っ立ってなにとはなしに眺めながら、先ほどの話を思い返す。

 ――国王陛下は体調が悪いのか。

 ただの騎士団員であるサザナミが王宮の事情に詳しくないのは当然のことだが、さすがに国王陛下の容態まで知らされていないとなると話が違う。なにか公にしたくない事情があるのだろうか。

 ユクスの仕事が一区切りするまで待ち、国王のことを聞いてみる。

「陛下はご体調がすぐれないのですか」

 ユクスは凝り固まった体をほぐすように伸びをし、うーんと唸った。

「ああ、おまえは知らないことでしたね。すこし前に父さまは体調を崩され、しばらく離宮で静養されています。もともと体が強いほうではないのですが、兄さま姉さまたちが亡くなってからは頻繁に体を壊しているのですよ」

「そうですか」

「内政が落ち着いているとは言いがたいですから、民には知らせていません。そのぶん、私の仕事が増えているのですが」

「お疲れさまです」

「あと、先ほどの伯爵の発言は気にしないでくださいね」

 振り返ったユクスは、眉毛を下げて申し訳なさそうにしていた。

 心当たりがなく、「え?」と聞き返すと、ユクスは小首を傾げる。

「あ、おまえ、もしかして気づいてない? あれは嫌味ですよ」

「先ほどの方が嫌味なんておっしゃっていましたか?」

「私もこういうのに気づくようになってしまったんですよね。あーあ、ほんとうに嫌です。どうかおまえはそのままでいてくださいね」

 ユクスはそう言うと、座り直して仕事に戻った。

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