第12話 遊びにいきたい③

「で、なにがどうしておまえら揃って俺の部屋に来ているわけ」

 休日にもかかわらず突然自室に押しかけられたアキナは、これ以上なく面倒くさそうな顔をしてそう口にした。

 ユクスが「だから!」と苛立つ。「なんでサザナミとエーミールが出かけるんです」

 ああそういうこと、とアキナは笑う。

 ユクスがなにに憤っているのかわからないサザナミは、困惑しつつもうしろでおろおろするしかないエーミールを気の毒に思った。

 サザナミとユクスとエーミールはいま、騎士団の宿舎にあるアキナの自室を訪れていた。アキナは扉越しにユクスから乱暴に呼び出され、何事かと私服姿で慌てて外に出てきたのであった。

 そしてユクスは唐突に怒った。

「どうして私じゃないんです!」と。

 ーーいったいなにがなんだかわからない。やっぱりただのわがまま坊ちゃんなのかもしれない。

 サザナミは、ここさいきんのユクスとの交流で彼に対して抱いていた好意をすこしあらためる必要があるかもしれない、と肩を落とした。

「あのね、坊ちゃん。こいつらが出かけるのはべつに俺が決めたことじゃないの。たしかに口出しはしましたけれどね」

 休日だからかいつもより雑な口ぶりだが、とつぜんの訪問を迷惑に感じているようには見えない。むしろアキナはどこかニヤニヤしていた。

「エーミールもなにをそんなにおろおろしているのさ」とアキナは笑う。

「え、ええ、申し訳ございません」

 エーミールはサザナミとユクスのうしろで小さくなって詫びる。

 サザナミとエーミールが出かけると知ったユクスは、無言でサザナミの手を取ると、足早にエーミールが仕事をする部屋に向かった。

 そして文官たちの部屋に入るなり、とつぜんの王子の来訪に恐れおののく文官たちを気にもせず、エーミールに「なぜサザナミと出かけることになったんです」と問い詰めた。

 エーミールは、騎士団の新入りと出かけるだけでなぜ自分が厳しい視線を向けられているのかわからず、それでもほぼ初対面でユクスの機嫌をこれ以上損ねてはならぬとすぐに判断したのか、即座に「申し訳ございません」と口にした。

「謝る必要はありません。ただ、なぜです、と聞いているのです」

 なぜ、と言われたエーミールは、文字通り頭を抱えて長考の末に「アキナ団長が……」と呟いた。

 ちなみに、侍従たちはなにがなんだかわからない様子ながらもユクスに着いていこうとしたが、すげなく「結構です」と言われ、置いてけぼりをくらっていた。

 そしていま、ユクスの怒りの矛先はアキナに向かっていた。

「アキナ、あなたは私もサザナミと出かけたいと思っているとは考えなかったのですか」

「いや考えましたけどね、あなた外なんてめったに出ないじゃないの」

「そうですけど!」

 ユクスは頬を膨らませる。地団駄を踏みはじめそうな勢いに、サザナミはあきれる。

 ああ言えばこういう状態のまるで親子喧嘩のような言い合いを続ける二人の間に、あの、と遠慮がちな声が割り込んだ。

 ユクスが振り返ってエーミールを睨む。

「お、恐れながら申しあげます。僕は遠慮しますので、どうかサザナミくんとお出かけしてきてくだ……」

「なにをおっしゃるんです。エーミールも一緒に出かけるんですよ」

 ユクスは当然のようにそう言った。地球は青い、りんごは赤い、おまえも一緒に出かける。まるでそれが世界の理屈と言わんばかりの口ぶりだ。

 エーミールは、え、と口を開いて固まった。

「あのですね」

 見かねたサザナミは口を挟んだ。

「さっきも説明しましたけど、もともと俺とエーミールさんが約束していたんですよ。あんた、ちょっと偉そうすぎやしませんか。あとから入ってきてる自覚を持っているんですか」

 途中でエーミールが遠慮がちに諌める声が聞こえたが、サザナミはそれを無視して最後まで言ってやった。

 ユクスはむっとして口をつぐむ。

「坊ちゃん」

「……サザナミは私と出かけたくないのですか」

「は?」

「私はサザナミと出かけたいのですが……」

 ユクスは下を向いてもごもごと言葉を続けたが、サザナミにはうまく聞き取れない。

「いやべつに、出かけたいとか出かけたくないとかそういう問題ではなくて」

 サザナミははっとして言葉を止めた。

 ーーあなたは王子なのだから、なんて言ったらたぶんこいつは悲しむ。あいまいに微笑んで、たくさんの侍従に囲まれた一人ぼっちの部屋に帰るしかなくなるんだ。

 ユクスは自分との関係に身分というものさしを出されることをひどく嫌っていた。ぽつりぽつりと言葉を交わすようになってからまだ日は浅いが、サザナミにもそのくらいのことはわかるようになっていた。

「……どちらかというと遊びにいきたいですよ」

 サザナミが観念してそう言うと、ユクスはぱっと顔を上げて「でしょう?」と満足気に微笑んだ。

「やっぱり、僕はいないほうが、」

「だからエーミール、おまえも一緒に行くんですって」

「……はい、よろこんで」

 エーミールは困惑した表情のまま、騎士の敬礼をした。

 そんな三人を見守っていたアキナは、豪快に笑った。

「おうおうおう、よかったな。まあくれぐれも気をつけて。日のあるうちに帰ってくるんだぞ」

「なにをおっしゃるのですか。アキナも一緒です。あなたほど優秀な護衛はいないのですから」

「……ユクスさまの仰せのままに」

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