12 青の王

 青の王都アイオライトに足を踏み入れた瞬間、早々にトラブルに巻き込まれた一行だったが、スレイの気転により、王への謁見が認められる事となった。

 どうやら、スレイが引き連れてきた警備兵の指揮官は、青の王国以外でも有名な騎士の一人であるようだった。


 城の中を案内人に連れられて歩いていた一行は、先ほど助けたイリーナと共に王の間へと向かっていた


青の王都アイオライトにある城は、外観が街と同様に白い外観で統一されており、藍色をした三角屋根が特徴的な城であった。

城の外周には、いざというときに侵入者を拒む大きな水路が設けられていて、可動橋を渡ることで城への立ち入りが可能になっている。


 城の内部は、大理石により足元が作られており、壁や天井はシンプルなつくりで統一されているようだった。そんな城内からは水の流れる音が聞こえることから、ここはこの都市における、水源地となっているのだろう。

 城に向かって、緩やかな傾斜が街に広がっていたのは、ここからの水を供給する理由があったのかもしれない。

 

 そんな城の中を歩きながら、カイは後ろを着いてくるイリーナへと声をかける。


「ごめんな、いきなり青の王に謁見だなんて驚いただろ」

「いえ……そう、ですね。確かに驚きましたが、カイさんたちが普通の旅人ではないことくらい、初めて会った時から分かっていましたので大丈夫です」


 そう答えた彼女の表情は、倉庫で見つけた時よりも、いくらか明るいものへと戻っているようだった。


 本当は、宿で待ってもらうという選択も考えたのだが、彼女が付いてきたいと申し出たので、その意思を尊重して今に至る。

 まだ何の事情も説明していない事を申し訳ないと思いつつも、カイは案内人の後を着いていく。


 イリーナが何故あの場所に囚われていたのかを尋ねたところ、カイたちと森で遭遇した後に、彼女も青の王国を目指したらしい。だが、入国制限により立ち入りが許されなかったので、一度来た道を戻ろうとしていた時に彼らに捕まってしまったという事だった。

 もし、あのタイミングでカイが助けに向かっていなければ、今頃は他の少女たちと同様に大変な目に遭っていたかもしれない。それを思うと、本当に無事で良かったとカイは思う。


「事情は後で詳しく説明するから」

「はい、よろしくお願いします」


 イリーナの返事を受けて、再び前を見たカイは、気を引き締めるように覚悟を決める。

 

 これでカイが王に会うのも三度目となる。





 その玉座に腰かけていたのは、真っ青の髪色をした一人の男だった。髪は短く肩よりも上で整えられており、切れ長の鋭い瞳は、薄い水色をしているのが分かる。

 群青色の服に身を包んでいるその人物は、案内人に連れられて姿を現したカイ達を一瞥するなり、静かな声で話しかけてきた。


「――君たちが、カノンからの報告にあった旅人か……」


 カノンとは、倉庫でカイが礼を言われた騎士の名前である。

 彼は、カイと年齢がそう変わらないくらいでありながら、四番隊の隊長を務めている実力者であったらしい。

 そんな人物からの申し出ともあり、王はこの時間を設けてくれたのかもしれない。


「まずは礼を言おう。我が国の民を救ってくれたこと感謝する……それで、俺に何の用だ? 人攫いを捕まえた褒美が欲しいと言いに来たわけではあるまい」


 これまで、二人の王と対面してきたカイだったが、その二人とはまた違う独特の空気をその王からは感じていた。

 そこにある水色の瞳には、何故だか全てを見透かされているような気がして、緊張が走る。


 カイは喉が引きつる中で、目の前の相手――キース・コリエンテと対峙する。


「その通りです……私は、白の王都より召喚の儀により呼ばれた、カイ・エレフセリアと申します。この度は突然の謁見にも拘わらず、お時間を頂き有難うございます。私の後ろに居るのは、共にここまで旅をしてきた仲間たちです」

