16 作戦会議

 今から二日後、彼らは朱の軍勢との全面戦争へと向かう事になる。

 カイ達の姿は現在、王から与えられた一室に二人を集めて会議を開いていた。


「まず、俺たちはリプカのせいで、今から二日後に朱の王と対戦する事になりました」


 わざとらしいカイの言い方に、近くに居た猫は眉をピクリと動かしてカイを睨む。しかし、その射殺すような視線にも一切動じた様子がないカイは、淡々とした口調で、こうなった経緯を語り始めた。


「青の王は、俺たちに朱の王との戦いを任せると言ってしまったので、それはもう変わりません」

『おい、小僧。いい加減にその喋り方をやめろ』

「……だって、そうだろ!? お前が勝手に話を決めたせいで、結局この二人まで巻き込む羽目になったじゃないか! 責任とれよ」

『無論、俺が責任は取る。俺が言いたいのは、やる前から何を諦めているという事だ』

「じゃあ、お前はあの人と対峙して勝てる確率が1%でもあるのか!?」

『無論ある、だからこその戦だ。誰が負け戦などするか』


 黒猫とカイがお互いに取っ組み合いを行いながら騒いでいる様子を、スレイは呆れた様子で眺めていた。その近くに腰かけていたイリーナは、二人のやり取りを見ながら、どう反応したらよいものか、少し困っているようにも見える。

 今から二日後、戦場に立つというのに随分と気の抜けたやり取りだと、スレイはため息を零す。


「はいはい、二人とも、状況は分かったから、とにかく話を進めてくれないか」


 普段は飄々とした態度で、カイをおちょくって遊んでいるスレイだが、戦争を控えているという事もあり、珍しくその表情には真剣さが宿っていた。

 スレイに指摘をされて、さすがに二人も冷静さを取り戻したのか、不満を露わにしていたカイが近くのベッドに腰を落とした事で、リプカが説明を始める。


『……まず、先も話にあったが、朱の王の足止めは俺たち四人で行う事となった。理由は、被害を最低限に抑えるためだ』

「……私も、ですか?」

『言ったはずだ、お前には回復役ヒーラーとしての役割を担ってほしいと……まぁ、相手はこの俺の体を使った偽物だ、腰が引けるのも分かる。だが、まずは話を聞け』

「……分かりました」


 共に旅に加わったばかりのイリーナにおいては、まだまともに連携を組んだことも無い相手なのだ。

 少女が表情を曇らせるのも分かる。

 だが、リプカには何か考えがあるようで、冷静に話を進めていく。


『青の兵たちがどれほどの実力かは正直知らん、だが、俺の予想では此方には援軍は望めないと考えて良い。なんせ、俺が鍛えた兵たちだからな……だが、その代わり此方の数が少ない事には当然メリットがある、それは死人が出にくいという事だ。故に俺たちは四人で奴との戦いに挑む……この戦の目的は、俺の体を取り戻すこと、それ一択だ』

「まぁ、そうなるだろうね」


 リプカの言葉に、スレイは最初から理解していた様子で小さく笑みを漏らした。

 彼は部屋に用意されていた椅子に腰かけながら、足を組んでその話に耳を傾けている様子だ。こういったやり取りを、彼は何度も経験しているのだろう。そこに浮かぶ表情には、ただ冷静さだけが浮かんで見えた。


「で、どうやって彼女を守りながら戦うって言うんだ? 彼女を戦いに加えたのには、何か大きな役割があってのことなんだろ? だが、あの王の前では格好の餌食だ」

「っ!」


 スレイの的を射た言葉に、イリーナは息を呑んだ様子だった。それもそうだろう、この中で今一番標的にされるとするなら、防衛力が低そうなイリーナとなるだろう。


『イリーナには、後方での支援に徹してもらうつもりだ。前線では俺とこの小僧で対応する。そしてスレイ、お前にはイリーナの護衛と、後方からの援護攻撃を頼みたい』

「……ってことは、俺とリプカであの王様の相手をするのか!? たった二人で?」


 驚いたように声を上げたのは、カイだった。その作戦は予想外だったのだろう。ただでさえ戦力が少ない状況で、さらに戦力を分散する事に驚いているらしい。

 しかし、それには当然メリットがある。


『そうだ。貴様には幸い風魔法がある。魔力さえ尽きなければ、死ぬことはほぼない。それに貴様には俺の体の解放と言う一番重要な役割がある。少し無茶をしてでも、奴との戦いに挑んでもらわねばならない、故に、イリーナの回復術が役に立つのだ……お前は、自身で薬を調合する事も出来ると言ったな?』

「は、はい!」

『ならば、魔力を回復する薬をありったけ作って持っていけ。傷の回復は全てお前に任せる。当然、そうなるとお前を一番にあの偽物は叩きに来るだろう、故にスレイお前の出番だ』

「なるほど、つまり無鉄砲に突っ込んできても、死ぬ前に回復してしまえば戦い続けれるってことか……随分と無茶な作戦を考えるもんだ……オーケー俺の役割は理解したよ。隙を見て王の体を狙撃すれば良いんだろ?」

