17 それぞれの準備

「いやぁ、派手にやってたねぇ」

「見てたのなら、助けろよ」

「ははっ、丸焦げなんて御免だからね」


 そこには、地面に横たわるカイと、そんな彼の顔を覗き込んでいるスレイの姿がある。

 ここは彼らが体を動かすために訪れていた、青の騎士団が使用する演習場だ。あれからカイはリプカにしっかりと鍛えられ、ほぼガス欠寸前まで魔力を酷使させられたようだった。

 力尽きて体を休めていたカイの額には汗がにじんでおり、彼がいかに動き回ったかを物語っている。


 演習場のどこかで、そんな彼らの攻防戦を眺めていたスレイは、苦笑と共に側に腰を落とした。

 どうやらわざわざ会話をするために、ここに来たらしい。


 イリーナは、他の騎士に連れられて別の場所に居るのか、入口で分かれたきり、姿を見ていない。

 リプカは、他の騎士も鍛えてくれとカノンに言われた様子で、彼の部下たちと今は模擬戦中である。視界の遠くでは、火柱が景気よく上がっている光景が見えるが、そこに居るカイはそれを見る余裕すらも無い様子だった。


「ちょうど良い武器、借りれたのか?」

「あぁ、そうだね」


 その言葉に頷いたスレイは、視界の向こうで模擬戦を行っている騎士たちを、ぼんやりと眺めているようだった。


「なら、お前も他の人たちに、手合わせして貰ったらどうなんだ?」

「俺の相手を他の奴らに? 冗談だろ。あの黒猫ならまだしも」

「やっぱり、強いんだな」

「まぁね」


 カイの言葉に肩をすくめたスレイは、その言葉を否定することなく肯定する。

 何となくカイにも、彼の実力は把握済みなので、特に驚いた様子はない。


「――それより、相棒の方こそ随分成長したみたいだね」

「は?」

「魔力操作もそうだし、体力においても……俺と戦った時なんて、リプカに守られてたのに、懐かしいな」


 他人から見ると、自分の成長はそんな風に分かりやすいのだろうかと、カイは驚く。

 確かに最近は、少しずつ風魔法で扱える技が増えてきたことに自覚があったが、まさか目に見えてそんな風に褒められるとは思わず、カイは黙り込む。


 相手が急に口を閉ざしたものだから、スレイは隣へと視線を落として首を傾げた。


「なに? 俺、変な事言った?」

「いや、俺ってそんな風に見えるんだなと思って」

「そりゃ、一度殺しあってるからね」

「それもそうか」


 あの森で初めてスレイと刃を交えて、カイはそこから長い間色々なことを経験した。

 目まぐるしく時間が経っていたせいであまり自覚は無かったが、考えると最初この世界に来てから随分と時が経っている気がする。

 満身創痍の体を何とか起こして腰かけたカイは、視界の遠くに爆発で吹き飛ばされている騎士たちを目にして、顔を顰める。


「まぁ、俺の魔法の先生はアレだしな」

「あはは、景気よく何回吹き飛ばされたんだ?」

「いちいち数えていると思うか?」

「そりゃそうだ」


 スレイは軽く笑ってから、真剣な様子で言葉を口にしていた。


「朱の王は強い。それはきみも分かってるだろ」

「当たり前だ、中身が偽物だとしても、あの人は強い」


 一度対面したからこそ分かる。カイはあの時、玉座に座るあの王に対して、委縮してしまっていた。

 それはあの瞬間「彼と戦ったところで、絶対に勝てない」と理解したからだ。


「そりゃよかった、実力を知るのは戦いにおいて大事だからね」

「そんなことを言いに来たのか?」

「まさか。俺はイリーナちゃんを護衛するので手一杯だから、あまり期待はするなって言いに来たのさ」

「それで十分だよ……俺も自分の命を守るので必死だと思うから」

「……きみ、本当に自分が生き残れると思ってるのか?」

「まぁ、正直死ぬ確率の方が高いと思ってる」


 スレイはどうやらそれを聞きに、カイの元を訪れたらしい。

 カイにだって、彼との戦いがあまりにも無茶であることは十分理解出来ている。その言葉をすんなりと呑み込んだカイに、スレイは呆れた声を漏らす。


