25 奥の手
(一体何処にいるんだ?)
アルヴァールを追いかけて乾いた大地を走り回っていたカイは、必死にスレイたちの気配を追いかけていた。
彼らは上手く岩場に身を潜めているのか、カイですらその気配を探る事に苦戦していた。
「あそこか!」
やがて、激しい爆発の音が聞こえて、カイは慌ててその方角へと向かう。
一種の迷路のような地形に苦しめられながら、カイは何とかその場所へとたどり着く。するとそこには、スレイとアルヴァールが刃を交えて交戦している姿が見えた。
「あの毒矢を受けてもピンピンしてるだなんて、アンタ一体何者だよ」
どうやら、二人は無事のようだった。
周囲には激しい戦いの痕が見られたが、その後方で杖を構えているイリーナの姿も確認できた。
「二人とも!」
「カイさん、その怪我は……!!」
カイが慌てて二人の元に合流すれば、腕から血を流すカイを見つけてイリーナは驚いた表情を浮かべていた。
二人を探す事に夢中になっていたせいで、すっかり傷の事は忘れていたと、カイは苦笑を浮かべる。
「あぁ、これは……」
「大変です、今すぐ治療を!」
カイが事情を説明する前に、慌てて駆け寄ってきたイリーナは、傷の手当を始めてしまう。
その騒動に気が付いたアルヴァールは、スレイの相手をしながらも、心底煩わしそうに舌打ちを零していた
「――ちっ」
傷の治療をあっという間に終えたカイは、剣を手にするとスレイの隣に立つなり告げる。
「生憎と、俺にとどめを刺さなかったのが運の尽きだったな。アンタの思い通りにはさせない……リプカの体も返して貰うぞ!」
「景気の良い宣言だねぇ」
「ふざけてないで、真面目にやれ」
「心外だな、至って真面目だよ!」
カイとスレイがそんな会話を交わした直後、二人は一気に地面を蹴り切りかかる。
二対一で、二人が交互に刃を向ければ、アルヴァールは厳しい表情を浮かべ、二人の攻撃を凌いでいた。
その動きは明らかに、相手をしづらそうにしているのが分かる。カイの動きにスレイが合わせる形で、アルヴァールの隙を突いていたからだろう。
二人の攻撃を受け流すアルヴァールは、苛立った様子で眉間に皴を刻むと、まずは彼らの連携を崩すべく足元に魔法陣を出現させる。
そして、二人の後方に下がっているイリーナに向けて火球を放っていた。
「スレイ!」
「任せなって!」
カイはイリーナの護衛をスレイに任せるように叫ぶと、二人はそれぞれ二手に分かれて走る。
「お前の相手は俺だ!!」
カイが素早くアルヴァールに斬りかかれば、相手はその一撃を避けるなり視線を後方へと動かしている。
随分とカイも舐められたものだ。
まるで、カイの動きは目で追わなくても避けられると言われているようである。
アルヴァールの視界の先で、素早く剣から弓に武器を持ち構えたスレイは、その火球の軌道を変えるべく、焦点を合わせて魔力を宿した弓を放っていた。
凄い腕前だ。一瞬にしてその火球の軌道をずらし、イリーナを背に庇うと、彼はすかさずアルヴァールの方に視線を向けて弓を放ってくる。
「目障りな……」
完全にカイの事は眼中にないらしい。先にスレイを倒した方が、戦いが有利に働くと思っているのだろう。
その反応を受けて、流石のカイでも腹が立った様子を見せる。
「――後方ばかり気にしてて良いのか、朱の王!」
カイはわざとらしく声を張り上げると、魔法を放っていた。
『「
その直後、鋭い風の刃がアルヴァールを襲う。
さすがの彼も、その魔法は凌げないと悟ったのだろう。カイの苛立ちと共に放たれた一撃を、彼はその切っ先から逃れる事で避けたようだった。
分厚い岩であろうが、魔法の障壁であろうが、ありとあらゆるものを切り裂く事が出来る一撃に、アルヴァールも漸くカイへと視線を戻す。
「貴様はその力を有していたのだったな」
「漸く思い出して貰えて安心したよ!」
