第23話 護る者

 サザナミは、翌月に開催されるユクスの成人の儀兼立太子即位の儀にまつわる警護の会議に出席していた。

 当日は、サザナミも警護の一員として参加する予定だった。騎士団は生死がかかわる仕事を未成年にまかせないので、十六のサザナミはまだ前線に出たことはない。しかし、サザナミの腕を買われ、こういった警護の任務はときどき担当するようになっていた。

 王宮内の会議室で、エーミールが当日のスケジュールや配置を述べている。

 ひととおりの説明が終わると、最奥に座るアキナが口を開いた。

「みな知っているとおり、王子や姫が亡くなり、王位継承者がユクスさまだけになってから、貴族間の内乱は落ちついた。しかし、政権中枢を担う貴族ーーとくに保守派の腹のうちはわからない。ユクスさまのことを、保守派がよく思っていないのは周知の事実。ユクスさまが王太子となれば、王の座を継ぐのも時間の問題だ。当日は、保守派が動きを見せるかもしれない。くれぐれも警護を怠らぬように」

 アキナが「解散」と口にし、会議はお開きになった。

 年長者が会議室を出ていくのを待って、サザナミも席を立とうとしたそのとき。おもむろにアキナが近づいてきた。

 アルバスに来て最初のほうこそアキナはサザナミのことを気にかけてくれていたが、ここでの生活が長くなるにつれてアキナと言葉を交わすことは減っていた。騎士団長と一騎士団員が懇意にしすぎていたら、まわりがなにか思うかもしれない。アキナなりの気遣いなのだろうとサザナミは理解していた。

 サザナミが敬礼をすると、アキナが「おまえは残って」と言った。

 騎士団長の面持ちのままのアキナに、おそらく仕事の話だろうと見当をつける。

 遠くから、エーミールが気遣わしげな顔をしてこちらを窺っているのを感じる。

「エーミールは仕事に戻りなさい」

「ですが」

「戻りなさい」

「……はい」

 あのエーミールが口ごたえをするなんてめずらしいとサザナミは思う。「お疲れさまです」と声をかけると、静かに微笑んで去っていった。

 室内に誰もいなくなったのを確認してアキナが口を開く。

「サザナミさ、」

「はい」

「坊ちゃんと恋愛関係にあるか?」

 サザナミは己の心臓が大きく跳ねたのを感じた。

 目の前の男がなにを聞きたいのか、なにを言わせたいのかサザナミは瞬時に理解する。

 いま、この男に動揺を気取られてはならない。口にすべき言葉を間違えてはいけない。

 サザナミはアキナの目を見たまま、「いいえ」と口にした。

「体の関係は?」

「ありません」

「おまえの気持ちは」

「昔も今も変わりません。騎士として仕えるべき主です。おそばに置いていただけていることを光栄に思っています」

「そう、ならいいよ。くれぐれも……」とアキナは言いいながらサザナミに視線を戻すと、とたんに目を瞠った。

 自分を見上げるサザナミの瞳が、あまりにもがらんどうだったからだ。

 アキナは我慢がならなくなり、サザナミの髪をぐしゃぐしゃに撫でた。

「ごめんな、こんな卑怯なおじさんで」

 サザナミは瞳になんの感情も映さないまま、アキナの手を受け入れていた。

 そのままこの目の前の子どもを抱きしめて、「おまえの心のままに生きていいのだ」と伝えてやりたい。しかしそんなことは二人の身分からして許されないし、自分の立場上無責任なことは言えないとアキナは理解していた。

 しかしアキナが諭すよりも前から、この子どもはそれを十分理解していたのだ。

ーー誰がこの子をこんなふうに……。いや、俺たち大人のせいか。

 アキナはサザナミの髪を撫でていた手を離し、すっと表情を消した。

「騎士団長、アキナ・イエイルが命ずる。サザナミを第一王子ユクスさまの護衛に任じる」

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