6 リプカの目的

 あの町を出発して、スレイが情報を集めた通り大きな街へは三日かかった。

 王都まで馬車が出ていると説明があった通り、辿りついた場所は中々に大きい街のようで、レンガ造りの街並みは多くの人で賑わっている。


 王都に近づくにつれて、少しずつよそ者に対する警戒心も強まっていた事から、カイとスレイはトラブルを避けるために、リプカに情報収集を任せて街にある教会の外で黒猫の帰りを待つことにした。


 日が高い間は、遊びに来た子供や参拝の人たちでにぎわっていたが、辺りがオレンジ色に染まり始めると、すっかり人の気配はなくなっていた。

 スレイはリプカを待つ間、遊びに来ていた子供たちと地面に絵をかいて遊んでいたが、彼らが帰った後はやる事をなくした様子で近くにいたカイの側に腰かける。


「子供好きなんだな」


 幼い子供を相手にする様子が手馴れていたことから、カイが声をかければ、スレイは小さく笑って肯定する。


「まぁね。年の離れた妹が居るから、子供の世話は慣れてるんだ」

「へぇ? 妹さんが居るのか」


 スレイに兄妹が居るという話を初めて耳にしたカイは、驚いた顔をする。

 家族の話題が上がったことで、スレイもカイに質問を投げてきた。


「そういう相棒は? 兄弟とかいないのか?」


 家族の事について尋ねられたので、カイはぼんやりと幼いころを思い出す。


 この旅で、いつの間にか自分の事を「相棒」と呼ぶようになったスレイに、最初こそやめろと声をかけていたものの、相手がそれを変えるつもりがないことから、諦めた様子でカイは口を開く。


「俺か? 俺は両親が幼いころからいなくて、教会で育ったからな……教会で一緒に育った子供たちなら何人か居るぞ」

「……何かごめん」


 この世界に連れて来られた人間だという事を伏せて説明すれば、スレイは一瞬だけ言葉を詰まらせて、謝罪を口にする。しかし、カイとしては全く気にしていないので、小さく笑って質問を返した。