先ほどとは明らかに質の違う殺気を感じながらも、カイは挑発を続けた。
とにかく、今はイリーナとスレイをこの敵の前から引き離すのが先決だと考えたからだ。
出来る限り、自分に標的が向くようにと考えていると、急にスレイが何かに気が付いた様子で叫んでいた。
「相棒!!」
「――え?」
焦ったような声だった、一体どうかしたのかとカイがその声に気を取られた直後、視界の端を火球が横切るのが見えた。
そして、それはカイの死角から迫ってくると、彼の目前で一気に魔力を放出して爆発の光を放つ。
「――っ!!」
視界が一気に白く染まるのを目視して、カイは咄嗟に障壁を張りそれを凌いだ。
しかし、その勢いはカイが思うよりも強く、何度も彼を目がけて降り注ぐ。どうやら、アルヴァールは彼らが気付かない位置から魔法を発動させていたらしい。
何度も爆発を受ける事になったカイの体は、その衝撃により後方へと激しく吹き飛ぶこととなる。
「……くっ!」
固い岩盤の壁に背中から叩きつけられて、カイはよろけながらも何とか立ち上がっていた。
すると、視界の先では想像も出来ない光景が目に飛び込んでくる。
アルヴァールがカイをその範囲から吹き飛ばしたのは、それを凌がれてしまう可能性があったからだろう。
「――スレイ、イリーナ!!」
カイの視界に映ったものは、巨大な火の塊だった。先ほどカイが受けた火球の集合体と言えば良いだろうか。その大きさは、彼らを優位に呑み込むほどの大きさだった。
そんなものが二人の上空からゆっくりと、落ちてきていたのである。
それを目にしたスレイも、さすがに表情を引きつらせているようだった。
「……マジかよ」
カイが慌てて、二人の元に向かおうとすれば、横から鋭い切っ先が彼を襲う。
「――っ!」
「どうした、俺の相手はお前なのだろう?」
「くそっ!」
アルヴァールの狙いはそこにあったらしい。カイの行く手を遮るように立ちはだかった彼は、口元に笑みを浮かべて続けた。
「あの人間どもはもう終わりだ。なに、すぐに貴様も同じところに送ってやる」
槍を振り回しながら、殺気の籠った瞳を向けられたカイは、奥歯を噛み締めて悔しさを滲ませた。
今のカイには、遠距離からの防御魔法の発動は不可能だからだ。
あれだけの威力を防ぐとなれば、確実に魔力を練る必要がある。だが、目の前の男を相手にしながら、遠距離で魔法を扱う事は今のカイには出来ない。
(考えろ、考えろ!!)
カイは必死に思考を巡らせた。
そんなカイの悪あがきに、アルヴァールは小馬鹿にするように言葉を吐き捨てる。
「無駄だ、今頃貴様が何をしようとも、あれは防げん」
「――煩い、そこを退け!!」
カイは苛立ったように、相手に斬りかかる。その背後では、落下していく真っ赤な火球が視界の中に捉えられた。
イリーナと、スレイが空を見上げ固まっている。
打つ手なし、まさにそんな様子がそこからは窺えた。
「二人とも!!」
カイが叫び声を上げれば、ため息を零したスレイが告げる。
「――相棒、お前は目の前の相手に集中しろ」
それは、どういう意味だろう。
何かまだ、助かる方法があるということだろうか。
「何をするつもりか知らんが、既に手遅れだ。大人しく灰となれ!」
「生憎と俺にはまだやるべきことがあるんでね……それに、俺を舐めて貰っちゃ困る」
「まさか、貴様……!」
アルヴァールが、何かに気付いた様子でスレイ目がけて魔法を放とうとする。それを見ていたカイは、すかさず相手に斬りかかり、叫んだ。
「お前の好きにはさせない!」
何度も、何度も斬りかかってくるその姿に、アルヴァールが苛立ちを浮かべると、周囲に異変が起きる。
それは、カイの背後から――つまり、二人が居る方向からのようだった。
アルヴァールの邪魔をしながら、カイが彼から間合いを取った直後、視界の中には魔法陣を足元に描いているスレイの姿が映りこんでくる。
(あれは……?)
