14 青の遺跡と呼ばれる理由

 あれからカイたちの姿は、最奥部近くまで迫っていた。

 道中、何度も侵入者対策の罠にはまりながら、何とか力を合わせて潜り抜けてきた一行は、カイの髪が軽く焦げた事を除けば全員無事と言えただろう。

 その中で唯一の被害を受けたカイを、スレイは何とか励まそうと肩を叩く。


「ふ、くくくっ……あ、相棒……元気だせって……ふふふ」

「笑いながら励ましてくるなよ、そもそもお前気の毒とすら思ってないだろ!」


 だが、生憎この男はカイのチリチリになった毛先を見ると、思い出した様子で口元を緩めていた。

 さすがのカイも、相手にそれだけ笑われれば落ち込む気にもなれず、気を取り戻すように先を進んでいく。

 そんなカイの後方には、リプカを肩に乗せたイリーナの姿があった。あまりにも罠が多かったために、イリーナをとっさに守れるようにとの編成である。

 彼女はいつまで経ってもカイの様子を笑い続けるスレイに、注意するように声をかけた。


「スレイさんもあまり笑っては失礼ですよ」

「あぁ、大丈夫大丈夫。俺は相棒を励ましてるだけだから」

『いちいちその苛つく顔面をこっちに寄こすな。丸焼きにしたくなる』

「相変わらず酷い黒猫だなぁ」


 リプカは近づいてきたスレイの顔に、心底不快そうな様子を見せる。

 リプカとスレイの会話を耳にしていたカイは、その先頭を歩きながら恨み節を吐き捨てていた。


「その男が少しでもイリーナに変な事したら、自慢の髪の毛を爆発させてくれ」

「自分が避けきらなかったからって、俺も道連れにしようとするのやめろよ」


 周囲は暗がりに包まれているというのに、その男が一人でずっと何かしら喋り続けているものだから、不思議と賑やかな旅路となっていた。

 時にはそんな冗談を言い合いながら、奥を目指し進んでいく。

 やがて、天井が開けた空間にたどりつくと、彼らは景色の変化に驚いたように足を止めていた。


「……ここは……」

「最奥部、でしょうか? 綺麗……」


 カイ達の目の前に広がっていたのは、魔法で辺りを照らす光よりも美しく輝く青い光であった。それは幾つも周囲を漂っているのが分かる。

 天井からは鍾乳石がぶら下がっており、湿った足元のそばには、透明度の高い水の池が存在しているようだった。


『これは……魔力、か?』

「水の中もその光のおかげで良く見えるみたいだね」


 足元に広がる水の池は、随分と深い。

 これまでふざけた態度をとっていたスレイが、周囲をぐるりと見渡して口を開いていた。


「綺麗な場所だけど……特にこれと言って何もないね……もしかして、俺たち無駄足踏まされた?」

「そもそも、王様は私たちに何を調べてほしかったのでしょう?」


 その言葉に、一同は歩みを止めて周囲を見回してみる。これ以上、先に進める場所が無かったからだ。

辿り着いた空間は随分と奥まで続いているようだったが、これ以上進むとなると水の中を進んでいく事になるだろう。

 水の成分も、周りを漂う魔力の原因も分からない以上、迂闊に足を踏み入れるのは危険と判断してのことだった。


「けど、このまま帰っても何の証明にもならないよな……」

『いや、それはない』

「え? どうしてそう言えるんだ?」


 疑問を投げたカイの言葉に、リプカはサラリと答えていた。


『あの男は千里眼持ちだからな』

「……は!?」

「え?」

「うそ」


 千里眼とは、あの“千里眼”だろうか。未来を見通す力を持つと言われる、特別な瞳。

 通りで、初対面の時に全てを見透かされていたわけだ。そして、リプカがあれだけ頑なに信頼を寄せていた理由を、漸く理解する。

 きっと王は彼らが訪れる事を全て把握していたのだろう。

 驚く一同に、猫は何でもない事のように続けた。