「なんの謝罪だよ。それより、スレイの妹さん、さっきの子供たちと同じくらいの年齢なのか?」

「あの子たちよりはもう少し大人だよ。でも、俺よりすごくしっかりしてて、超可愛いんだ。あの子は大人になったら絶世の美女間違いなしだね」


 急に妹について語りだしたスレイの姿に、意外に「シスコンなのか」とカイは思う。

 だが、目の前の青年も美形と言われる部類の顔立ちをしている事から、きっと兄妹揃って美人なのだろう。


「ははっ。スレイがそう言うなら、そうなのかもな」

「今の時点で変な虫が付かないようにするの、大変なんだぞ」

「どこまでシスコンなんだよ」


 カイが隠しもせずに本音を口にすれば、本人も自覚がある様子で否定を口にしなかった。どこか遠くに視線を走らせるような顔つきになると、スレイは続ける。


「まぁ、俺とは全然タイプの違う顔つきだけど」

「へぇ? まぁ、男女の兄妹ってそういうものじゃないのか?」

「……かもね」


 家族の話をするときのスレイは、見たこともない柔らかな笑みを浮かべているようだった。きっと故郷の家族の事を思い出しているのかもしれない。


 スレイの家族についての話に耳を傾けていると、やがて黒猫が颯爽と戻ってくる。


『戻ったぞ』

「あぁ、お帰り」


 黒猫は慣れた様子でカイの肩に飛び乗ると、さっそく情報共有を始める。


『王都に向かう馬車の件だが……翌日の早朝に出るらしい。乗り方は街の出口に来ている御者に声をかけて金を払えば良いそうだ』

「なるほどね。じゃあこの旅もそれまでってことか」

『貴様が居なくなって清々するな』

「何それ、ひどっ!」


 黒猫とスレイのやり取りを眺めていたカイは、このメンバーでの旅がもうすぐ終わりを迎えようとしていることを思い返し、ふと寂しさのような感覚を覚える。

 もしかしたらそれが表情に出ていたのかもしれない。

 急にスレイはにんまりと口元を緩ませて話かけてくる。


「なになに、俺と別れるのが寂しいって?」


 きっとスレイは、その言葉を否定してくれることを期待していたのだろう。だが、カイは小さく笑ってそんな彼に礼を言う。


「改めて有難うな」


 道中魔物に襲われながらもここまでたどり着けたのは、間違いなくスレイが戦力として活躍してくれたからだ。出会い方は最悪だったし、一次は命を狙われかけたわけだが、雨降って地固まるとはこのことだろう。


 一瞬だけ鳩が豆鉄砲を食ったような顔をするが、スレイは苦笑混じりに笑っていた。





 早朝の時刻を迎えた一行は、リプカの案内を受けて街の入口へと向かっていた。

 朝日が昇ったばかりの空は、空気が少し冷たくて気持ちが良い。レンガ造りの街並みは、朝の早い時間帯ということもあり、人の数はそこまで多くない印象を受ける。


 リプカを肩に乗せながら歩いていたカイは、目的の乗り物を見つけた様子で声を上げた。


「あ、あれが王都行きの馬車か。意外に人は少ないんだな」

『当然だろう。今王都は戦争によって緊張状態にあるからな。誰も好んで行こうとは思うまい』

「なるほど」


 王都に近づくにつれて、神経質になっていた地域があった事を思い出し、カイは納得する。

 それから、背後をゆっくりと着いてくるスレイに質問を投げてみる。


「――ところで、スレイは朱の王国に行った事はあるのか?」

「俺? そりゃあ行ったことあるよ」

「へぇ、どんな場所なんだ?」

「うーん、王都の周辺は栄えてる印象だけど、土地は基本的に岩場が多くて限られた場所しか道が整備されてない印象かな……あとは王様が凄く怖い」

「……怖いのか」

「怖いね」


 スレイの言葉を受けて、カイが表情を強張らせると、カイの肩に乗っている猫が少しだけ不満そうな顔をしてスレイを睨む。

 その視線に気が付いたスレイは、カイの肩に乗る猫を興味深そうに見下ろすと、いつもの調子で飄々と話しかけてくる。


「なになに、何で王様の話をしてきみが睨むの? あぁ、薄々そうなのかと思ってたけど、きみ、あの王様の精霊なの?」

『俺は誰とも契約などしておらん』

「へぇ? じゃああの土地を好んでるからか……気難しい猫だな」

『俺は猫ではないと何度言ったら分かる、小僧。丸焼きにするぞ貴様』

「おっかないなぁ」


 スレイとリプカがそんな言い合いを続けていると、やがて御者と思われる人物の元に一行は辿り着く。街の入口に立っている男の側には、随分と立派な馬車が待機している様子だった。


 カイはリプカとスレイの会話を放置して、御者と思われる人物に声をかける。


「こちらの馬車は王都マールス行きで、あっていますか?」

「そうだとも、あと少ししたら出発するよ。お兄さんたちもご利用かな?」

「はい、大人二人と猫が一匹なんですけど」

「ペットは子供料金の半分になるよ」

「分かりました」


 カイは御者の男と淡々と会話を続けて、乗車の手続きを終わらせていく。

 その様子を少し離れた場所で見ていたスレイは、とうとう堪えきれなかった様子で吹き出してしまう。


「――ふはっ!」

『……っ!!』


 すると、カイの肩に乗っていたリプカは「黙れ」と言わんばかりに、スレイの顔に目がけてパンチを食らわせに飛び掛かる。

 だが、さすがの反射神経。


「おっと!」


 軽い身のこなしで猫の一撃を避けると、地面に降り立ち威嚇をするリプカを彼は鼻で笑っていた。


「危ないだろ。もうちょっとでこの旅も終わるんだ、仲良くしようよ」


 一体どの口がそれを言うのだろう。明らかにリプカをおちょくっている態度だった。


 一匹と一人が後方でそんなやり取りをしている最中、カイは慣れた様子で料金を支払い、馬車へと向かう。

 この旅の間で分かった事だが、スレイとリプカはあまり相性が良くないという事だった。そんな口喧嘩も彼にとっては慣れたもので、いつまで経っても馬車に乗り込もうとしないスレイたち呆れたように声をかける。


