第11話 遊びにいきたい②
「失礼しました」
エーミールのいる部屋を辞すとすぐに、サザナミは頬をほころばせた。妹以外の人と初めて出かけることになり、浮き足立つ心を止められない。
――どこに連れていってもらおう。俺はアルバスのことをよくしらないからエーミールさんに任せてもいいのだろうか。
しかし用もないのに王宮に長居することは許されていない。スキップしたい気持ちだが、表情を引き締めて足早に廊下を歩く。
遠くから、大勢の人間が歩いてくるのが目に入った。その先頭にいる小柄な人がユクスだと気づくやいなや、サザナミは廊下の端で片膝をついた。
遠くから見たので判然としないが、ユクスのうしろにいるのは服装からして王宮勤めの侍従だろう。
床を見つめるサザナミの頭上に、小さな影が一つ落ちる。
「サザナミ。お顔を上げて」
ユクスの声は二人きりで話すときより硬い。おずおずと見上げると、菫色の瞳はサザナミを見つめてはいるものの、どこか遠くに向けられているようだった。
「騎士団が末席、サザナミにございます」
侍従たちの遠慮ない視線がサザナミを射抜く。
おまえはいったい王子とどのような関係なのか。
問いつめるような視線が痛い。
それもそのはず。ユクスの関係を知っているのは、アキナとエーミール、それからたまたま目撃した騎士団の団員くらいであるからだ。サザナミには言っていないが、こう見えて用意周到なユクスは、騎士団を訪れる際に多くの人と会わない時間帯やタイミングを選んでいたのだった。自分の立場が異国の子どもに与える影響を、年若い王子は十二分に理解していた。
いつもと違う、緊張した気配が漂う。
「こんなところにいるなんてめずらしいですね」
「はい、騎士団のエーミールさんに用事がありまして」
「ああ、オルロランド家の次男の」とユクスが目を細める。やはりサザナミには、その声色と仕草がずいぶんと遠くに感じた。「お仕事ですか」
「いえ」
「仕事じゃないのですか」
ユクスがわずかに目を丸くする。
「はい。あ、いえ」
ユクスは首をかしげて微笑んだ。
うしろの侍従たちが息をのんだ気配がする。サザナミは怪訝に思うも顔には出さない。
「おまえ、エーミールと仲がよかったのですね」
「はい」とサザナミは頷く。
「そういえば、私はエーミールとまともにお話ししたことがありませんでしたね」
サザナミは合点した。
――エーミールのことをよく知らないから、あんな変な反応をしたのか。
ならばエーミールのことを教えてあげなければならない。サザナミはそう考え、黙って自分を見おろすユクスに向かって口を開いた。
「エーミールさんはとてもやさしくて、頭もいいんです。ご自分では戦闘は得意じゃないとご謙遜されますが、ほんとうに素早いこと! 速さだけでしたら騎士団内で右に出る人間はいないのではないのでしょうか」
一気に捲したてると、ユクスはふたたび目を丸くしてから顔を背け、「ふうん」と呟いた。
なんだよ、とサザナミは思う。
「それで、サザナミはけっきょくなにをしにエーミールを訪れていたのですか」
「あ、はい。こんどの休みにエーミールさんと出かけようと思って、お誘いにいっていました」
ユクスの上品な顔が、一瞬だけひどく歪められたように見えた。とんでもないものを見てしまったとでも言わない顔。羽虫でも飛んでただろうか。
ここまで無表情を貫いていたサザナミも、挙動不審なユクスに眉をひそめた。
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