13 遺跡探索

「へぇ、これが青の遺跡か」


 眩しい空の下、そう言って空を見上げていたのはスレイだった。

 そこには、カイとリプカとイリーナの姿もある。

 彼らは、青の王の依頼により、現在「青の遺跡」と呼ばれる場所に来ていた。


 外観はその言葉通り、青の王国の片隅に存在する遺跡という印象だ。遺跡は随分と古く、その外壁には蔦や苔が生えているのが分かる。


 彼らが居る現在の場所は、青の王国から白の王国側に向かった国境付近であり、植生する植物もその影響を受けているのか、随分と緑が濃い印象を受ける。

 遺跡が存在する座標は、森の中という事もあり、周囲からは鳥たちの囀る声も聞こえていた。


 ここに来るまで数日かけて移動してきた一行は、その遺跡の前で足を止めるなり、何やら頭を悩ませていたらしい。それもそうだろう、以前玉が語った通り遺跡の入口がぴったりと閉ざされていたからだ。

 出立する前に、王からは「くれぐれも壊すなよ」と言う注意を受けてきたので、実力行使というわけにもいかない。

 

 周囲を見渡したところ、人が侵入できそうな場所も見当たらない事から、スレイは一同を振り返り尋ねた。


「で、これどうやって開けんの?」

「話によると、何をしても開けられなかったってことでしたよね……?」


 イリーナは、スレイの言葉を受けてカイを見る。

 カイはリプカを見て口を開いた。


「ここはやっぱり、リプカの火加減でこの扉をずらして隙間を開けるとか?」

『馬鹿か貴様は。壊すなと言われていたのをもう忘れたのか? なんのために貴様が居ると思っている』

「……やっぱり俺なのか?」


 リプカの発言に、カイは心底嫌そうな顔をする。

 何故なら、そこに居る二人が興味深々だったせいだ。

 天使に授けられた力を人前で披露すること自体が好きではないカイからして、出来る事なら力の発動は最終手段であってほしかったようだ。

 

 そんな乗り気ではないカイに、スレイは扉への道を開けて笑いかける。


「あぁ、例のピッキングの話か。さぁさぁ、どうぞ遠慮なく」

「青の王はカイさんが居れば大丈夫だと仰ってましたが、どうやって開けるのでしょう?」


 スレイは何かしら勘づいているようだが、カイが一体どういった人間なのか、まだよく分かっていないイリーナは、まだピンときていない様子で首を傾げていた。

 そんな二人の視線を受けて、カイは渋々前に出ると、覚悟を決めたように閉ざされた扉の前に立つ。

 ずっしりと岩でできた扉は、聞いた話の通り、重い口を閉じてしまっているようだった。


「少し集中するから、黙っててくれよスレイ」

「何で俺だけ名指しなんだよ!」


 カイがスレイの名前をわざと呼べば、相手は不満そうに抗議の声を漏らす。だが、集中を始めたカイはその言葉を無視して、手のひらを扉へと翳していた。





 カイが集中を始めたことで、周囲から金色の粒子が集まり始める。それは彼の手元に吸い込まれるように、形を現し始めた。

 その光景に驚いたように目を見開いたイリーナは、小さな声を漏らす。


「……これは……?」 

「これが天使の力ねぇ」

「……天使?……まさか!」

「そのまさかだよ、あぁ見えて、守護天使の力を授かっているんだと」


 スレイがイリーナに答えるように、カイの背中へと視線を向ければ、イリーナは驚いたようにカイの背中を見つめていた。


 つい先日、カイがリプカと旅をしている理由について聞かされた彼女だったが、いざその力を前にすると、言葉が出なくなる。

 そこにある光景があまりにも、尊いもののように思えたからだ。

 

 金色の粒子がカイを中心に集まり始めたと思えば、それは少しずつカイの手元に何かの形を生み出そうとしているようだった。

 周囲の木々が騒めき、今まで穏やかな空気に包まれていた周囲が一瞬にして清らかな空気に包まれる。森がまるで彼を歓迎するように、枝葉を揺らしているようだった。


「これが、セリカ様の力」


 まるで眩しいものでも見るように、少女の青色の瞳が細められる。

 彼女の脳裏に浮かんでいたのは、先日カイが倉庫に飛び込んできたときの光景だった。

 

