第5話 ともだちになりたい。
今日の祭りのために、医師団はアルバス市街地の広場にテントを並べ、駐屯していた。
そのテントの一つをあとにしたアキナは、入口外に立つ人影を認めると片膝をついた。
「ユクスさま」
「楽にしてください。私、アキナにかしこまられるの、いまだに慣れないんです」
ユクスは肩をすくめ、アキナを見上げる。
まいったな、とアキナは相好を崩した。アキナは昔から、この子どものお願いに弱い。
「外で待たせてしまってすみませんでした」
「いいえ。あの少年は、私の姿を見て取り乱したように見えました。私がいたらまた混乱させてしまうかもしれませんし。それで、彼の様子はどうでしたか」
「ああ、彼はサザナミという名前だそうです。しゃべるくらいの元気はありましたよ。医師からも栄養失調気味だけれど、体に異常はないと」
サ、ザ、ナ、ミ、とユクスは一音一音ゆっくりと口にした。
小さくてかたちのよい桜色の唇が、東の民の名前をなぞる。アルバスの民からすると、いささか馴染みのない母音の並びであった。
「それで、あの、赤黒いのは……」
「先ほどからおっしゃっている、赤黒いの、と言いますと」
「サザナミを覆っていた気配です」
「ああ、あれのことですか」アキナはふむ、と腕を組む。「彼曰く、魔力というものらしいです」
「魔力……東の民に宿る力ですね」
「ええ、そうです。もうすこし話を聞きたかったんだが、まだ本調子ではなさそうだったから、また日を改めてゆっくりと教えてもらおうと思っています」
ユクスは少年の魔力を「赤黒いの」と評していたが、じつはその色はアキナの目にはまったく確認できていない。サザナミが倒れたあとすぐにその場にいた騎士団連中にも状況を確認したが、みなアキナと同じで「東の子どものまわりが急に暗くなった」ことしか理解できていなかった。
——なんとなく、いやな感じがするあの気配。いったい坊ちゃんはなにを見たんだ。
「アキナ、どうかしましたか」
「ああ、すみません。それでサザナミなんですけど、聞けば身寄りがないというから、騎士団で預かろうと思っているんです」
「じゃあ王宮にずっといらっしゃるの!?」
まるで興奮を抑えきれない子どものように大きな声だった。思わずアキナは目を丸くしてしまう。
「なんだ、やけにうれしそうだな」
「だって……」
ユクスは顔を赤らめ、下を向いてしまう。
アキナはそんな年相応の表情をほほえましく思う。手を伸ばし、サザナミにやったようにがしがしと頭をなでた。
「同じ歳くらいの子どもはしばらくいなかったもんな」
はい、とユクスは頷く。
——ただの子どもらしく表情をくるくると変える坊ちゃんを見られたのは、いつぶりだろうか。
アキナがはたと手を止め、頭上から「ユクスさま」と呼びかけると、ユクスはぱっと顔を上げた。
「しがない独身のおじさんからのお願いを聞いてくれますか」
「なんでしょうか」
「サザナミね、東の国の生まれなんですって。おじさんはあいつがここでうまく生きていけるか心配しているわけなんです」
ええ、とユクスは神妙な面持ちで頷く。
「それでな、」
「わ、私!」ユクスは頬を赤らめたまま、大きな声を出した。「サザナミとお友だちになりたい。……なれるでしょうか」
アキナは白い歯を見せてにかっと笑う。
「坊ちゃんなら大丈夫、なかよくなれるさ」
ユクスを騎士団の護衛にまかせ、一人になったアキナは考えごとをしていた。
——あの少年、サザナミと言ったか。かの国でも魔力持ちは非常にめずらしいと聞いたことがある。
それに、アキナの目には、暴走していた魔力はユクスにふれられて収まったように見えた。
——たしか坊ちゃんの母親、シラユキさまの生まれは東だったか。
アキナは顎をさすった。
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