「何でそこまでして黒猫に付き合う? きみは、異邦人なんだろ」

「まぁ、そうだけど……」

「さてはリプカに弱みでも握られてるとか?」

「あはは、それはない」


 怪訝そうに尋ねてきたスレイに、カイは笑って首を振る。

 そんなカイの様子は、スレイにはよく分からないと言いたげだった。


「まぁ、乗り掛かった舟だし……それに、あの王をそのままにしてはおけないからかな」

「何故?」

「何となく、あの中に居るのはな気がしてて……だからかな」

「良くないもの、ね」


 カイ自身、その感覚をどう口で表現すれば良いか分からない。勘だと言ってしまえばそれまでだが、朱の王をあのままにしてはおけないと思ったのだ。


「勝算はあるのか?」

「さぁ、正直勝てるイメージが全然わかないけど、リプカもいるし何とかなるかなって」

「同じ異邦人でも、きみは随分と聖騎士とは違うんだな」

「スレイはルクスに会った事があるのか?」


 何気なく呟かれたスレイの言葉に、カイは顔を上げてそれを尋ねた。


「遠目からしか見てないけどね。まさに画に描いたような感じの人物だね」

「そうだな、アイツは実際凄い奴だよ。俺とは真逆だ」


 それは自分を悲観しているわけではない。本当に自分とは真逆だと思っているだけなのだ。


 カイはそれを良く分かっている、自分1人の力がちっぽけである事を。


「だからこそ、俺には俺にしか出来ない方法で、前に進むしかないんだよ」

「へぇ?」


 それは、誰かの力を借りて一歩ずつ前に進む事を意味していたのだろう。

 以前、カイが守護天使である彼女にも口にしたように。どれだけの力を持っていようとも、カイは人であろうとすることをやめない。

 助けて貰える時は、全力で力を貸してもらうと決めているのだ。


「だから、イリーナの事頼んだぞ」


 だから今回も、こうして誰かと共に戦いに挑むのだ。


 信頼した者に向ける言葉を受けて、スレイは小さく笑みを漏らす。


「……まぁ、可愛い子に傷をつけたなんてあったら、我が王に顔向けできないからね」

「ははっ」


 カイの言葉を受けて、スレイはゆっくりと立ち上がると伸びをする。どうやら、彼はその会話で満足したらしい。

 彼は一体何を確認しに来たのだろう。


「じゃ、せいぜい派手に暴れますか」

「そうだな」

「これが終わったら、飯奢りな」

「分かったよ」

「約束だぞ」

「まぁ、死ぬつもりないからな」


 カイがはっきりと口にしたことで、スレイは満足そうにその場から立ち去る。

 そこから見える外の景色は、眩しい晴天が広がっているようだった。





「あ、イリーナ」

「カイさん! 演習はもう良いのですか?」

「あぁ、リプカにこっぴどくやられてきた」

「そうなんですね」


 演習場を後にしたカイは、城の一角でイリーナを見つけ声をかける。

 少女の手には、何やら大きな袋が下げてあるようだった。


「あ、見てください! これ、リプカさんに言われた通り、たくさん回復薬を作ったんです! だから、傷の手当は私に任せてください!」


 そう言って少女が見せてきた袋の中には、大量の小瓶が詰めてある。

 中身はどれも同じ、薄桃色の液体が詰めてあるようだが、凄まじい量がそこには存在するのが見えた。

 数も多いが、それだけの量を下げていればかなりの重量なのでは、とも思ってしまう。


「凄い数だな」

「はい、騎士団の方が色々と提供してくださったおかげで、沢山薬を作る事が出来ました」

「この量を一人で使うのか……」

「あ、いえ。これはスレイさんの分も含めての量です。少し前に、自分の分も欲しいと言われたので、予定より多めに作りました」


 演習場で分かれたきり、彼女の姿を見なかったのには、そういった理由があったらしい。

 いつの間にスレイは、イリーナに話を付けに行ったのだろう。

 もしかしたら、騎士団が使う演習場の側に、回復薬を作成する部屋があったのかもしれない。

 イリーナの口からスレイの名前が出たことで、カイは意外そうな反応を示す。

 