 もう駄目だと、絶望していた時に駆け付けたその姿は、まさに救世主に相応しい登場だった。それだけではない、暗がりの中、逆光でほとんどその姿を見ることが出来なかったというのに、彼女はそこに来たのが「カイ」だと瞬間的に理解していたのだ。

 何故なら、彼の訪れは暖かな魔力と、それを運ぶ風が教えてくれるから。


 あの時もそうだったと、彼女は思う。

 自分にとって、何よりも大切な髪飾りを、暖かな風が運んでくれた時のようだと。

 けれどきっと、本人は気づいていないのだろう。


 イリーナが両手を祈るように組んだ時、カイの手には光の鍵が握られているようだった。

 美しい金色の鍵は、イリーナの知らない魔法のようだった。


「全く、驚きだよね」


 ぼそりと呟かれたスレイの言葉に、つられるようにイリーナは視線を隣へと移す。

 そこに見えたスレイの横顔は、どこか眩しそうで、それでいて少しだけ複雑そうな色を宿しているように見えた。


 不思議な事に、イリーナにはその綺麗な横顔が、今にも消えてしまいそうな儚い雰囲気を感じさせる。


「スレイさん……?」


 イリーナが不思議に思い、その名前を口にすると、正面から準備が整った様子でカイの声が聞こえた。


『「汝よ、開け!」』


 その言葉に反応したように、閉ざされた扉が鈍い音を立てて開閉する音が聞こえてくる。その様子を見ていたスレイは、上手くいった事を知らせるようにイリーナへと視線を動かした。


「お、開いたみたいだよ」

「……そう、みたいですね」

「行こうか」


 そこにあるスレイの表情は、すっかり普段通りに戻っていた。

 イリーナは一瞬、何かの見間違いかと思い首を傾げる。


 視界の先で、カイに歩み寄ったスレイは、いつもの飄々とした様子で話しかけているようだった。


「まさか、そんな力まで隠し持ってたとは、恐れ入ったよ」

「言っておくけど、俺はお前との戦いで手加減なんて一度もしたことないからな」

「まだ何も言ってないけど?」

「どうせ、手加減してただとかふざけた事言うつもりだろ……そういえば、お前の傷をあの時治療出来たのは、イリーナが作ってくれた回復薬ポーションのおかげだったんだぞ。ちゃんとお礼、言っておけよ」