「二人とも、遊んでないで行くぞ」


 カイの声にスレイは「はーい」なんて間の抜けた返事をしてリプカに背を向ける。

リプカは相手が背中を見せた隙を見て、飛び蹴りを食らわせると、よろけた相手を小馬鹿にするように鼻で笑い、満足げにカイの肩に戻っていくのだった。





 馬車に揺られて一日、気が付けばすっかり景色は岩場に覆われた大地へと変わっていた。


 馬車が王都の入口に入れば、危険なものを持ち込んでいないかの確認が行われ、一同は緊張のなか、何とか朱の王都――レッドベリルへ足を踏み入れていた。


 長旅を終えた二人は、まずは腹ごしらえをするために食堂へと足を運び、その中でカイは朱の国についてスレイから詳しい説明を受けていた。

 共に旅をしてきた黒猫は、食堂へは入れないために、外で待機してもらっている。


「まぁ、見ての通りここは岩場が多い大地で出来ているのが特徴かな。前にも言ったけど、ここの人々は武芸の才に秀でた人が多くて、六国の中でも一番の軍事力を持ってる。ここの王様は、六人の王の中でも一番強いって言われているね」

「あぁ、だから馬車の中に居た人も、この戦争は朱の国が勝つって話をしてたのか」


 馬車に乗っていた時に、ふとそんな会話を耳にした事を思い出し、カイは納得する。

 スレイがそれほど「強い」と言うのであれば、相手は相当な手練れなのだろう。


「そうそう。そんな人間が隣国を攻め始めたものだから、今どこの国もぴりついてるんだよ」

「なるほど……それ以外にこの国の特徴とかって、あったりするのか?」

「この国の特徴かぁ……戦いにおいて優秀な逸材が多いことはよく聞くけどね……あぁ、あとは食事がとにかく美味しい事でも有名だよ」

「確かに、今目の前にあるスープもパンも、白の王国で食べたものと味が少し違う気がする」

「へぇ? 白の王国に相棒は行ったことあるんだ?……それにしても、本当によく食べるよね」

「……そうか?」


 そんな二人の間には、大量のパンとスープが乗せられていた。その半分がカイの注文したメニューにより、占拠されている状況である。

 共に旅をして、カイの食べっぷりに慣れていた筈のスレイも、さすがに呆れたような声を漏らす。


 丁度お昼時という事もあり、周囲は多くの人で賑わっていた。その中でもカイとスレイの姿は、色んな意味で目立っている。

 目の前に座るスレイが人目を惹く容姿だったせいもあるが、その机に並べられている食事の量が、半端ないことも理由の一つだ。

 大男が数人で食べ尽くす量を、カイが涼しい顔で次々と平らげているものだから、周囲も若干引いている様子だった。


「何処にそれだけの量が収まるのか、毎回不思議だよ」

「何処って、胃の中だろ」

「そりゃそうだろうけど……」

「あ、スレイもパン食べたかったのか?」

「いや、俺は要らない」


 店にあるパンをカイが殆ど食べ尽くしたので、もしかしたらと思ったらしい。

カイの気遣いを断ったスレイは、自身が注文した肉料理を口に運びながら食事を続けていく。


「まぁ、そういう事だから世界を旅する時は気を付けなよ」

「分かった。有難うな、色々と教えてくれて」

「どうしたしまして……それに、俺がきみに出来ることはこれくらいだから。きみとの旅は中々に面白かったよ」

「……」


 ふと思い出したようにスレイがここまでの道のりの事を感想として述べれば、カイも口の中を空にしてから薄く笑う。


「――最初殺されかけたけどな」

「まだ根に持ってたのか、その件に関してはちゃんと謝っただろ」


