第17話 二人だけの時間

 帰りの馬車はユクスと二人きりだった。

 エーミールは家の用事があるとのことで、オルロランド家でお別れになった。アキナは今日一日で体が鈍ったからと言って馬車には乗らず、オルロランド家から借りた馬で併走している。

 サザナミとユクスは行きと同じように隣に座ったものの、とくに言葉を交わさず、それぞれ窓の外の景色に耽っていた。

 それにしても、とサザナミは考える。

 ユクスの身を脅かしているのは、ほんとうに政権争いに闘志を燃やす貴族たちだけなのだろうか。王家の子どもが彼を除いて全員亡くなるだなんて、いくらなんでもやりすぎな気がする。そこまでして得たいもの、もしくは排除したいなにかがあったのだろうか。

 今度あらためてエーミールに聞いてみよう、とサザナミは思うのであった。

 ――そうだ。あと、城に着く前にありがとうって言おう。

 そう決意するも、すぐにサザナミの思考はまどろみのなかに溶けていった。


 控えめに腿を揺すられ、つかの間のうたたねから目覚める。

 頭上から、「そろそろ着きますよ」と声が降ってきて、サザナミはがばっと体を起こした。

 どうやら自分はユクスの肩に頭をのせて寝ていたらしい。

「申し訳ございません」

「いいですよ。というか、いまは誰もいないのだから楽にしてください」

「……ごめん」

 ユクスは満足げに笑うと、サザナミにもたれかかった。

「私のほうが歳上なのだから気にしないで」

 サザナミはむっとする。

 今日、夫人と喋っていて判明したのだが、ユクスは二つ上の十四歳だった。

 ――たしかに身長はこいつのほうが大きいけれど、顔つきとか子どもっぽいから年下だと思っていたのに。

 これからことあるごとに「年上だから」と優越感をにじませてくることは容易に想像ができ、素直に苛立つ。

 盛大なため息をつくと、唐突にユクスがずいと顔を寄せた。

 真剣さをまとった菫色の瞳でじっと見つめられ、びっくりしてなにも言葉が出ない。

「さいきん顔色が悪いのはどうしてですか」

 サザナミは目を瞠る。

「冷や汗をかいていることもありますね。日中は暖かいのに」

「なぜ」

「見ていればわかります」

 ユクスは顔を離すと、触れ合う距離にあった手をそっと取った。

「……さいきんあんまり眠れていなくて」

「なにか悩みごとでも」

「いや」

「あなたの内側に眠る力のせいですか」

「そうだと思う。俺はもともと魔力の量が平均より多いらしくて、そのせいでほかの人より体調をくずしやすいんです。そういう子どもはときどきいるんだけど、大人になればほとんどが収まるって聞いています。そもそも重症になったり死んだりする人はいなかったはずだから、そこまで気にすることではないと思うし……」

「じゃあ一緒に眠りましょうか」

「は?」

 サザナミはびっくりしてユクスの手を離して距離を取った。

「一緒に眠りましょう。私の手でも握っていたら、ぐっすり眠れるんじゃないかと思いまして」

 目の前の王子がいったいなにを言っているのかわからず、サザナミは目をぱちくりとさせたのだった。

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