01-26 ミッションへのリベンジ

「いやー、きついわー」

 取っ手を使って壁を登った利哉が姿を現し、ボタンを押した。


 利哉に続いて、一翔も疲れ切った顔でゴールした。

 2人ともタイムは4分を超えていた。


「3分以内ってやっぱりハードルが高いんだなって思った」

 雅稀は近くに置かれていた白いタオルで濡れた髪の毛を無造作に拭き取る。


「でも、それだけ伸び代があるってことだよ」

 一翔は息を吐きながら呼吸を整える。


「まあ、コースはどんな感じかわかったし、どういう風にしたら良いかが少しわかった気がするわ」

 雅稀はベンチから立ち上がる。


「よしっ、休憩したらリベンジするか!」気合いを入れた利哉を見た一翔は「あのポップコーン、そんなに食べたいんだね」と思わず笑ってしまった。



 少し体力が回復したところで、雅稀は再びスタート地点に立った。


「水中で戦うかはわからんけど、体力も肺活量もきっと必要なんだろうな」

 雅稀はふぅーっと深く息を吐いてボタンを押し、頭からウォータースライダーへ入った。


 スライダーを出た後は逆流コーナーが待ち受けており、今回は頭から入ったから即座にフォームを整えることに成功した。


 分岐点で1回目と同じ初心者コースへ進み、水槽へ入る時は毎回水泳選手のように飛び込んで泳いだ。


 さっき頭をぶつけてしまったところは、両手で着いてから着地した。

 本当は足から着地した方が妥当なのかもしれないが、今の雅稀には難しかった。


 その後に待ち受けている3メートルの水槽や5メートルジャンプ、最後の滝に逆らいながら壁を登るところはもたもたせずに、持ち前の根性で余っている体力を振り絞った。


 今度はどうだ、期待とドキドキの気持ちでゴールのボタンを押した。


「2分57秒42……あー、ギリギリ何とかクリアしたか……」

 雅稀はやりきった感と疲れが混ざった表情を浮かべた。

 ボタンの近くに設置されている銀色の箱が開き、そこには銅貨が3枚置かれていた。


「すげぇ……これが魔術界ヴァールのお金なんだ……!」

 銅貨を手に取ると、表面は星座をイメージした絵柄が、裏面は魔術語で1を表す字が彫られていた。


 雅稀は満面の笑みで3枚の銅貨を大事そうに握りしめた。



「あー、また3分超えたー」

 ゴールから利哉の顔が見えた。


「僕はもうひと押しか」

 彼に続いて一翔も壁を登りきった。


「えっ? まさかお前、クリアしちまったんか?」

 利哉は雅稀が大事そうに握っている手を見逃さなかった。


「ま、まあね」

 雅稀は恥ずかしそうに頭を掻く。


「何で3分以内でクリアできるんだよ?」

「どこで時間をロスしているかを洗い出して、どうすれば短時間で攻略できるかを考えて実行した結果だよ」

 雅稀は羨ましい気持ちと悔しい気持ちで尋ねてきた利哉にアドバイスをする。


「なるほどね。雅稀はそういうの考えるの上手なんだね」

 一翔は微笑みながら雅稀を褒める。


「いやー、俺だってまだまだだぜ。初級で3分近くかかっていたら、中級と上級のミッションなんてクリアできっこない」

 雅稀は力を抜いて右手を左右に軽く振る。


 すると、一翔は閃いたかのようにポンと手を打つ。


「もしかして、ただ身体能力を上げるだけではダメってことか!」

「ん?」

 利哉は唇を少し尖らせて一翔に顔を向ける。


「魔術だよ! 身体能力に加えて魔術の力を頼れば、泳ぎもジャンプも、何なら宙を舞うことだってできる……!」

「そうか……!」

 利哉は腑に落ちた。けれども、どこか疑問が残っているような冴えない顔をしている。


「魔術師になるためには、俺たちで言えば、魔法戦士が使う攻撃魔術や防御魔術が使えるだけでは不十分で、日常の魔術とか、魔術界ヴァールの一般人が使っている魔術も使えるようにならないといけないってことか」

 一翔は雅稀の発言にそうそうと何回か首を縦に振る。


「勉強すること多いな-」少し顔を引きつらせた利哉の向かいで、雅稀は「大学生ってそういうもんだよ」と釘を刺すようにはっきり伝える。


「てか、嫌そうな顔すんなよ。3ビッツがほしくないのか?」

 雅稀は利哉に勝負の火を点けようと挑発する。


「それに、水属性である俺に勝ちたいって感じのこと、言ってなかったか?」雅稀はニヤリとした顔を利哉に向けると「……ちっくしょー!」と利哉はダッシュでスタート地点へ走った。


 雅稀と一翔はその行為に驚いたが、黙って利哉を見送った。


「再チャレンジするのは良いけど、僕の話を覚えているかな?」

 一翔は人差し指を顎に当てて視線を落とす。


「あいつ、俺と一緒で負けず嫌いのところあるから、ミッションをクリアすることでいっぱいだと思う」

 雅稀は苦笑いして利哉が向かった方向へ顔を向ける。


「僕たち3人の中で1番ポップコーンを食べたがっているのは利哉だもんね」

「ああ」

「じゃあ、僕も頭の中でシミュレーションしながらもう1回行ってくるよ」

 一翔は左手を軽く上げて雅稀に合図を送り、スタート地点へ向かった。

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