『そんな奴がここに俺たちを向かわせたとなれば、何かあるのだろうよ……おい小僧、お前はデュナイアルなのだろう? こういった場所の調査は得意だと耳にしていたが』

「……分かったよ、少し調べてみる。こういう場所って大抵何かあったりするものだからね。手分けして探そうか、魔力探知で周囲を探ってみてくれ」


 ここにきてようやく青の王が自分たちをここに向かわせた意味を理解して、彼らは手分けをして周囲の調査を始めるのだった。





「――相棒、こっちこっち!」


 どれくらい各人で周囲の調査を行っていいただろう。

 仲間たちより少し離れた場所に立っていたカイは、そんなスレイの声に反応して顔を上げた。

 よく見ると、カイ以外は既にスレイが集合をかけた場所に集まっていたらしい。

イリーナの作り出した光の球を頼りに、その場所へと向かえば、イリーナとリプカが池の中を覗き込んでいる光景が見えた。


「何か見つかったのか?」

「この下、微かだけど魔力の気配が感じられる」


 スレイの言葉に従い、カイも池の底を見下ろせば確かに微かな魔力の気配を感じられた。

 しかもしれは、周囲を漂っている自然現象などではなく、存在する“何か”だということが分かる。

 ほんの僅かな違いの差を、的確に見つけ出す事が出来たスレイに、カイは感心しながら顔を上げる。


「本当だな」

「で、どうする?」

「どうするって、何が?」

「何がって、当然この奥、調べなきゃだろ?」


 スレイが腰に手を当てて提案するものだから、一同は顔を見合わせて話し合いを始める。

 つまり、この成分もよく分からない水の中に、誰か一人が飛び込まなければならないという事だ。


「当然、女の子を濡らすわけにはいかないから、俺か、猫か、相棒の三人だ」

『俺は猫ではない……それに、俺を頭数に入れるな。この体では水中の探索は無理だ。ここ一体を干上がらせて良いというなら話は別だが?』

「……じゃあ、相棒と俺の一騎打ちか……ここは平等を期すために、じゃんけんという事で」

「……分かったよ」

「よし、じゃあいくぞ!」


 スレイの提案により、カイは運命を決めるじゃんけんをはじめ、勝敗を競うのだった。





(まさか、風魔法がこんなところで役に立つとは……)


 現在カイの姿は、水の中にあった。スレイとのじゃんけんに敗北を喫した彼は、調査の為に水の中へと潜入していたのである。

 水の中は外から見ていた光景と等しく、随分と透明度が高い。ところどころ青く光って見えた光は、壁の鉱石が発光していた光であったらしく、無数に水の中で輝いている姿が見えた。


 一体どうやって、カイが自身を守りながら水の中を漂っていたかと言うと、風の魔法で自分を囲う事でそれが可能となっているようだった。

 そこで本人が一番驚いたのは、水中でも呼吸が出来るという事だった。守護天使の力と言われるだけはあり、この力は何でもアリらしい。


(魔力の気配は……こっちか)


 潜りながら感じた微々たる気配を追いかけて、カイは深く潜っていく。

 仲間たちの姿が水面の向こうに見えない場所までやってくると、そこにはカイが想像もしないものが存在した。


「――……は? 何で、こんな場所にこれが……」


 驚愕に目を見開いたカイの目の前には、結晶の中に閉じ込められている何か・・が居た。女性の形をした青色の何かは、静かに目を閉じている。

 それはどう見ても、白の王国ファティルでカイが目にした光景と瓜二つだ。間違いなく、その女性も結晶化によって閉じ込められていた。


「……ひとまず、解放して良いのか?」


 カイがその対応に頭を悩ませていると、答えを導くかのように目の奥が熱くなる感覚を覚える。

 それは、結晶の中に閉じ込めていたフィリオールを目にした時に感じた、目の奥の熱さと同じだった。すると、彼の眼はそこにある“異物”に反応したように、黒色から青色へと変化していく。