急速に集められていく魔力の量は、周囲の温度を下げる程の影響が出ているようだった。
スレイの背後に控えているイリーナは、少し寒気を覚えているのか、震えている様子が窺える。
「まさか?」
カイが彼の真意に気が付いた時だった。世界は一瞬にして時が止まった――かのように思えた。
『「
スレイの発した言葉によって、辺り一面が一瞬にして氷の大地へと化す。
それはどうやら、スレイが隠し持っていた水属性の
炎の塊全てを凍らせたスレイは、今が合図とばかりに叫んだ。
「――相棒! いまだ、切り裂け!」
その声に反応したカイは、咄嗟に彼らの上空目がけて、最大出力の風魔法を放つ。
『「
瞬時に切り裂かれた炎の塊は、氷の雨となりその場に降り注ぐ。
スレイは咄嗟にイリーナを連れて、その場から離脱をはかる。
「相棒、一旦ここは退くぞ! 体勢を立て直す!」
「分かった!」
スレイの合図を受けたカイは、すぐさまその場からの撤退を試みるのだった。
*
リプカと合流する事が出来た一行は、再度顔を見合わせて作戦を練っていた。
「何なの、あの王様。どれだけ生身で固いわけ」
『嘆いたところで、俺の体が頑丈なのは変わらん、何か作戦を練る必要がある』
「熊も痺れる毒使ったところで倒れないんじゃ、どうするんだよ」
スレイとリプカが互いに持ち合わせた情報を交換している間、カイはイリーナによる治療を受けていた。
よく見ると、怪我を多く負っているのは、はやり未熟であるカイだけのようだ。
偽物の王から体を取り戻すためには、カイのスキル使用が必要となるのだが、今の状況では、あの王の動きを封じるどころではない。
下手に突っ込めば此方がやられる状況に、カイは思考を巡らせる。
すると、カイの治療を終えたイリーナが顔を上げて二人に声をかけていた。
「――では、こういった作戦はどうでしょう?」
「何かいい案があるのか?」
イリーナの言葉に、カイが首を傾げれば、彼女はスレイを真っすぐに見て告げた。
「アルヴァール王を凍らせてしまうというのはどうでしょう? いくらあの方が無敵とはいえ、一瞬だけなら凍らせる事は出来るかもしれません。先ほどスレイさんが見せてくださった、あの魔法の威力であれば、一瞬だけでもどこかを凍らせて動きを鈍らせる事は出来るかも……」
『何の話だ?』
この状況で何も見ていないのはリプカだけだ。
黒猫は、イリーナが口にする言葉の意味を理解していない様子で眉間に皴を寄せていた。
それにカイが答える。
「それが……スレイが水属性の魔法が扱えるみたいで」
『ほう……それで? 続けてみろ』
「はい……人の体内には、約七割の水が含まれていると言いますし、いくらあの王でも、それは変わらないかと」
『当たり前だ!』
イリーナの言葉に、リプカが「人を化け物のように言うな」と訴えていると、スレイは納得した様子で声を漏らす。
「なるほどね。確かにそれなら一瞬だけ相手の動きを止める事は出来るかも」
『問題は、確実に奴に魔法を当てる事だな……』
「そこは相棒と黒猫で頑張ってもらわなくちゃ」
『俺は黒猫ではない!』
スレイの飄々とした態度に、黒猫が怒りを露わにして訴えているが、スレイは気にした様子もなく笑っている。
その様子を見ていたカイは、方針が決まった事で気を引き締めるように、全員へと視線を走らせた。
「じゃあ、作戦はそれでいこう。俺とリプカで朱の王の足を止める、スレイはその隙に魔法を当ててくれ」
「了解」
「分かりました、では私とスレイさんはまたどこかに身を隠します」
『気を付けろよ、奴は相当気が立っているようだからな』
そうして、四人が作戦会議を終えれば、再びカイは黒猫と二人になる。
「よし、それじゃ暴れますか」
『必ず決着をつける』
カイが気合を入れるように歩き出せば、その傍らではリプカのそんな声が聞こえていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます