24 戦いは激しさを増していく
一瞬にして間合いを詰めて剣を振り下ろせば、カイの気配に気が付いたアルヴァールが、鋭い視線を向けてその一撃を、身を捩る事でかわして見せる。
「――!」
「くそっ……!」
やはり、そう簡単に相手の動きを止める事は出来ないらしい。
カイが悔しそうな声を零せば、その反撃とばかりに、相手から鋭い一撃が振り下ろされる。
「遅い!」
「ぐっ!」
槍の一撃を剣で受け流し、カイが後方に飛び退くことで間合いを取れば、相手は槍の軌道を変えてカイに切りかかってくる。
リーチが長い分、間合いを詰められるのは一瞬の出来事だった。
体躯の大きな相手から繰り出される槍の剣さばきは、武器を手に受け流すカイの体力をじわじわと削っていく。
鉄と鉄のぶつかる音が周囲に響き渡る中で、カイが辛うじてその動きに食らいつけば、その傍らから再び、リプカの放った魔法がアルヴァールを襲った。
『相手はソイツだけではないぞ!』
「目障りな」
「――うわっ!?」
火球を放ったリプカに対して、眉間に皴を刻んだアルヴァールは、急にカイの腕をグッと掴むと、彼を火の手の方向へと投げ飛ばす。
いきなりの事で、カイが受け身を取れずにいれば、アルヴァールは不敵な笑みを浮かべて告げた。
「そのまま盾にでもなっていろ」
「冗談じゃない!」
その馬鹿にするようなセリフに、カイがすかさず風法により自身を守れば、火球は何故かカイから軌道を変えてアルヴァールへと真っすぐに飛んでいく。
どうやら、リプカの操る火の魔法は、対象物を瞬時に切り替える事が出来たらしい。
「何……?」
『阿呆め』
アルヴァールが予想しない火球の動きに反応を見せると、その間にカイの体は、背中から地面に落下する形で着地する事となった。
(痛……くない!)
衝撃に備えるが、自身の魔法によりぶつかった反動を吸収する事が出来たのか、カイは直ぐに立ち上がると、アルヴァールへと視線を走らせる。
視界の先では、炎が激しくぶつかって、辺りに衝撃波が伝わってくる瞬間だった。
(凄い熱気だ! 一体、相手はどうなったんだ!?)
その行く末をカイが見守る中、立ち込めた煙が霧散すると、そこには無傷で立っている朱の王の姿がある。どうやら、その一撃は相手の作り出した炎の障壁により、防がれてしまったらしい。
(やっぱり、そう簡単にはいかないか)
これでは消耗が激しいこちらが不利だと、焦りを浮かべてカイは思考を巡らせる。
どうにかして相手の動きを封じる手立ては無いだろうか。作り出すのは、ほんの一瞬の隙で良い。
現段階では、リプカの魔法により何とかバランスを保っている状況だが、それでもその負担は大きいだろう。
(考えろ、何か……何かあるはずだ!)
カイが思いつめたように、真剣な表情を浮かべて周囲を窺っていると、ふと視界の中をキラリと何かが光ったのが分かる。
(――あれは!)
