22 決戦前夜

 王冠の魔術師がその場から姿を消した事で、カイとリプカは仲間たちの元へと急いでいた。

 結局、雷獣を操る精神汚染の魔法を阻止する目的を果たせなかったことで、その暴走を止める事が出来ないと分かったからだ。

 今はとにかく、被害が出る前にあの獣を鎮圧する必要があった。

 王冠の魔術師から聞かされた新たな情報について、色々と思う事はあったものの、今は目の前の事を片付けるべく、カイは森の中を走っていた。


 視界が開けた場所に飛び出したカイは、仲間たちの状況を把握しようと声を上げる。


「皆、そっちは……どうなって……え?」


 そうして、焦りの表情を浮かべたカイがそこに目にしたのは、地面に横たわる獣の姿と、勇ましくもそこに立つ少女の背中だった。

 周囲には、スレイとカノンの姿もあり、二人は驚いたように固まっていた。


『一体、何が起きている?』


 リプカが怪訝な表情を浮かべて首を傾げると、ハッとしたように振り返った少女がカイに詰める形で近づいてくる。


「――王冠の魔術師は、姉はどうなりましたか!?」

「お、落ち着いてくれイリーナ。彼女には逃げられた……ごめん」

「……そう、ですか……姉は何か言っていましたか?」

「そのことについては、また後で話すよ……それより、決着はついたのか?」


 カイが冷静に状況を尋ねようとすれば、イリーナはハッとした様子でカイから離れると、いつもの様子で頷く。


「はい、無事に何とか倒す事が出来ました」

「そうか」


 頷いた少女に、カイが視線を後方に向けると、何故かスレイは微妙な表情を浮かべて雷獣の息を確認している姿が見えた。

 どうにも、二人の表情が複雑な色を宿している事から、カイは気になりイリーナに尋ねてみる。


「何かあったのか?」

「いえ、何も。お二人のお陰で無事に倒せました」

「そっか……」


 その距離から様子を見ても、雷獣に外傷があるように見えない。だが、イリーナがそう言うのだから、そこに居る誰かが魔法を使ったのかもしれないと、カイは思う事にする。


 その奥では、状況を確認するためにリプカがスレイの元に歩み寄る姿が見えていたが、会話の内容までは届かない。

 珍しく、黒猫と小声で話し込んでいる姿を目にしたが、リプカとスレイは互いに話を終えると、なぜかイリーナの方を見ると、視線を逸らし何事も無かったかのように、雷獣の方へと向かっていく。