 無事に閉ざされていた扉を開くことに成功したカイは、絡んできたスレイにそう声をかけて、リプカと中の安全を確認しに向かってしまう。

 カイに絡みに行ったものの、あまり相手にされなかったスレイは、その言葉を受けて背後にいたイリーナへと声をかける。


「へぇ? イリーナちゃんが作ってくれた薬のお陰だったんだ。有難う、助かったよ」

「え? い、いえ……お役に立てて良かったです」


 まさかあの森で出会った時に渡した回復薬が、スレイを助けていたなんて思いもせず、一瞬驚きつつも言葉を返す。

 そこに見えた彼の様子は、イリーナがここ数日毎日見てきた、普段通りのスレイの姿に見えた。





 遺跡の中は、随分とカビ臭い匂いが漂っていた。きっと長いこと扉が閉ざされていたせいだろう。

 建物の中は、外からの光が一切入り込む隙間がないほどの暗闇に包まれていた。

 スレイがイリーナをエスコートしながら合流すると、その先ではカイが何かをぼやいている声が聞こえてくる。


「長時間魔法使うの苦手なんだよな……」

『ずべこべ言わず、とっとと照らせ』


 恐らくその会話の内容から察するに、中を照らそうと考えているのだろう。

 後ろからやって来たイリーナは、その言葉を耳にするなり挙手をして声をかけた。


「あ、じゃあ後ろの方は私が照らしましょうか?」

「分かった、俺は前の方を照らすからよろしくな」

「はい!」


 前と後ろ、一列になったときに、互いの顔と距離が分かるように、そうして手分けをして光を照らすことにする。


『「――光源ブラスト」』


 カイがひょいっと詠唱もなく光の球を出現させれば、イリーナは驚いたように目を見開き、それから杖を手にして祈り始めた。


『「光の道しるべ……照らせ、陽光の輝き……光源ブラスト!」』


 イリーナが魔力を込めたことにより、彼女が持つ杖が輝きを放つと同時に、光の球が出現する。

 カイが作りだした光が金色であることに対し、イリーナが作り出した光は純白をしているようだった。

 その違いに気が付いたスレイは、不思議そうに首を傾げていた。


「へぇ? 同じ魔法でも、色の違いがあるんだな」

「恐らく、カイさんの魔法は私が使う聖魔法とは異なるからだと思います」

「異なる?」

「カイさんの使う聖魔法は、セリカ様の力を根源にされているので、それの違いかと……凄いですよね」


 以前教会でハメルに言われた事を思い出したカイは、苦笑と共に歩き出す。


「けど、魔法の質は、イリーナの聖魔法の方が圧倒的に良いからな。そうだろリプカ?」

『貴様のソレは、この娘の足元にも及ばんだろうよ』


 カイの肩に乗っているリプカが、間髪入れずに答えると、スレイは二人が作り出した光の魔法を見比べてみる。

 確かにカイが出現させた光の球は、時々光の強弱を変えながら、ふよふよと頼りなさげに着いてきているようだった。一方、イリーナが出現させた白い光の球は、一定の明るさを持ったままスッと移動しているのが見える。


「へぇ? 結構個性って出るものなんだな」

『コイツがまだまだという事だ』

「分かってるよ」


 魔法の使い方に関して、相変わらず厳しいリプカに、カイはそう答えると恥ずかしくなった様子で、奥へと進んでいくのだった。





「階段だ……下まで続いてるみたいだから、気を付けてくれ」


 先頭を歩いていたカイが、下へと続く道を見つけたようで後方に声をかける。

 遺跡の内部は、大きさの違う石を何重にも重ねて作られているようだった。

湿気が多い内部は、足元が滑りやすいこともあり、最新の注意を払いながら進んでいく。遺跡の中は随分と広く造られており、随分と年季を感じられる。

 だが、幸いなことに、魔物が入り込んでいる様子がなく、探索は驚くほど順調と言えただろう。


「何処まで続いてるんだか」


 とはいえ、果てが何処まで続いているのか分からない以上、進み続けるしかない。

 時々休憩を挟みつつも、同じ景色に少し飽きた様子でスレイは言葉を零していた。

 

「まだ奥まで続いていきそうですよね」

『やけに湿気が多いのも気になるところだ』


 聖魔法で周囲を照らしながらとはいえ、その範囲も限られている。

 少しずつ下に向かって一行は進んでいたようだが、その最深部らしき部分にはまだたどり着けてはいなかった。


「もしかしたら、下に水源でもあるのかもね」


 スレイが状況を冷静に把握してそう零すと、彼は何かに気が付いた様子で素早く剣を振るう。


「――あぶなっ!」


 とっさの出来事に、皆は足元に気を取られていたようだが、スレイが薙ぎ払った剣先は見事に飛んできた弓を切り裂いていたようだった。


「――スレイ、大丈夫か?」

「お怪我はありませんか!?」


 地面にその破片が落ちた事で、カイとイリーナが慌てたように振り返り、安否を確かめる。


「こっちは平気。けど、これって遺跡の侵入者対策かもしれないから、皆も気を付けて……」


 階段を下っていた一行は、その最後尾にいたスレイを見上げる形となっていたのだが、何故かカイとイリーナは、顔を上げた直後目を見開き固まっていた。


「え、なに? 何で皆固まって……――」


 視線を注がれたまま、皆が黙っているものだから、スレイはどうかしたのかと声をかけてみる。だが、その視線が自分の後ろを見ている事に気が付いた彼は、ハッとして振り返った。


