18 それぞれの目的

 青の王都アイオライトにある城は、シンプルな内装で造られている。カイがこれまで見てきた城の中で、一番特徴が見られないと言っても過言ではない造りの中を、二人は肩を並べながら歩いていた。


 窓の外は少しずつ日が傾き始めた様子で、すっかり黄昏色に染まっていた。


「そういえば……カイさんは何も聞かないんですね」

「え? 何をだ?」

「私が旅をする理由についてです」


 窓の外に視線を走らせていたカイは、その言葉に驚いたように目を丸くしていた。

 綺麗な顔立ちの少女は、そこに若干の陰りを宿しながら続ける。


「リプカさんも、スレイさんも、不思議な方たちです……普通は気になると思うのに、皆さん優しいです」

「リプカはどうか知らないけど、スレイに至っては格好つけてるだけだと思うぞ」


 スレイの性格をよく理解していたカイは、彼を優しいと表現したイリーナに訂正を入れながら苦笑を漏らす。

 あの男がその件を尋ねないのは、単にイリーナによく見られたいだけなのだと、カイは思ったからだ。


「そう、なんですか?」

「そうそう」


 どうせあの男がその理由を聞いたところで、決め顔で鬱陶しい絡みをしてくるだけだと、カイは想像する。それだけでげんなりしてしまう自分がいた。


「……仲良いんですね」

「今の会話で、何でそう思ったんだ?」


 不意にクスクスと笑われて、カイは複雑そうな表情でイリーナへと視線を落とす。

 そこにある少女の横顔は、どこか決心がついた雰囲気が宿っていた。


「私の旅の目的は、人を探しているんです。あの時耳にしたかもしれませんが、私は“王冠の魔術師”と呼ばれる人物を探しています」

「王冠の魔術師……」

「はい。カイさんはご存じありますか?」

「いや、正直全く聞き覚えが無い」


 この世界の事情について疎いカイには、全く聞き覚えが無い言葉だ。

 とんでもない魔術師なのかもしれない、とだけカイには分かる。


「王冠の魔術師は、この世界に一握りしか存在しないと言われている凄腕の魔術師の事を現すんです。七つの国を象徴する王冠からその称号は来ています」

「あぁ、なるほど」


 各国の王都が、宝石にちなんだ名前である事をリプカから聞いたカイは、その説明に納得の声を漏らす。


「この世界で、今そう呼ばれる魔術師は一人しか居ません」

「そうなのか」


 それは凄く貴重な魔術師という事になる。

 その人物とイリーナが、一体どんなかかわりがあるのだろう。カイが言葉に耳を傾けていると、イリーナは答える。


「――その人物の名前は、フローラ・セイクリッド……私の双子の姉なんです」

「……え?」

「私は、三年前に失踪した姉を探して旅をしているんです」


 改めて、イリーナの旅の目的を聞かされたカイは、驚いたように固まって目を見開いていた。

 

「カイさんが、あの時拾ってくれた髪飾りは、私が姉とお揃いで買った凄く大切な物だったんです」


 その言葉に、カイは漸く合致がいった様子で納得する。

 

「私は各国で自作の薬を売りながら旅の資金を稼いで、王冠の魔術師の目撃情報を探して旅をしていました。どうして姉が突然いなくなったのか、その理由が知りたくて……けど、行く先々で聞く王冠の魔術師の噂は、いつも悪いものばかりが目立っていて、今回も青の王国エスイアでの目撃情報を得たので旅に同行させてもらいました」

「そうだったのか」

「すみません。本当はあの時に説明をするべきだったのに……肉親だと思われたら、あまり良くない反応をされる方も居て……」


 魔術師が一体、どれだけの被害を周囲に与えているのか知らないが、イリーナが口を噤むほどなのだから、相当なのだろう。


「まぁ、俺は所詮よそ者だし。その魔術師が他で何をしているのか俺は知らないから、それでイリーナの事を悪く思ったりしないから安心してくれ」


 イリーナが旅の目的をあの時に語らなかった理由を聞かされ、カイは納得したようにそう声をかけた。

 しかし、彼女の表情は一行に暗いまま、カイの隣を進んでいく。


「それなら、やはり説明をした方が良い気がします……姉は、魔物を使役して各地に甚大な被害を出したりしているんです」

「魔物を使役?」

「姉は色々な魔法を操る事が出来て……恐らくそれは洗脳系の魔法なんだと思います。昔から優秀な人だったので。姉はその力を使い人々を苦しませる事を選んでいるんです。理由は分かりません、だから姉を探しているんです」


 お揃いの物を揃えるくらいと言うのだから、相当仲が良かったのだろう。

 彼女の苦労をカイには全て理解することは出来ない。

 今のカイに言えることは、ただ一つだけだった。


「なるほどな……じゃあ、暫く一緒に旅できそうなんだな」

「え?」

「どうせ俺も色んな国を回ってみるつもりだし、もしかしたら行く先々で何か良い情報が得られるかもしれないし。ネレイデスさんが調査から帰ってきたら、次はその場所を目指しても良いかもな」


 まさかそんな反応が返ってくるとは思わなかったのだろう。

 イリーナは不意を突かれた表情を浮かべ固まっていた。

 