『そうだ』


 つまり、リプカの考えを纏めると、カイとリプカで王の足止めをし、二人が負傷するたびにイリーナの魔法で回復をさせるという作戦らしい。

 その為にスレイはイリーナの護衛をする必要があるとの意見だった。

 

すると、話に耳を傾けていたイリーナが、軽く手を挙げて質問を口にする。


「あの、私の役割は理解できました。ただ、どうやって王様の体から“偽物”を追い出すんですか?」

『それは小僧の力があれば可能だ。俺の見立てでは恐らく魔法を展開する事さえできれば可能だろう』

「……そう、なんですね。分かりました、では私は魔力回復薬をたくさん作っておきます」

『頼む』

「じゃ、俺は騎士団の人たちに、遠距離型の武器を借りてこようかな……」

「スレイはそんなものまで扱えるのか?」

「まぁね、俺こう見えても優秀だから」


 イリーナとスレイが作戦を理解した様子で口を開くと、各々目的を理解した様子で立ち上がる。

 作戦決行の日はもうあと少しだ。ゆっくりしている暇はない。

 

『小僧。貴様もこれから訓練へ行くぞ、まだまだ甘い魔法の使用を、徹底的に体に叩き込まねばならん』

「訓練? 訓練ってどこに行くんだ?」

『決まっているだろう、騎士たちの訓練場だ』

「へぇ? 今から体を鍛えに行くんだ? それなら、俺も一緒に行こうかな。何か良さそうな武器が無いか見たいし」

「それなら、私も薬を調合する場所と材料を集めたいので、ご一緒したいです」

『ならば決まりだな』


 また自分の知らないところで予定を組まれていて、カイは何とも言えない表情を浮かべる。

 だが、ここで文句を言っても仕方がないので、彼は黙ってそれに従う事に決めたようだった。





 作戦会議を終えたカイ達の姿は、騎士たちが使用している演習場にあった。

 開けた施設は、城内の一角に存在したようで、周囲が高い塀に囲まれており、上空には青空が一面に広がっている。

 

 訓練に励む騎士たちの中には、同じように体を鍛えているカイの姿があった。


『反応が遅い! それでは俺の足手まといだと何度言えば分かる!』

「――っ!」

『反射で魔法を扱えるようになれと教えたはずだ!』

「って言われても!」

『文句を口にする暇があるなら、口ではなく頭を動かせ!』


 リプカから受ける魔法の訓練は、相変わらずスパルタだった。

 カイが息つく暇もないまま、次から次へと炎の球バーンを出現させ、カイが逃げたり避けたり、魔法で防いだりする度に集中砲火を浴びせている。

 彼の周りだけやたら焦げていたのは、どうやらあの黒猫の影響らしい。


 そんな白熱する二人のやり取りを、休憩と共に体を休めていた騎士たちは、驚いた様子で見守っている。


「っ、くそっ!」


 カイも負けじと、白煙が上がる隙間からリプカに向けて攻撃を仕掛けている様子だった。

 剣を使い襲い掛かってみたり、魔法で動きを封じようと試してみたり。しかし、カイの粗末な動きは、戦い慣れているリプカには簡単に避けられてしまう。


『そんな鈍い動きでは、背後から燃やしてくださいと言っているようなものだ馬鹿者!』


 そんな彼の動きに素早く反応したリプカは、カイの後方ががら空きなのを良い事に、容赦なく魔法を放つ。

 カイは自身の背後から迫ってくる魔法を、咄嗟に風魔法で切り裂いていた。


『「突風ゲイル!!」』


 その攻撃により、火球は真っ二つに分かれたものの、瞬時に魔力を放出して爆発前の光を放つ。


「――なっ!?」

『阿呆め』


 完全にそれは、カイが予想していなかった動きだ。

 これまでリプカが火球のみを扱って攻撃していたものだから、てっきり今回もそうだと錯覚していたのだろう。しかし、今回リプカが使っていたのは、どうやら火属性特有の裏魔法アンヴェールの魔法であったらしい。


 大きな爆発に挟まれる形となったカイは、咄嗟に風魔法でその衝撃を凌いだ。

 周囲に砂塵が巻き上がり、視界が悪くなった事で一同が固唾をのんで見守れば、その奥から静かな声が聞こえる。


「『爆風ブラスト!!』」


 突然の突風と共に、砂塵が散り視界が晴れれば、その奥からは何とか爆発を凌いだカイが姿を現す。


「殺す気か!」


 さすがのカイもそれには肝を冷やしたようで、そんな言葉を口にするなり黒猫へと視線を向ける。すると、黒猫は鼻を鳴らすなり、厳しい声をかけた。


『これが訓練で良かったな。貴様はそれだけ、相手の手数を予想して動かねばならんという事だ』

「じゃあ、最初からどれだけの種類があるか教えろよ!」

『それでは訓練にならんだろう、愚か者!』

「ぐっ……猫の癖に……!」

『俺は猫ではないと言っている!』


 猫と青年が互いに白熱して体を動かしている光景は、周囲の者たちの視線を集めながら暫く行われ続けたのだった。

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