 すると、そこにはカイも見覚えのあるものが浮かび上がって見えた。


「……また、呪いだ」


 彼がそこに視たもの、それは、黒く淀んだ鎖であった。

 まさに生命の樹を縛りつけていたアレと同じものがそこには存在したのだ。

 となると、やる事はもう一つだろう。


 風の魔法を周囲に展開した状態で、更にスキルを使用できるか分からないが、ここまで来た以上やるしかない。


 カイが自身の手のひらに魔力を集めて、集中を始める。

 すると、風の障壁の中へと吸い込まれるように、辺りから金色の粒子が集まり始めた。それはやがて、鍵の形へと変化を遂げると、カイの手に握れるだけの質量を作り出す。


『「……汝よ、開け!」』


 頭の中に流れた言葉に従い、口を動かすと、手に握られていた光の鍵はその言葉に呼応したように砕け散ってしまう。

 カイの手に握られていた鍵が消えたと思いきや、彼の手元からは信じられないほどの眩しい光が溢れ出し、カイの視界を真っ白に染め上げてしまう。


「っ!?」


 一体、何が起きたのかとカイが視界を覆えば、次の瞬間体は勢いよく水の中から上空へと打ち上げられていた。


「は!?」


 突然の水流に飲み込まれ、カイの体が仲間たちの居る場所へと打ち上げられたかと思いきや、彼の体は次の瞬間、水の力により拘束されてしまっていた。


「カイさん!?」


 イリーナの驚く声と共に、カイも何が起きたのか状況を把握しかねていると、咄嗟にリプカとスレイが叫んだ。


「大人しくしてるんだ!」

『動くなよ、小僧!』


 突然の静止を訴えられて、カイが固まっていると、急に目の前に水の形をした女性が姿を現す。

 それは、カイが水中で見つけた、結晶化の中にいた人物であるようだった。

 彼女は正面からカイをジッと見つめるなり、穏やかな笑みを浮かべて語り掛けてくる。

 その姿は明らかに人ではなかった。何故なら、その人影は水が塊となり形を作りだしていたからだ。


『貴方が私をお救いくださったのですね』

「……え?」


 まるで、その呼びかけはリプカがカイに話かけているときのような声の反響だった。

 その光景を側で見ていたイリーナが、驚いたような声を上げる。


「……まさか?」

『そのまさかだ』

「おいおい、とんでもない収穫じゃないか」


 この状況で理解が追い付いていなかったのは、きっと目の前の存在に捕まっているカイだけだっただろう。

 美しい姿の女性――水の精は、カイに微笑みかけると、そっと体を仲間の元へ優しく下ろしてくれる。

そして彼女は、カイの元へやってくるなり何かを差し出してきた。


『これを』

「……え?」


 呆然とするカイが目にしたのは、手のひらに収まるくらいの宝石だった。

 真っ青な色をしたそれは、その洞窟の中を漂う青い光により輝いているのが分かる。

 差し出されたそれを見てカイが躊躇えば、水の精は美しい笑みを浮かべたまま告げた。


『これを王にお渡しください』

「青の王に渡したらよいのですか?」

『はい』

「分かりました」


 カイがそう言って彼女の目的を理解して宝石を受け取ると、彼女はカイと、それからカイの側にいたリプカを見つめて優しく微笑み、姿を消す。

 一瞬にして周囲が静寂に包まれれば、イリーナが興奮したように声を上げた。


「凄いですよ、カイさん! 先ほどの方は、きっと青の王国エスイアの守護者であるネレイデス様です!」

「ネレイデス……?」


 聞き覚えの無い名前に、カイが眉を寄せると、イリーナの肩に乗っていたリプカは独り言のような言葉を呟いていた。


『こんなところに居たのか』

「いや、そんな話のレベルじゃないでしょ!?」


 スレイは既に状況を把握している様子で、冷静なリプカに突っ込みを入れている。


「今のは……一体?」


 未だによく分かっていないカイに、イリーナは明るい表情を浮かべながら説明を始めた。


「本来、青の王都アイオライトは水の守護者であるネレイデス様の加護を受けて、守られているんです。青の王都アイオライトが大きな湖に囲まれていて、許可のある者たちしか渡れないのは、ネレイデス様の加護なんです……本当ならネレイデス様の結果により守られていたのですが、数年前にその結界が消失してしまったらしくて……」

『恐らく、ここに封じられていたのだろうな』

「え、それって解放して大丈夫だったのか?」


 もしかして、自分は不味い事をしてしまったのかとカイが青ざめると、珍しくリプカはカイを褒めてくる。


『問題ない、寧ろ貴様にしては上出来だ。これは思った以上の収穫だ……あとは帰り、それを王に見せれば完了だ』

「よし、じゃあひとまず来た道を戻りますかね」


 スレイがそう言って先に歩き出したのを見て、カイは手のひらに乗せられた宝石をもう一度見下ろす。

 あれが水の精、ネレイデス。突然の事に動転していたが、とても美しい姿をしていた。

 イリーナは、未だに実感が湧かない様子のカイに笑顔を浮かべて。


「やりましたね、カイさん!」


 と声をかけてくれるのだった。

 なにはともあれ、王の命令は無事に遂行できたらしい。

 そうと分かると、カイは安堵したようにイリーナに笑い返す。


「イリーナも有難う、おかげで何とか無事に帰れそうだ」

『まだ油断するには早いぞ』

「分かってるよ」


 リプカの鋭い指摘を受けながらも、そうして一行は再び青の王都アイオライトを目指し、歩き出すのだった。

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