「……ほう、それで? 君のような異邦人が何故この地を訪れた? 君は聖騎士ではないのだろう?」


 案の定、その説明だけでカイが何者かを見抜いてしまったらしい。

 異邦人と呼ばれたカイの言葉を受けて、王の周りに控えていた者たちが息を呑むのが分かる。

 ただでさえ隣国との戦争で忙しいというのに、異邦人まで訪ねてきたとあっては、警戒しているのだろう。

 カイは出来るだけ周りを刺激しないように、言葉を選び説明していく。


「その通りです。自分は聖騎士ではありません、ですが、私にも与えられた“役割”があり、ここへ来ました。内容は、朱の王の異変についてです」

「続けてみよ」

「王様は、の王の行動に違和感はありませんでしたか?」

「何が言いたい?」

「我々は、先日隣国のマールスへ行き、王に直接会う機会を得ました。その際に一つだけ気付いた事があるのです……あの王はアルヴァール・エクスハティオその人ではないと」


 カイの自信に溢れる言葉を受けて、キースは戯言を嘲笑うように目を細めた。


「――ふっ、その言葉の意味を理解しているのか? 即刻、不敬罪により討ち


 そう言ってカイがリプカを見れば、リプカはカイの肩から地面に降りると口を開く。


『青の王よ、お前と会うのも久しいな。この小僧が口にしたことは事実だ。この俺がアルヴァール・エクスハティオ本人だ。この体は俺が契約している、火の精霊のものだ。俺の魂はいま、この器を依り代にし、この世に繋ぎ留めてある状況にある。お前の目で視ればそれが誠か嘘かなど、分かるだろう? アレは俺の体を使った別の何かだ。俺はお前の国との戦争など求めてはいない』


 まるで久しい友人に話しかけるような、そんな声音だ。

 黒猫が急に喋り出した姿を目にしても、キースは驚いた様子もなく、その姿を凝視していた。

 やがて彼は小さく息を吐くと、納得したように声を漏らす。


「ふっ……なるほど……どうにも妙な事になっていると思えば、まさか君のような王がそのような姿になっているとは」

『……俺の言葉を信じてくれるのか?』

「猫の言葉を信じるなど、おかしな話だが……アレが朱の王ではない事だけは既に理解している。もし君が本当に、俺の知る王だというのであればそれを証明してみせよ……幸い、そこには天使の力・・・・を授かっている人間も居るようだしな」

「――っ!」


 一瞥と共に、カイは真実を言い当てられて目を見開く。後ろに居る仲間たちも、驚きに息を呑むのが空気感で伝わってきた。

 だが、リプカだけは妙に冷静だった。


『我々は何をすれば良い?』


 リプカは、相手の要求をのむように、その質問を口にしていた。

 キースはそこにいるリプカを見下ろしながら、ゆっくりとした口調で。


「ある遺跡の調査だ」


 ただ一言そう零すのだった。



***



「遺跡の調査……ねぇ」


 王との謁見を終えた一同は、王が用意してくれた城の一室で体を休めていた。


 ここに来るまでに、詳しい事情をイリーナに説明し終えたカイは、ベッドで横になっており、その側には、椅子に腰かけているスレイの姿がある。

 いつもであれば、そんなスレイの相手をするのはカイなのだが、今日は珍しく黙り込んで目を閉じている。

 しかし、スレイはそんな事などお構いなしに、独り言を続けているようだった。


「しかも、五年前の地殻変動で扉が封じられた遺跡を調査してこいって、明らかに訳ありだろ」


 スレイがぼやいている内容は、どうやら王から依頼された遺跡調査についての内容のようだ。

 青の王はその遺跡について、五年前の地殻変動で扉が閉ざされて以降、誰も立ち入った事がないと説明を口にしていた。

 だが、スレイにはその説明を聞き、色々と思う事があったらしい。


 カイが横になるベッドで丸くなっていたリプカは、そんなスレイに目を閉じたまま興味ななそうに答える。


『訳ありだろうが、行かねば始まらん話だ』

「そもそも、五年も開かなくなった場所をどうやってこじ開けろと? 力ずくで壊していいわけ?」

『現地で確認するしかあるまい』

「なーんか、きな臭いんだよなぁ」


 まあ、この国の兵力をもってすれば遺跡の扉を壊すことなんて容易な選択だろう。だが、それをしていないという事は、中にある何かを傷つける事を恐れて実行できずにいるという事か。

 

