永遠など存在していない
三鹿ショート
永遠など存在していない
永遠に愛し合おうと私が告げてから、彼女と揃って笑みを浮かべていたが、今にして思えば、阿呆な台詞だった。
何故なら、今存在している自分は、一秒前の自分とは異なっているからだ。
己が常に変化する存在であるにも関わらず、彼女に対する愛情のみが不変であることはないのだ。
ゆえに、彼女への愛情が薄れ、興味を失えば、後は破局が待っているだけである。
原因は、何だったのだろうか。
私も彼女も、別の人間に対して恋愛感情を持っていたわけではない。
休日には共に外出するということなど、当然のように実行していた。
些細なことで喧嘩をしたこともあるが、仲直りをしていたはずである。
考えれば考えるほどに、何故彼女に対する愛情が姿を消したのか、私には分からなかった。
他者に対する愛情の器というものが存在し、それを突き破るほどに相手を愛したことで器に穴が開いてしまったために、段々と愛情というものが流れ出てしまったのだろうか。
そのようなことを考えながら、私は隣を歩いている新たな恋人に目を向けた。
この恋人に対する愛情も、やがては消えることになるのだろうか。
それならば、この恋人に対するあらゆる行為は、無駄なのではないだろうか。
その瞬間、新たな恋人に対する愛情の炎が、段々と小さくなっていくのを感じた。
それから私がどのような言葉を発するのかなど、分かりきっている。
***
彼女の要請で、久方ぶりに再会することとなった。
待ち合わせの飲食店へと向かうと、其処には彼女だけではなく、見たことがない少女が存在していた。
もしかすると、私の娘なのではないだろうかというようなことを、私が考えることはなかった。
我々が別れた年齢を考えれば、それなりに成長しているはずだが、少女が明らかに幼かったからだ。
どのような用件かと問うたところ、彼女は頭を下げると、
「私たちを、支えてくれませんか」
***
いわく、彼女には私と別れてから交際し、結婚した相手が存在していたらしいが、勝手に仕事を辞めては昼間から酒を飲み、暴力を振るうようになったために、逃げ出してきたということだった。
彼女も一応は仕事をしているが、自分だけの収入では娘を養うことはできないと考えたために、私を頼ったという事情らしい。
突然の言葉に、私は困惑した。
何故、結婚もすることなく別れた相手と、血の繋がっていない少女の生活を支えなければならないのか。
そのように返事をしようとしたが、彼女の神妙な面持ちと、少女が不安そうに彼女の袖を掴む姿を見て、私は観念した。
此処で断れば、彼女とその娘が不幸な最期を迎えたときに、自分が後悔するだろうと考えたからだ。
私が首肯を返すと、彼女は表情を明るくした。
それから彼女は、娘に対して事情を説明し始めたが、全てを理解することができている様子ではない。
だが、私が暴力を振るうような人間ではないということを知ったときに笑顔を浮かべたために、私は物悲しくなってしまった。
***
不思議なことに、共に生活を始めると、段々と彼女やその娘に対する愛情が芽生えるようになった。
彼女に対しては、交際していた頃と同じようなものではなかったのだが、もしかすると、これが父親という立場の人間が抱く感覚なのだろうか。
欲望を満たす対象として見ることなく、ただ庇護するべき人間として見ていることを思えば、強ち間違いではないのかもしれない。
***
やがて成長した彼女の娘は、結婚のために我々の自宅から姿を消した。
結婚の相手を私に紹介してきた際には、涙を流しそうになったものである。
自宅に残された私と彼女は、それからも共に同じ時間を過ごしていた。
今では、彼女が存在していない生活など考えることはできず、彼女もまた、これまで生活を支えてくれた恩義からか、これまでと変わらぬ日々を送っていた。
深く愛し合うこともなければ、派手な喧嘩をすることもない。
波風が立つことはない、穏やかなこの毎日は、人間によっては退屈だと感ずることも考えられるが、私にとっては、心地よい時間だった。
彼女もまた、同じように感じてくれていれば、私は喜びを感ずることだろう。
そのように考えたところで、私は口元を緩めた。
もしかすると、永遠に愛し合うということは、毎日のように身体を求めることなどではなく、このような何事も無いが失うことを恐れるような人生を共に過ごすということを意味しているのかもしれない。
永遠など存在していない 三鹿ショート @mijikashort
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