 そして、彼がそこに見たものは、とんでもなく大きな強大な岩――恐らくここを守る為に設置されたゴーレムだろう――が、振り返ったスレイの真横を叩き潰したのである。


「……」


 もしその瞬間、彼が振り返って体位を変えていなければ、今頃無事では済まなかっただろう。無機物ゆえに、気配の察知が遅れた様子のスレイは、顔を青ざめて叫んだ。


「居るなら、居るって教えてくれよ!」

「――悪い! とにかく逃げるぞ!」

「逃げるって、何処に!?」


 慌てふためく一同に、リプカが冷静に声を上げる。


『とにかく下を目指せ!』


 その言葉を受けたスレイは、咄嗟に剣を構えて自分の背後にいる少女に声をかけた。


「先に行って、イリーナちゃん!」

「は、はい!!」


 次の攻撃態勢に入ったゴーレムから距離を稼ぐために、足を止めたスレイにカイは咄嗟にリプカを呼ぶ。


「リプカ! イリーナと奥に進んでくれ!」

『俺に命令するな!』


 いつもの言葉を受けて、カイはゴーレムがスレイ目がけて腕を振り下ろそうとしている間に割り込み、魔法を展開する。

 とっさにカイが作った障壁により、一撃を免れたスレイは、息を呑んでその威力に目を瞠った。


「おっかな」


 風魔法の守りを前にしても、怯む様子が無いゴーレムは、その障壁ごとこちらを叩き潰そうとしている気迫が感じられた。一体、どういった原理でこの岩の塊は動いているのだろう。

 無機物の奥から赤い目を光らせている光景に、自嘲気味の笑みを浮かべたカイが告げる。


「スレイ、さっきも言ったけど、長時間の魔法の発動は苦手なんだ」

「オーケー、任せろ」


 その言葉で状況を把握したスレイは、咄嗟に逃げる準備を始める。


「俺が合図を出したら障壁を崩すから、とにかく下に走れ」

「奇遇だね、逃げるのは得意だ」


 苦笑を浮かべながら答えたスレイに、カイは真剣な表情を浮かべてゴーレムの動きを観察する。

 巨大な岩の塊は、一撃ではカイの障壁を壊せないと悟ると、再度腕を振り上げてそれをたたき割ろうとしてくる。その一瞬の隙にカイは合図を送った。


「――今だ走れ!!」

「――っ!!」


 二人が同時にゴーレムから距離を取り、下へと逃げる。

 階段はそう長くはなかった。ほとんど、飛び降りながら着地した二人は、視界の遠くに見えたイリーナの光を頼りに走る。

 気が付けば、カイが出現させていた光の球は、いつの間にか霧散して消えていた。


「相棒、さっきの光の魔法は!?」

「今そんな余裕がない! 良いから、イリーナの光を頼りに走れ!」

「あはは……真っ暗じゃん」


 やはり、二人で魔術を展開していて良かったと、カイは思いながら足を動かす。

 岩の体の癖に、随分とその巨体は足が速かった。

それでいて、頭が天井にぶつからない事から、きっとゴーレムが通れるようにこの道は設計されているのだろう。

 彼らが走り抜ける道も、不自然なほど一直線を描いていた。


「巨体の癖に、アイツ早すぎじゃない!?」

「くそっ!」


 背後から近づいてくる足音を頼りに、どれだけ相手と距離が離れているかを測っていた二人は、すぐ後ろから聞こえてくる音に肝を冷やしながら走り続ける。


「こっちです、二人とも!! 伏せてください!」


 イリーナの声に導かれて、二人は開けた場所に滑り込むようにダイブを決める。

 その直後だった。彼らの上空を火の球が通り過ぎたのは。


『失せろ!』


 それは恐らく、リプカの放った魔法だったのだろう。

 低い声と共に、ゴーレムが後方で吹き飛ばされたような音がする。

 地面が揺れる気配がした事から、ゴーレムが倒れたのかもしれない。

 

「大丈夫ですか、二人とも?」


 息も絶え絶えに地面に伏せていた二人は、イリーナの声に顔を上げて答えた。


「俺の方は平気……久々にスリルを味わった気がする」

「俺のほうも大丈夫……熱っ!!」


 緊張の糸が解けると、急に頭が熱い事に気が付いた。

 カイが何事かと自分の頭に視線を向ければ、どうやらリプカの魔法が軽く髪を掠っていたらしい。

 それを見たスレイは、吹き出して笑い始める。


「ぶはっ! ちょっ、ただでさえ、今苦しいのに……笑わせないでくれよ相棒」

「笑わせないだろ! どう見ても事故だろ!」


 危機が去った一同は、毛の先がチリチリになったカイを見て、どこか和やかな空気に包まれるのだった。

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