23 火蓋は切って落とされた
カイを含めた四人の姿は、
そこは無数の岩が雨により浸食されて出来た地形であるらしく、身を顰めながら戦うには最適な場所と言えただろう。
夜の間に、そこに移動を終えていた一同は、リプカを中心に今日の編成について再度話し合いを行っていた。
四人が居る場所から少し離れた、
『我らの目的は、あの偽物をここで食い止め、体を取り戻す事にある。前線は俺とこの小僧で食い止める。スレイとイリーナ、お前たちは後方からの支援を頼んだぞ』
「了解」
「任せてください!」
リプカの言葉に、スレイとイリーナがはっきりとした口調で返事を返した。
戦う事に慣れているスレイはさておき、イリーナはしっかりと今日に備えて気持ちを切り替えてきているらしい。
その様子は、いつもと変わらない、普段通りに見える。
『見ての通り、ここは身を隠すには最適の場所だ。奴に居場所がバレぬように、定期的な場所移動を忘れるな……それから、小僧』
「……俺にはカイって名前があるんだけど……」
不意に声をかけられたカイは、自分だけ未だに小僧呼びなのが不満だった様子で、眉間に皴を寄せてリプカへと視線を走らせる。
しかしリプカは、それをいつものように無視したまま話を続けていく。
『――俺の予想では恐らく、奴は槍を使い戦ってくる。言っておくが、正面から奴の火力を受け止めようとするなよ、無駄に体力を削られるからな』
「それって俺にギリギリで攻撃を避けろって、無茶言ってない?」
『無茶ではない、相手の動きをよく観察すれば良いだけだ』
「それを無茶って言うんだよ」
リプカのアドバイスにもならない言葉に、カイは普段通りにため息を零し、「とりあえずやってみる」と答えた。
その様子を見ていたスレイは、小さく笑みを漏らして、何かに気が付いた様子で顔を上げる。
「そろそろお出ましのようだ」
『来たか!』
スレイがいち早く、朱の王の気配に気が付いた様子で声を上げれば、一同は顔を見合わせると二手に分かれていく。
カイとリプカはあえて目立つところに立ち、行く手を遮るように待ち構える事にした。
『良いか小僧。加減はするな、それから俺の体を解放するだけの魔力は残しておけ、良いな?』
「分かってるよ。そもそも、手加減なんかしてたら、俺の方がやられるっての」
『それと……以前も言ったが、もしもの時は、あの体ごと奴を殺せ』
「……最終手段に取っておくよ」
二人は互いに横に並びながらそんな会話を交わすと、聳え立つ岩の向こうから見知った姿を目にすることになる。
相手が距離を詰めてきている事で、肌に重力が重なって伸し掛かってくるような感覚をカイは覚えた。それだけ、そこに佇む男からは気迫が感じられたのだ。
朱の王――アルヴァールは、赤い髪を風に揺らしながら、二人の前に立つと、猫を思わせる瞳を細めて呟く。
「まさか、たった二人で俺の相手をするつもりか?」
『そのつもりだが?』
「ふっ、随分と舐められたものだな」
嘲笑を浮かべ、ゆっくりと槍を手に構えた男は、殺気をその身に滲ませるなり告げた。
「――ならば望み通り、ここで散れ!」
『来るぞ、小僧!!』
「あぁ!!」
リプカの合図と共に、アルヴァールの足元に赤い魔法陣が描かれる。それを見ていたリプカも、同様に足元に陣を描くと、凄まじい量の魔力を込める姿が見えた。
それと同時に、黒猫の口からは初めてカイが耳にする詠唱が唱えられる。
『「今ひとたびの静寂を、この地に落とさん……全てを無に還す、煉獄の炎……今ここに、開示する――
その小さな体の中に、一体どれ程の魔力が存在するのだろう。
詠唱と共に、魔法の発動の鍵となる名前を黒猫が口にした直後、熱風と共に目の前に大きな炎の竜巻が出現する。それは、辺りの空気を一瞬にして燃やし尽くし、酸欠状態にさせると、容赦なくアルヴァール目がけて襲い掛かる。
「なっ!?」
その威力は、さすがにカイも予想していなかったのだろう。
空高く舞い上がる炎を目の前にして、カイは慌てて
その直後、アルヴァールの口からは静かな声が零れた。
『「爆ぜろ――
激しい火の魔法が、共に強い力を持ちぶつかる。
そこにある、全てを吹き飛ばす勢いで大きな爆発が瞬間的に起こされれば、周囲の岩々が変形してしまうほどの威力で辺りが吹き飛ばされる。
「――っ!? 熱っ!!」
もはや、障壁を張っていてもその熱風はカイを苦しめる事となった。
爆心地と言っても過言ではない距離に立っていた影響もあり、その熱気は障壁の中にいたカイの肺を熱気で火傷させるほどの威力を持っているようだった。
慌てて呼吸を止めて、肺が焼けないように備えたカイは、砂塵と共に見えなくなった視界の中で、必死に相手の気配を探った。
すると、足元に転がっていた石が、わずかな音を立てる。
「――っ!」
その瞬間、カイは慌てて後方を振り返りその一撃を辛うじて避けていた。
切っ先が、しゃがみ込んだカイの上空をすれすれで掠っていく。そうやら、彼の背後にはいつの間にか、アルヴァールが回り込んでいたようだった。
「ほう、それを避けるのか」
感心したような声と共に、相手はカイが体勢を整える前に素早い動きで、横に薙ぎ払った槍を振り下ろしてくる。
それを目視で追いかけていたカイは、必死で呼吸を止めながら間合いを取ろうと体を動かす。
だが、目の前の男は、まるで周囲の熱気をもろともせずに、人間離れした動きを見せていた。
「っ!」
振り下ろされた槍が、カイの足元スレスレを突きさし、地面を抉る。
咄嗟に身を捩り、横に飛びのいて相手からの距離を取ったカイは、地面の上を転がりながら、立ち上がり、酸素を求めて息を吸い込んだ。
「ごほっ、ごほっ!!」
肺がチリチリと焼ける気配と、一気に周囲の酸素を消費した影響で空気の層が薄い事に気が付いたカイは、口元を手で覆い声を漏らした。
「何で、アンタは平気なんだよ」
「その程度で根を上げる弱者と俺を一緒にするな」
同じ人間のはずなのに、何が違うというのか。
カイが相手の動きに、戸惑いを浮かべていると、そこに黒猫が割って入るように飛び込んでくる。
『――小僧、下がれ!』
「ちっ! 煩わしい猫が!」
『俺は猫ではない!』
アルヴァールが舌打ちを零すと、もはや何度聞いたか分からない台詞をリプカは口にして、
その隙を見たカイは、まずは酸素があるエリアに移動すべく、岩の影を利用して後方に向かい走った。
すると、何処かに身を潜めているイリーナの聖魔法により、痛みを放っていた体がふっと光に包まれて、軽くなる。
「……これは!」
作戦通り何処かから、カイたちの様子を隠れて窺っているらしい。
そのお陰で呼吸を整える事が出来たカイは、リプカと交戦しているアルヴァールの隙を探るべく、息を殺し岩陰に身を顰めた。
その近くでは、再び炎が激しくぶつかる音が聞こえる。お互いに一歩も退かない、激しい戦いが繰り広げられているようだった。
気配を殺し、その時を待っているとチャンスは静かに訪れる。
(――いまだ!)
黒猫に気を取られ、アルヴァールの背後に隙が生まれたのを見て、カイは一気に走りこんだ。
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