「スレイが?」

「はい。なんでもいざって時に自分も動けるようにだとか……」


 その説明を口にしたイリーナ自身も、スレイの目的は理解していないようだった。だが、それはカイも同じである。二人の共通としてある認識は、彼にも何か考えがあるのだろうということだ。

 彼が必要と思ったのなら、きっと必要になるときが来る可能性があるのかもしれない。


「……改めて考えると凄いんだな」

「はい。こんなに沢山の薬が調合できる施設がある青の王都アイオライトもそうですし、戦争って言われて即座に考え抜けるスレイさんも凄いです」


 カイの関心の声を、そう受け取ったイリーナはそこに笑顔を浮かべて頷く。

 しかし、カイはそれだけは無いのだと、言葉を続けた。


「それもそうだけど……イリーナも凄いじゃないか」

「……え?」

「だって普通、回復薬なんてこんなに沢山作れないだろ?」


 カイが何気なく口にした言葉を受けて、イリーナは少し照れた様子で口元を緩ませる。


「そう、でしょうか?」

「そうだよ。あの森でくれた回復薬ポーションのお陰でスレイも元気になったし。イリーナは本当に凄いよな」


 改めて考えると凄い事だと、カイが称賛を口にすれば、イリーナはぎこちなく礼を口にする。


「有難う、ございます……」


 その様子は、きっと褒められる事に慣れていないのかもしれない。

 手に下げる袋を強く握りしめながら、イリーナはそれ以上の反応をどう返せばよいか迷っている雰囲気で視線を彷徨わせていた。


 そして、カイは言葉を会話を続けていく。

 

「それから、色々と大変な事に巻き込んでごめんな」

「――いえ! 私も目的があったので、ご一緒できて良かったです……それに、カイさんには助けて貰ったお礼がありますので」

「その見返りがこれだと、あまりにも釣り合わなくないか?」

「そんなことありません! あの髪飾りだって、本当にカイさんには感謝しても、しきれないくらいなんですから!」


 彼女が自らそう口にしてくれるなら、こちらとしても気持ちは楽だが、カイはほんの少し申し訳ないなと思いつつも、お礼を返す。


「そっか、有難うな」

「私のセリフです……本当に、もう駄目だと思っていたんです。髪飾りの時も、あの時も……」


 ふと、瞳を伏せて呟いた少女は、過去を懐かしむような表情を浮かべていた。


「イリーナ……」

「それに……カイさんと一緒だと、不思議と怖くないんです」

「俺と一緒だと? リプカやスレイの方が強いのに?」


 イリーナの言葉に、カイは考える素振りを見せる。

 その様子を見たイリーナは、小さく笑って答えた。


「カイさんも十分強いじゃないですか」

「……俺はまだまだだけどな、でも、そう言ってもらえてよかった。お互いに頑張ろうな」

「はい! 後方支援は任せてください。だから、絶対に生きて帰りましょうね」

「当然」

 

 イリーナの含みがある言葉に、カイは呆気らかんと笑って見せる。

 ここで彼女を不安にさせる事は言えないからだろう。

 その様子に、イリーナは安心したように笑って、その場を後にしようと口を開く。


「それじゃ、私はこの荷物を運ばないといけないので」

「え? あぁ、じゃあ俺が持つよ」

「……良いんですか? けど、疲れていませんか?」

「大丈夫だよ。さすがにこんな大量の荷物を、運ばせて休んでられないって」


 そう口にしたカイは、何気ない仕草でイリーナが手にしていた袋を受け取ると、来た道を引き返すように体の向きを変える。

 それは、カイが来た道と逆方向に彼女が歩いていたためだ。

 その様子に、素直に甘えることにしたイリーナは、行先を教えてくれる。


「じゃあ、よろしくお願いします。私の借りている部屋に運びたいのですが」

「分かった、道案内頼んだ」

「はい」


 カイはイリーナの言葉を受けて、廊下の先へと視線を動かす。

 そんな彼の横顔を見上げながら、イリーナはどこか嬉しそうに口元を緩めるのだった。

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