その何かに気が付いたカイは、すかさず相手に向かい突っ込んでいた。
そのカイの動きに、素早く構えたアルヴァールは、嘲笑を浮かべて口を開く。彼だけではなく、リプカも焦ったように声を張り上げていた。
「馬鹿の一つ覚えか?」
『――何をしている小僧!』
何故なら、カイの動きは、傍から見れば自暴自棄に思える行動だったからだ。
『戻れ、馬鹿者! 死にたいのか!!』
その行動を咎める声が響き渡れば、カイは真正面から相手に突っ込みながら剣を振り下ろしていた。
しかし、それをいともたやすく槍で受け止めたアルヴァールは、カイの一撃を力で跳ね返すなり、彼の腹部を蹴り飛ばして間合いから追い出す。
「ぐっ!!」
勢いよく後ろに吹き飛ばされたカイは、受け身を取れずに地面の上を転がっていく。
『小僧!』
痛みでうめき声をあげたカイの元に、黒猫が駆けよれば、顔を上げたカイは、擦り傷を負いながらも顔を上げてニッと口元に笑みを浮かべていた。
先ほどの衝撃で、軽く口の端を切ってしまったようだが、本人はそんなことなどお構いなしに、相手を見つめていた。
そしてカイは、こう口を開く。
「良いのか、朱の王――」
「……?」
その呼びかけが、相手の注意を散漫させる為のものだと言うことを相手が悟ったのは、すぐ後の事だった。
「――っ!!」
その直後、何かに気が付いたアルヴァールが、ハッとしたように背後を振り返れば、そこには、一人の男の姿があった。
一つ結びの長い髪を風に揺らす男は、普段とは打って変わって、真剣な灰色の瞳を浮かべている姿が見える。
その男の姿をアルヴァールが目にした直後、初めて彼の表情に余裕のない色が浮かんだ。
「……あれはっ!」
視界の先にあった、見通しの良い岩の上に立っていた男――スレイは、弦を手にしたまま口元に笑みを湛えると、先ほどカイが口にした言葉の続きを唱える。
「――後ろが、がら空きだよ」
すると、一本の弓がアルヴァールの肩を射抜いていた。
ぐらりと揺れた男の姿に、すかさずリプカが叫ぶ。
『小僧!』
「――分かってる!!」
その掛け声と共に、カイは立ち上がり自身の手のひらに魔力を込めた。
スレイが放った弓には、前もって相手の動きを封じるための痺れ薬が塗り込んであるのだ。
熊すらも一瞬にして行動不能にさせる毒なら、さすがの彼でも隙を作るはずだと用意していたのだった。
「リプカの体を返して貰うぞ!!」
カイが自身の手に魔力を込めようと、相手を見据えた時だった。何かに反応したように、彼の瞳は漆黒から青へと変化を遂げていく。
すると、カイの視界の中には、淀んだ黒い靄のようなものが、アルヴァールの体からにじみ出ているのが分かった。
それは、以前カイが
その一瞬を逃すまいと、カイが集中を高めていると、ゆらりと顔を上げた男は、鋭い殺気を浮かべてカイ達を睨んでいた。
「この程度で、この俺が止められるとでも思ったか愚か者!」
そう呟いたアルヴァールは、自ら肩に突き刺さった矢を無理矢理引き抜いてみせると、目にもとまらぬ速さで、カイの目の前に移動する。
「――な……」
突然の事に、カイが驚愕に目を見開くと、彼の体は地面に強く叩き付けてられていた。
背中を勢いよく地面に叩きつけられた衝撃にカイが息を詰まらせると、次の瞬間、彼の利きの肩に衝撃が走る。
「――あ゛ぁ゛!!」
一瞬、意識が飛び退きそうになるのを、何とか気力で堪えたカイは、何が起きたのかを冷静に把握しようと視界を動かした。
どうやら痛みを放つ肩には、アルヴァールが手にしていた槍が突き刺さっていたらしい。
アルヴァールは、カイを地面に縫い付けることで身動きを封じたようだ。それから彼は、何かに気が付いた様子で口を開く。
「そういう事か、他にも目障りなのが居るな?」
先ほどのスレイの一撃により、相手は仲間の気配に気づいた様子だった。
何かを探るように視線を動かしたアルヴァールは、そこに居た黒猫めがけてまずは火球を叩きつけるなり、カイの居る場所から遠くへとその体を吹き飛ばす。
『ぐあ!!』
「リプカ!!」
視界の遠くで、激しい音とリプカのうめき声を耳にしたカイは、アルヴァールがその場から離れていく気配に、慌てて肩を貫通する槍を引き抜こうともがく。
「くそっ!」
だが、地面に深く突き刺さっているそれは、そう簡単に抜けはしない。
痛みを覚悟で、大量の血が流れる中、カイは必死に槍を引き抜こうと藻掻いた。
この状況で、無防備なカイにとどめを刺さなかったのは、きっと見せしめの為だろう。
先に仲間を殺した後に、カイを殺す気なのだと分かった。
何処かに飛ばされたリプカがどうなったかは分からないが、今はとにかくスレイ達の元に向かったアルヴァールをどうにかしなければ。
そう思ったカイは、肩から槍を無理矢理に引き抜くと、血を滲ませながら立ち上がり走り出した。
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