 遠くを見る目をしてスレイの痛い部分を突けば、相手は困ったように笑っていた。その反応を受けて、カイはいたずらが成功したみたいな表情を浮かべる。


「冗談だよ、冗談」

「目が本気だったけど?」

「あはは、気のせいだって――けど、俺の方こそ、本当に助かったよ。スレイも気を付けろよ」

「それはこっちのセリフだよ。簡単に野垂れ死なないでくれよ」


 果実水を口に流し込んで、カイの言葉を受け流したスレイは、テーブルに自分の食べた分の料金を乗せるなり立ち上がる。


「じゃ、俺はそろそろ仕事の続きに戻るよ。またな、相棒」

「あぁ、またな」


 スレイはそう口にすると、颯爽と食堂を後にする。

少しだけ静かになった席で、カイは目の前にある食べ物を前に、舌鼓を打つのだった。





「ふー、食べた食べた!」

『遅いぞ、小僧。この俺をどれだけ待たせる気だ!』

「ごめん、ごめん。ここの料理凄くおいしくて、ついおかわりしてた」


 カイが食堂を後にしたのは、それから一時間ほど経過した後だった。そのおかげで、財布の中身は随分と軽くなっていたが、胃が満たされたので満足だろう。

 その間、ひたすら外で待たされていたリプカは、舌打ちを零しながらカイの肩に飛び乗ってくる。様々な事情を知っている分、強く文句も言えないのだろう。こういうところは意外にも優しい精霊だ。

 腹ごしらえを済ませたカイは、改めてリプカの望みを叶えるべく声をかけた。


「――で、リプカは何処に行きたくて朱の王国ここを目指してたんだ?」


王都に行きたいとしか語らなかったリプカだが、そろそろその目的を教えてくれても良い頃合だろうと、カイは質問する。

 すると、黒猫は真剣な口調でこう答えた。


『宮殿だ』

「……は?」


 一瞬何かの聞き間違いかと思う。


(宮殿って……あの宮殿か?)


 その言葉で思いつく場所と言えば、王が居るとされるあの場所だ。

予想もしていない言葉を告げられたカイは、目を大きく見開いたまま固まってしまう。すると、リプカは反応が悪いカイに再度声をかけた。


『だから……宮殿へ行くと言っている』

「どうやって!?」


 ただでさえ、今は戦争でピリピリしているのに、どうやってそこに行くのかとカイは驚く。すると、何故か呆れた視線を向けられた。


『フィリオールから預かっているものがあるだろう』


 フィリオール、その名前を耳にしてカイは不思議そうな顔をして考える。


(フィリオールさんから預かっているもの……?)


彼女に纏わるもので、城への立ち入りが有効になりそうなものを連想する。

 そして思いついた。


「……あ」


 それは、ファティルを出発する前に、白の王が持たせてくれた国の紋章が入ったバッジである。この旅の間すっかりその存在を忘れていたカイは、今更ながら森で襲われた時に「それを出せばよかったのでは」なんて考えてしまう。


『さては貴様、忘れていたな?』

「いやいや、覚えてる、覚えてるって!」


 慌てふためく姿は、それが図星だと認めているようなものだが、カイは気づかない。

 カイの肩に乗っている黒猫は、大きなため息を零すなり、続けた。


『宮殿に居る者にそれを見せて王に会え』

「はぁ!?」


 城に立ち入るだけでなく「王に会え」と、とんでもない事を言い出したリプカに、カイはとうとう大きな声を上げて驚いてしまうのだった。

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