 どうにも彼らの様子がおかしい。


「……? 二人とも、どうしたんだ?」


何かあったのだろうかと、カイが話を聞きに行こうとすれば、それを遮るように立ちはだかった少女は、妙に圧を感じる笑みを浮かべてカイを見つめていた。


「どうかされたんですか?」

「……いや、何でもない」


そんなイリーナの姿に、カイはそれ以上の追及を止めて、話題を変える事にする。


「……皆、怪我とかしてないだろうか?」

「それは大丈夫だと思います」

「そうか」


 何故かそれ以上、雷獣に近づく事を阻まれている気がして、カイは頬を掻いて視線を彷徨わせた。

 すると、そこに周囲の安否確認を終えたスレイがリプカと共に戻ってくる。


「お疲れ、犯人の方はどうなった?」

「こっちの方は逃げられた、ごめん」

「まぁ、しょうがないか。獣の後片付けは、騎士団のメンバーに任せて、俺たちは王様に報告を上げてくるよ」

「分かった、じゃあそっちは任せる」


 どうやら、カノンは雷獣を片付ける為にこの森に残るらしい。そして、スレイとリプカは、犯人を取り逃がした件を王に伝える為に、一度王都に戻る事に決めたらしい。

 そうなると、カイとイリーナはやる事がなくなってしまった事になる。

 スレイがさっさとその場を後にした事で、取り残された二人は顔を見合わせて。


「じゃあ、俺たちはさっきの件を共有しようか」

「分かりました、よろしくお願いします」


 そう話をするのだった。





 場所は変わって、城内の一室に戻ってきた二人は、互いに椅子に座っていた。

 カイは先ほどまでの記憶を辿りながら、何処から話を付けるべきか考えるように瞳を伏せる。


「まず、王様を襲ったのは王冠の魔術師で間違いなさそうだった」

「……そう、ですか」


 カイのはっきりとした言葉を受けて、イリーナの表情は見る見るうちに曇ってしまう。

 そこにある青い瞳は、衝撃的な事実に震えているのが分かった。


「そして彼女は間違いなく、君のお姉さんで間違いない……ちゃんと顔も見た。イリーナと瓜二つの顔立ちだったよ」

「……そうだと思います」


 イリーナはその言葉を受けて、力なく笑みを浮かべるとゆっくりと顔を上げてカイを見つめた。


「姉の目的は、何か分かりませんか?」

「……彼女は、ロキと名乗る組織に属しているらしい……そして、彼女は自ら世界の終わりを望んでいると語っていたよ」

「っ!」


 イリーナからすると、それはあまりにもショックな出来事だろう。

 心のどこかで、王冠の魔術師を語った偽物が、姉のふりをして悪さをしていると期待していたからかもしれない。

 世界の終わりを望んでいると告げられた事で、彼女は言葉を失い、口を閉ざしてしまったようだった。

 その様子を見つめながら、カイは深刻な表情のまま言葉を続けた。


「残念ながら、その理由までは教えて貰えなかった。ただ、俺たちは彼女が名乗ったロキの目的を阻止するために動かなければいけない……だから、今後も彼女とは恐らく戦う事になる」

「……」

「俺が君に伝えられることは、それくらいだ……ごめん」

「いえ、カイさんが謝る事ではありません……教えてくださり、有難うございます」


 イリーナはそう口にすると、腰かけていた椅子から立ち上がり微笑んだ。


「姉の事は気になりますが、今は明日の事が優先です。私はこのまま部屋でゆっくりします。明日は宜しくお願いします」

「あ、あぁ……」

「それじゃ、失礼します」


 ひたすらに淡々と言葉を口にした彼女は、それから何事も無かったかのように、その部屋を出て行ってしまう。

 部屋に一人残されたカイは、小さくため息を漏らし今は明日の事に集中しようと、思考を無理矢理切り替えるのだった。





 報告を終わらせたスレイが、カイの前に現れたのは、正午を過ぎた後の事だった。


 イリーナに、王冠の魔術師の件を話し終えたカイは、暫く部屋で体を休めていた。その間に、リプカは戻ってきたようだったが、特に何も言うことは無く、共にその時刻になるまで横になって過ごしていたのだった。


 さすがに、一日中眠っているわけにもいかず、気分転換に部屋の外を歩いていた時に、偶然スレイと遭遇したのである。


「今朝のこと、黒猫から聞かされたよ」

「そうか」

「明日の事もあるっていうのに、大変だね」


 肩をすくめて笑ったスレイは、普段通りの表情を浮かべているようだった。

 明日は、いよいよ偽物の王との戦いが待っているというのに、随分と落ち着いているように見える。

 カイは、城の外が良く見える場所で窓から視線を外に向けるなり、小さく息を吐いていた。


「全くだ。そういうスレイは、明日に控えて何をしてたんだ?」

「特に何も。無理に体を動かしても疲れるだけだし、かといってずっと寝とくのも嫌だから散歩中」

「なるほどね」

「そういう相棒は?」

「俺も似たような感じだ」


 カイの答えを耳にした直後、スレイも同じように窓の外へと視線を走らせていた。

 そこから見える景色は、落ち着いた色合いの屋根と、白を基調とした街並みが広がっており、美しい。

 そんな光景を眺めながら、カイはふと今朝の出来事を思い出しスレイに尋ねていた。


「そういえば、今朝の雷獣はスレイが倒したのか?」

「……あぁ、そのことか。誰が倒したかと言われると、正直答えにくいかな」


 カイの質問に、一瞬動きを止めたスレイだったが、彼はいつものように表情を取り繕って笑っていた。

 そのことにカイは怪訝そうに眉を寄せると、質問を重ねていく。


「答えにくい?」

「まぁ、無事に無傷で倒せたんだから、それで良いだろう。世の中には知らない事が幸せな事だってあるんだし」

「何だよ、その言い方……逆に気になるだろ」

「あはは、さては相棒って怖いもの見たさで自滅するタイプだな」

「どういう表現だよ」


 言葉を濁すスレイに、カイが首を傾げていると、青年はからからと笑ってカイの肩を叩く。


「そんなことより、今は明日の事が優先だろ。前衛は任せたぞ、相棒」

「痛っ……分かってるよ」


 明日、いよいよあの偽物の王との対決が待っている。

 話を切り替える為に、明日の件を持ち出された気もしなくないが、集中しなければならない事も事実だった。


「今日の夜、ここを発つそうだ。準備はしっかりしておけよ」

「あぁ……スレイこそ、イリーナの事頼んだぞ」

「任せな、こう見えても俺優秀だから」


 ニコッと笑ってその場を立ち去るその姿に、カイは苦笑を漏らしつつも伸びをして手のひらを強く握りしめると。


「よし」


 カイは覚悟を決めたように、自室に向かって歩き出すのだった。

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