「良いんですか、私がこれからも同行して」

「そりゃあもちろん。寧ろ、俺たちの方が相当面倒な事に巻き込む可能性があるけど、それでイリーナが良いなら、一緒に行ってもらえると俺も助かるし」


 彼女がその説明を口にしたのは、同行していたらカイ達に迷惑をかける可能性があると考えたからかもしれない。

 だが、カイからすれば同じことだろう。寧ろ世界を危機に晒している自分たちの追う敵の存在の方が厄介な気がした。


 イリーナはカイの言葉を受けて心底安堵したように。


「……有難うございます、カイさん」


 そう口にして微笑むのだった。





 イリーナを部屋まで送り届けたカイは、城の一室でぼんやりと窓の外を眺めていた。

 リプカより一足先に部屋に戻っていたカイは、扉の奥から器用に黒猫が扉を開いて入って来たのを見て声をかける。


「あ、お帰り」

『先に戻っていたのか。そのような場所で外を眺めて何をしている?』

「ちょっと考え事をしてたんだよ。気が付いたらこんな事に巻き込まれてたからな」

『なるほど』


 カイの苦笑混じりの言葉を受けて、リプカは凡そ何を考えていたのかを理解した様子で言葉を漏らす。

 あれから黒猫は青の騎士たちと長い間、模擬戦を行っていたようだが、結局黒猫は一度も攻撃を受けることなく帰って来たらしい。

 相変わらず規格外の猫である。


『何をじろじろと見ている』

「いや、あれだけの数の兵を相手にして無傷なんだなと思って」

『俺を何だと思っている。あの程度の兵、寝ていても相手にできる』

「さすが、アルヴァール王」

『貴様、馬鹿にしているのか』

「まさか……頼もしいと思って」


 カイが珍しくリプカの本来の名前を口にすれば、黒猫は不機嫌そうに眉を顰め傍までやってくる。


『――一つ、お前に言っておかねばならんことがある』

「何だ? 急に」


 そこにある深紅の瞳が、いつに増して真剣みを帯びていたものだからカイが首を傾げれば、猫はゆっくりと口を動かしていた。


『あの偽物との戦いにおいて、奴は必ずあの場で止めなければならん』

「それは知ってる」


 きっと、あのまま彼に青の王国エスイアを墜とさせてしまえば、次はその周辺が犠牲になるからだ。

 そうなってしまえば、誰もあの王を止められなくなる。

 この戦いがいかに重要なものであり、いかに大切な役割を任されたのかカイは十分に理解していた。

 そして黒猫は、先ほどから変わらぬ口調で続けていく。


『もし、俺たちでも足止めが効かないと分かった場合、奴を殺すつもりでいけ』


 つまりそれは、本来の姿を失っても良い覚悟という事だろうか。


『いくらアレが偽物とはいえ、俺の器だ。俺の強さは、俺が一番よく理解している』


 普段から自身満々のリプカを知っているからこそ、その言葉はあまりにも衝撃的だった。

 四人がかりで束になったとしても、勝率がこちらに傾いていると確信が持てないという事なのだろう。


「けど、そんなことをしたらお前は……」

『今、優先すべきことは、アレを必ず止める事だ。何を引き換えにしてもな』


 その言葉は、国を背負うからこその覚悟だったのかもしれない。リプカは自分がこんな小さな姿になっても、国の為に、自分の使命の為に動き続けていたようだ。

 カイは、彼の覚悟をまだちゃんと理解出来ていなかったと自覚する。

 

『無論、俺も俺の体を取り戻すつもりだ。その可能性は最後の手段でしかない。だが、貴様が先に倒れれば計画は全て無駄になる事を忘れるなよ』

「……ここにきて一般人の俺に、そんなプレッシャーかけるか、普通?」


 カイはリプカの言葉を耳にして苦笑を浮かべると、改めて自分の役割を重く受け止める事となる。


『貴様、まだそんなことを言っているのか』

「当たり前だ、俺は鍵開け職人として世界を旅する事を諦めてないんだ」

『阿呆だな』

「うぐ……」


 別に、希望を持っても良いだろうとカイは思う。リプカの容赦のない言葉に、カイは何も言い返すことが出来ない。

 それほど、自身の役割から代役を探させるという事は難しいのだ。


『そのような、生半可な覚悟では死ぬぞ』

「……死にたくないから、戦うんだよ」


 カイだって死ぬつもりはない。いくら絶望的な状況だろうが、やると決めたなら精一杯生きる為に足掻くだけ。

 彼の言葉を受けて、リプカはため息を漏らすとそれ以上は何も言わなくなってしまう。

 ただ、黒猫は呆れたように。


『やはりお前は阿呆だな』


 と呟くのだった。



***



『――まさか、二人であの王と戦う事を決めちゃうなんて、アルヴァールも随分無茶な作戦を立てるものだ。キミもそう思うだろう、カイ?』


 その夜、カイは夢を見ていた。

 正確には、夢の中で久々にその人物を見ていたと言った方が正しい。


 まるで他人事のように、そんな言葉を吐き捨てた相手に、カイは呆れながらに物を申していた。

 

『……そう思うのであれば、せめて一般人の俺より優れた誰かを探して貰えませんか?』


 彼の視界の先に立っていた人物、それは美しい顔立ちの少女――セリカであった。

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