第19話 王子の伝言

 ユクスと外出してから三日後。

 訓練所の自主練終わりに宿舎を歩いていると、サザナミはエーミールから大きい荷物を手渡された。

「母から」と言われて受け取ると、見た目どおり重たくてよろめいてしまう。

 エーミールに手伝ってもらって部屋までなんとか運び、中を開けると、ミルダ夫人手製の衣装がたくさん几帳面に畳まれていた。

 一番上に置かれている手紙を手に取り、封を開ける。



 サザナミくんへ


 こんにちは。先日は屋敷に遊びに来てくれてありがとう。

(サザナミくんはアルバス語が読めると聞いたので、アルバス語でお手紙を書いています。もしわからない言葉があれば、エーミールに聞いてちょうだいね)


 お直しが終わったお洋服をお送りします。たしか騎士団のお部屋はそこまで大きくなかったと思うから、おじゃまにならないように厳選したつもりなのだけど……それでも「多すぎる」とエーミールに小言を言われてしまいました。

 そうそう、じつは夏服も冬服もあるから、またシーズンになったらプレゼントさせてね。


 もう一つの小包は、ユクスさまへのプレゼントです。

 勘違いでなければ、これを気に入ってくださっていたように見えたから。もしお会いする機会があったらお渡ししていただきたいの(直接献上するといろいろあるのよ。お遣いを頼んでしまってごめんね)。


 またいつでも屋敷にいらっしゃいね。

 お一人でも、ユクスさまとお二人でも歓迎します。

 それでは。


 ミルダ・オルロランド



 箱から洋服を取り出していくと、ハンガーも同封されていることに気がつく。

 一着一着ラックに掛けていくと、あっという間にラックがぱんぱんになった。

 ――ミルダ夫人、たしかに多いです。

 気遣いへのうれしさ半分、服の多さへの困惑半分で、形容しがたい気持ちに襲われる。

 普段着にできそうなシャツとスラックス数着を除いて、ほとんどが適当に洗濯していいような服ではないことはサザナミにもわかる。そうそう着る機会がないかもしれない。せめて埃が被らないようにしなければ、とラックの上にハンカチをかけた。

 サザナミは、先日オルロランドの屋敷でユクスに言われたことを思い出していた。

『おまえは顔が整っているのだから、身なりにもう少し気をつかえばすぐにご令嬢から秋波を送られるようになりますよ』

 テーブルに置いていた手鏡を取る。

 自分の顔をまじまじと観察するも、とくだん整っているとは思えない。

 ――まあたしかに、アルバスの人々からすると、黒髪赤目で彫りの深い顔はめずらしいのかもしれない。

 鏡のなかの自分とにらめっこをしていたら、おもむろにコンコンと扉がノックされる。

「はい」

 外に出ると王宮勤めの制服を着た侍従が立っていた。

 侍従は一礼すると、「サザナミさまでいらっしゃいますか」と問うた。

 サザナミはいったい何の用だと緊張しつつも、黙ってうなずく。

「ユクスさまからご伝言です。本日の夜、寝室に来るようにと」

「は?」

「以上です」

「いま、なんと」

「ユクスさまが、あなたを、寝室にお呼びです。本日の夜に」

 侍従はサザナミが聞き取れなかったと思ったのか、同じ内容を今度は一音一音はっきりと発音した。

「あ、いえ、言葉はわかるんですけれど」

「ユクスさまの寝室の場所がおわかりではないですか? それなら問題ございません。正門から入っていただいて、警備の人間にお名前をお伝えください。ユクスさまの寝室まで案内していただけるようになっています」

「はあ」

 なにがなんだかわからず、間抜けな声が出てしまう。

「それでは失礼いたします」

 サザナミが呆然としている間に、侍従は消えていた。

 オルロランド家からの帰りにたしかにそんなことは言っていたけれど、どうせ王子の気まぐれだとサザナミは本気にしていなかった。いや、真剣な目をしていたから、自分のことを心配して本気で言ってくれているのはわかっていたが、実現するとはつゆも思っていなかったのだ。

 ――だって王子と元奴隷じゃないか……。

 とはいえ王子からの命令とあれば断ることはできない。というか、断り方がわからない。

 サザナミは、そうそう出番がないだろうと思っていた夫人手製の衣装を手に取った。

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