『そもそも、鍵開けならこの小僧に任せればよい話だ』

「鍵開け? そんなピッキングみたいな簡単な話なのかねぇ」

『この小僧からすればそのようなものだろう』

「へぇ? 実は相棒って、前の世界で盗人を生業にしてたわけ?」

「おい、勝手な事を言うな」


 これまで黙って話を聞いていたカイだったが、スレイから聞き捨てならない台詞を耳にして、とうとう口を挟んでくる。

 カイが反応を示すと、窓の外から視線を戻したスレイは、わざとらしい声を上げた。


「あれ、起きてたんだ?」

「分かっててわざと騒いでただろ……言っておくけど、俺は盗人なんてしたことないからな?」

「だろうね。言ってみただけだよ」


 カイの言葉をすんなりと肯定したスレイは、軽く笑って手を振る。

 人の眠りを邪魔し続けた癖に、一体何なんだよとカイが眉を寄せれば、スレイは退屈そうに腰かけていた椅子から立ち上がる。


「はー、ちょっと俺外に出てくるよ。最近気を張り続けていたせいで気分転換もかねて」

「……気を付けろよ」

「なになに、誰かさんみたいに油断して攫われるなって? その時は相棒が助けに来てくれるだろ?」

「その時はリプカよろしく」

『お断りだ』

「酷っ! せめて嘘でも行くって言ってくれよ」


 スレイの言葉に、カイはとうとう会話をリプカに丸投げしてしまう。

しかし、それを受けたリプカも、もう相手をする気はないらしい。吐き捨てるようなセリフを口にすると、口を閉ざし眠る体勢に入ってしまう。


 結局二人に相手をしてもらえなくなったスレイは、「冷たい奴らだなぁ」なんて呟きながら部屋の出口へと向かう事となる。

 そんなスレイに、カイはそこで漸く寝返りを打つと、気だるそうに目を開けて声をかけていた。


「気を付けろよ」


 カイの真剣な声を受けて、スレイは苦笑と共に気の抜けた返事を返し、扉を閉めるのだった。





 スレイが立ち去った部屋の中で、カイは今度こそ眠りにつこうと考える。

 白の王国を旅立ってから、ずっと気を張っていた状態だったこともあり、さすがに疲れたのだろう。

 だが、眠りに落ちる直前、カイはある事を思い出してリプカに声をかけた。


「――そういえば、誘拐犯が少し気になる事を口にしてたんだけど」

『何の話だ?』


 リプカ自身も相当疲れているのだろう。カイの言葉に片目だけ開ける形で話に耳を傾ける。

 カイはゆっくりと横になっていたベッドから身を起こすと、少し前の出来事を思い出しぼんやりと口を開いた。


「誘拐犯にどうして俺を狙ったのか話を聞いたんだ。そしたら、ある一人の人物から俺が異邦人である事を聞いたって」

『……なに?』

「しかも、アイツらファティルからずっと様子を窺ってたらしくて、異邦人なら人身売買で高く売れるとそそのかされたって言っててさ」

『どういう事だ? まさか、そいつがあの時俺たちを襲撃してきた奴の正体なのか?』

「その可能性はある。だから念の為、リプカに共有しておこうと思って」


 カイが口にしていたのは、誘拐犯の主犯格と思われる男から聞きだした情報だった。

 男がその時に口にした人物の特徴を、カイは口頭で伝えていく。


『何か特徴は?』

「相手は、少し幼い見た目の女の子の姿で、黒髪の長髪。後は、手の甲に花の形の模様があるって言ってたかな」


 記憶を思い出して情報を伝えれば、リプカは眉を顰めてカイを見た。


『それほど特徴的な部分を相手は隠そうともしなかったのか? 随分と舐められたものだな』

「確かに」


 カイが情報を聞きだしている間も、周りに不審な人物が居なかった事から、きっとその情報を流したところで、自分たちを特定できないと相手は踏んでいるのだろう。

 リプカの言う通り、随分と舐められたものだ。


『まぁ良い、今は俺の体を取り戻すことが先だ。偽物から体を取り戻したあかつきには、それ相応の報いを受けさせる。どうせあの偽物の中に居る奴も、その女の仲間だろうからな』

「確かに……それもそうだな。ひとまず今は目の前の事に集中するよ」


 リプカの言葉を受けて、カイは伸びをすると体を休めるために、ベッドに体を沈めるのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る