01-29 魔術師を目指したきっかけ
「今日は色々とすごかったなあ」
食事を終え、寮へ戻った雅稀はソファーの上で背筋を伸ばす。
「パレードのお陰で朝の重い出来事や昼の過酷なアスレチックを忘れられたよー」
利哉はゆっくり息を吐きながらあぐらをかく。
「たまにはそういうの大事だよね」
一翔は頭の後ろに手を組む。
「あっ、そうだ……」
「どうした?」
雅稀は突如何かを思い出したように言葉を発した一翔に反応する。
「アスレチック場にいたとき、分厚い本を持ってたよね? あれは何?」
「これのことか?」
雅稀はマジシャンのように何も無さそうな懐から赤い表紙の専門書を取り出すと、一翔は小刻みに首を縦に振る。
「化学系の大学生が読む有機化学について書かれた専門書。元々、俺は理学部化学科に行きたかったんだ。GFP学院のことを知らずに過ごしていたら、今頃こういう内容を勉強していたんだろうなって」
雅稀は取り出した専門書の表紙を眺める。そこにはフラーレンのモデルが描かれていた。
「去年の秋だったかな。GFP学院のパンフレットが届いてから気が変わってさ。魔法戦士の道へ行こうと」
雅稀はそう言葉を続けた。
「もしやパンフから飛び出た光景に惹かれた?」
利哉は興奮してソファーから身を乗り出すと、うんと雅稀は頷いた。
「実はオレもそれで魔法戦士になろうって思ったんだ」
利哉は興奮した気持ちが急に冷めたような低い声を出す。
「オレは昔からあんまり勉強が好きじゃなくて、高校もそんなに賢いところに行っていないんだ。それで、高卒で就職しようかと思ったところ、GFP学院に出会ってここにいる」
「そっか。みんな、色んなきっかけがあるんだね」
一翔は視線を落として手を組む。
「一翔はどうなんだ?」
雅稀は少し俯いている一翔に声をかける。
「前にも言ったけど、僕の親戚はみんな魔術師だから、自然とその世界に入ったって感じかな」
一翔は複雑な心境を抱えているのか、沈んだ表情でソファーの上で三角座りをする。
「僕が魔法戦士の世界へ行ったのは、戦いに興味を持ったからじゃないんだ」
「えっ……!?」
雅稀と利哉は一翔の意外な話を聞いて驚く。
「魔法戦士は回復の魔術も使えるってことは医療にも貢献できるってこと。だから、僕は医者になりたくてここへ来た」
魔法戦士は攻撃魔術や防御魔術を利用して戦うだけでなく、負傷した部位を治癒する回復魔術も使いこなせる。
GFP学院のカリキュラムでは2年生以降で学ぶことになっているが、自身のステータスが上がる程、怪我に限らず数多くの疾病を治すことも可能だ。
魔法戦士学科出身の魔術師の中には、医療機関で活躍している人がいる。
一翔はその1人になりたいと言っている。
だから、雅稀は人の命を救いたいという彼の素敵な夢に心を揺さぶられた。
「……ってことは、本当は戦いたくないのか?」
利哉は不安な表情に変わった。
「ちょっと前まではね。でも、そんなこと言っていられないし、戦闘で傷つけた相手を殺さなければ、回復魔術で治せる。それに、僕らは夜に光る目とフォール=グリフィンという2つの課題が課せられている。だから、僕は戦うよ」
一翔は膝の上で両手を握る。
一翔の手を見ると、小刻みに震えている。
「でも、あまり無理すんなよ。自分で自分を追い詰めるのは良くないからな」
雅稀はソファーから立ち上がって一翔の左肩に右手を置く。
「そうだよ。君1人じゃない。オレもマサも付いているから!」
利哉は力強く親指を立てて一翔が座っている方へ肘を伸ばす。
「……ありがとう」
一翔は不意に涙腺が緩んで涙が溢れそうになる。
「おお……泣くなよ。大丈夫だから」
雅稀は緩んだ表情で軽く背中を叩いた。
一翔は頷いて手で溢れてしまった涙をそっと拭った。
「戦いたくなかったらオレとマサが代わりに戦うから、な」
利哉は笑顔で雅稀と目を合わせると、雅稀から「ああ」と頼もしい返事が返ってきた。
一翔は力になってくれるルームメイトに出会えたことに感謝の気持ちが込み上がる。
彼は泣き止むどころか、しばらくこの状態が続きそうだと思ったのか、立てている足に顔を隠した。
一翔はいつも冷静で大人しい性格だと雅稀は思っていたが、今日で繊細な一面があることに気づいた。
一翔なら、魔術師一家で生まれ育ったから最強の魔法戦士になりそうだけど、意外に繊細だから俺と利哉の知らないところで1人で悩んだりするかもしれない。
生活する場所が今みたいに宇宙空間を越えたとしても、精神的に病んでしまっては元も子もない。
俺も一度考え始めたら長い方だし、他人事ではないけど、3人で支え合いながら乗り越えていきたいな……
雅稀はそう思いながら泣き崩れる一翔の肩を優しく組んだ。
一翔の溢れる涙が落ち着いた頃には日付が変わりそうな時間帯になっていた。
寝室では、利哉と一翔は静かな寝息を立ててぐっすり眠っている。
今日の午前中はロザン先生の
楽しかったのか、シリアスだったのか、よくわからない1日だったと雅稀は振り返りながら布団を首元まで掛ける。
(でも、何だかんだ疲れたな……)
雅稀は体の力を抜いて、静かに目を閉じた。
――***――
「……ここは……」
知らないうちに、雅稀は4つの宇宙空間が見える黒い空間に浮いていた。
4つの球の中はスノードームのラメが宙を舞っているように、銀河や天体が時間をかけて同じ空間内を移動している。
顔を上げて左右に首を振れば、利哉も一翔もいる。
「昨日も見たよな……」
利哉は呆れた声で4つの球を見つめる。
「ん……?」
一翔は違和感を覚えた顔をして体を触ろうとするが、スッと通り抜けてしまう。
「体に触れない……」
雅稀は一翔の言葉をにわかに信じ難かったが、実際に胸に手を当てようとすると、確かに通り抜ける。
本来なら感触を覚えるが、そんな感覚は微塵もない。
それ以前に、自らこんなところへ足を運んだ記憶がない。
(一体……何事……?)
雅稀たちは戸惑う。
偶然目線を体の向きに合わせると、そこには腰まである長髪に身長が170センチメートルくらいの長身女3人組が横に並んで浮いていた。
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