第4話 東の子どもが持つ力

 目を開けると、真っ白い照明がサザナミのまぶたを貫いた。

 まぶたの裏がちかちかと光り、頭がずきずきと痛む。すぐに目を閉じ、こめかみを手で押さえる。

 頭上から、「おはよう」と声が降ってくる。

 痛む頭を刺激しないようにそっと目を開けると、騎士団長のアキナが慮るような表情でこちらを覗き込んでいた。

「気分はどうだい」

 こめかみを押さえながら、サザナミは頷く。

 金髪の少年に魔力を向けたあたりでサザナミの記憶は途切れていた。

 アキナのことを見るために視線を彷徨わせると、彼の腕の先に白いシーツが目に入る。サザナミは自分がいま、寝台に寝かされているのだと理解した。

 体を起こして周囲を見回そうとするも、思うように動かない。諦めて頭だけ捻って左右を見回すと、白い衣装を身に纏った大人たちが、室内を忙しなく動きまわっていた。みな薬瓶や包帯、書類を手に持っている。

 ここはアキナが言っていた「医師団のテント」だろうか。

「無理やり連れてこられて怖かっただろう。すまなかったな。ぼっちゃ……ユクスさまもおっしゃっていたが、俺たちは誓っておまえのことを害さない。どうか安心してほしい」

「……すみませんでした」

 アキナはあいまいに笑い、乱暴にがしがしとサザナミの髪をなでまわした。

 ひととおりなでまわしてから手を止めると、柔和な表情をすっと消して、真剣な面持ちでサザナミを見据える。

「起き抜けに悪いんだけど、しゃべれるくらいの気力があるのなら聞きたいことがいくつかある」

 サザナミはおそるおそる上半身を起こして、はい、と頷いた。

「名はなんという」

「サザナミです。平民なので名字はありません」

「そうか。サザナミの出身は東だったか」

「はい。東の小国ホムラの国境にある、名もなき小さな村です」

「家族は」

「両親と歳の離れた兄が一人、妹も一人いました」

 アキナはぴくりと片眉を上げる。

「ご家族はいま、どこにいるんだ」

「知りません」

「知らない?」

 サザナミはアキナを見上げ、静かに頷く。

「なぜか聞いても?」

「北との戦で村が焼かれたので、俺たち家族は西境にある集落に逃げ込みました。東の難民が多くいたところです。しばらくはそこで生活をしていたのですが、兄と両親の稼ぎだけでは生活が苦しくて。幼い妹と体調が安定しなくてろくに働けない俺は、役立たずだからという理由で売られました」

 アキナは顔を背け、そうか、と呟く。寝ているサザナミからは表情がうまく見えなかった。

「サザナミの体に流れているのはなんだ」

「魔力です。東の民の血を継いでいる者のなかから、稀に魔力の使い手が生まれることがあります」

「それは聞いたことがある。おまえは魔力が使えるのか」

「いいえ。俺たちの国では十六歳で成人するのですが、大人にならないと魔力の使い方は教えてもらえません。使い方によっては他者を害することも国を滅ぼすこともできる危険な力だから、子どもの身では持て余すだろう、という理由です。なので、俺のような子どもは、溢れ出る魔力を体力や筋力に還元して使っていることがほとんどでした」

「どういう意味だ」

「かんたんに言うと、そうですね……魔力で体を増強している感じです。魔力持ちの子どもは、体力や筋力が並の子どもの十倍はあると思います」

 ほう、とアキナは瞳を光らせた。

「あれは意図的か」

「あれ、と言うと」

「王子に魔力を向けたことだ」

 アキナの顔から表情がすっと消えた。

 サザナミは体を強張らせる。

「いえ、そのような意図はまったくありませんでした。無礼を承知で申し上げると、あの方が王子だとは俺は知らなかった。もちろん、やんごとなき身分の方だとは察していましたが。それに、ああやって魔力が暴走したのもはじめてのことで……」

「理由に心あたりは?」

「ないです。でもあの方の顔を見たら、なにか、なにか……」

 サザナミは両の手のひらををまじまじと見つめた。あのユクスという名の王子が自分に向けた菫色の瞳が、脳裏にこびりついては消えない。けっして不快ではなかった。むしろその逆で、サザナミの心を強く惹くなにかがあった。

「体を鍛えるのは好きか?」

 ふと思いついたような感じでアキナがそう言った。

「あ、はい」

「野を走り回るのは?」

「好きです」

「動物はさわれるか」

「幼い頃から家畜とよく遊んでいました。あ、あの、急になんでしょうか」

「子どものきみが市井で自立した生活を営むことはまだ難しいが、裕福で善良な家庭に預けることはできる。しかしね、その力をわれわれは放置するわけにはいかないのだよ。アルバスには魔法の類を扱う者がいないから、なにかあったときに対処ができない」

 もっともな意見であった。サザナミは頷く。

「そこでだ。しはらくの間、騎士団で働くのはどうだ。騎士団といっても、この国は子どもに戦争をさせないから、主な仕事は鷹や馬の世話、炊事、掃除あたりになるだろうが」

 サザナミはアキナの真意を図るために彼をじっと見る。年端もいかぬ子どもに怪訝な表情を向けられたアキナは、「なんだ」と笑い、肩をすくめた。

「俺はこの国の王子を危険に晒しました」

「ユクスさまは、『急に視界が暗くなったが、とくになにもなかった。久しぶりに外に出たので目眩がしたのだろう』とおっしゃっている」

「え」

 サザナミは驚く。よそから来た身分も出自も不明の自分を庇う理由がわからなかった。

 アキナはそんなサザナミをちらりと見やり、すぐにふいと視線をはずした。それにな、と言葉を続ける。

「騎士団は仕事柄いろいろなところへ赴くから、ご家族と会えるかもしれない」

「妹は家族に売られたあと、奴隷商の馬車に三日三晩揺られて、すぐに死にました。病弱な妹を奴隷に差し出した家族に会いたいとはあまり思いません。それに兄とはもともと仲がよくなかったので、いまさら会っても、べつに……」

 アキナは気まずそうに「そうか」と答えると、ふたたびサザナミの頭をがしがしとなでた。

「とにかくしばらくおまえは医師団の保護下だ。ゆっくり寝て、飯を食べて、体調を整えてくれ。騎士団の件はそのあと考えてくれればいいから」

 そう言うと、アキナはテントの外へ出ていった。

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