5 スレイ・クラウン

 カイとリプカの旅にスレイと名乗る青年が加わり、一行は朱の王国――マールス――の首都を目指し進む事となった。

 カイとスレイが流されてきた川は、首都に続いている運河だったようで「その川を下っていけば、やがて大きな街に辿り着く」とリプカは教えてくれた。

 黒猫の説明によると、その街からは馬車が出ているらしく、それに乗れば首都までは最速で着くことが可能との事だった。

 


「――戦争の影響? あぁ、なにやら西側の方は派手にやってるようだね。見ての通り、この辺りは全く影響ないよ。アンタらは首都を目指してるんだろう? ならここから一番近くてでかい街に行きな、そこで馬車が出てるから、それに乗るのが一番の近道さ」

「なるほど、教えてくれて有難う」

「良いってことさ。それより、最近は戦争のせいでピリピリしてるところもあるから、不用意に話題に出すんじゃないよ」

「へぇ? そうなんだ。了解、気を付けるよ」


 町での情報収集を行いながら歩みを進めていた一行は、現在ある宿屋のフロントで足を止めていた。

 宿屋の女将と思われる女性とにこやかに話しをしているのは、女性の扱いに慣れているスレイである。カイとリプカは少し離れた場所からその光景を、何とも言えない表情で見つめていた。

 女性と話を終えたスレイが、近くにいる若い女子達に熱い視線を注がれながら颯爽と戻ってくる。


「ってことらしいよ」

「……お疲れ様」


 にこやかに笑いかけられて、カイは複雑な気分でそう答えた。

 カイの肩に乗っている黒猫は、黙ったまま相手を見上げていたが、その視線は明らかに不審な者を見る眼である。


「なに、俺何かおかしな事してた?」

『やけに手慣れているようだな』

「あぁ、情報収集のこと? まぁ、仕事柄得意な方だよ」

「なんだろう、ものすごく負けた気分になる」


 カイが言葉に出来ぬ敗北感を感じていると、スレイは「一仕事してきたのに酷いなぁ」と苦笑を漏らしている。


 スレイと名乗った青年と、数日行動を共にしてみたが、普段からこんな感じであるようだった。

 飄々とした態度で、基本的に明るくよく笑い、時には女性たちに熱い視線を送られながら町を歩く。カイの知るイケメンと言えば、聖騎士のルクスもそうだったが、この男はまたそれとは違う部類のイケメンだったらしい。

 出来るだけ隣を歩かないでくれとカイは言いつつ、スレイが集めた情報を整理する。


「次の町に着けば漸く首都を目指せるって話か」

「みたいだね。三日くらいはまだかかるってさ」

「へぇ、じゃあ少し食料を調達しないといけないな」

「それなら、ちょうど良い仕事があるよ」

「え?」


 淡々と二人は会話を続けながら宿屋を後にする。外はすっかり日が昇っているようだった。

カイは少し眩しそうに目を細めながら、町で一番賑わっている市場を目指すことにする。

 食料調達をするためには、まずお金を稼がなければならないからだ。

するとスレイは、それも既に情報収集済みだと言いたげに声をかけてきた。


「お金を稼ぐ必要があるんだろ? それなら、とっておきの情報を掴んだんだ」

「とっておきの情報……?」


 驚いたように相手を見れば、彼は得意げな様子で。


「魔物狩り、しにいかない?」


 と笑うのだった。





 青の王国との戦争で、朱の民たちが一番影響を受けていることは、兵士たちが居なくなったことによる魔物の被害であるようだった。

 町へやって来た冒険者たちに片っ端から声をかけて、その対応を今は依頼しながら被害を抑えている事をスレイは耳にしたらしい。


 スレイからそんな案内を受けてカイが足を運んだのは、町の近くにある森の洞窟だった。


「この奥に魔物の群れが住んでるのか?」

「情報によるとそうらしいね。最近各地で魔物が狂暴化している話は知っているだろ? どうやらその影響をここの魔物は大きく受けているんだと」

「へぇ、この前の濃霧といい、マールスは魔力が豊富な場所なんだな」

「元々、この地域は戦闘に特化した戦士が多く居るって話だし、土地柄なんだろうね」


 水が天井から滴るような湿っぽい洞窟の中を、カイとスレイは進んでいく。

 ここ最近カイが使えるようになった魔法――光源ブライトを頼りに、道を照らして進んでいた彼らは、そんな話をしながら探索を進めていく。魔物が住処として使っている洞窟は、随分と広い場所のようだった。

 

 ここに住む魔物は、狼に似た姿をしているヴォルフと呼ばれる獣のようで、それらは集団で行動をする特徴があった。また、普通の獣同様に火を恐れる傾向があり、日中は巣で寝ていることから、その習性を利用して彼らは奇襲を仕掛けにきていたのである。


「――……」


 これまで穏やかな雰囲気で歩みを進めていた二人だったが、獣独特の匂いに気が付いたカイがスレイを振り返る。

 視線を合わせた二人は互いに剣を握ると、戦闘の準備にとりかかる。


「援護は任せた」

『俺だけでも十分だが?』

「あはは、きみに任せたら俺らごと焼かれそうだから遠慮」


 黒猫がカイの肩から静かに着地したのを確認して、カイとスレイは動き出した。

リプカには、魔物が入口に向かって逃げ出さないように、魔法で正面を遮ってもらう形で二人は特攻をしかける。


「ガルルルル!」


 二人の気配に気が付いた獣たちが、一気に起き上がり唸り声をあげた。暗闇の中で血走った目が光るのを確認して、カイは自身の足元に魔力を込める。


『「クレアシオン!」』


 それは、あの森で出会ったイリーナが魔法を使用する際に宣言した言葉だ。

 カイが魔力を込めて言葉を発すると、彼の足元には黄金に輝く魔法陣が描かれる。


 詳しい話をリプカに尋ねたところ、発動が苦手な魔法は先に陣を描いてから使うらしく、彼はそれを今から試すつもりなのだろう。

 その光源により、周囲が一気に明るくなると、その後方ではリプカが逃げ出す魔物を追い払うように、炎の壁を形成し終えたのが分かった。

 するとスレイがその光を元に、魔物の群れへと走っていく。


「これだけあれば、十分!」


 黒い刀身の剣を振るうその身のこなしは、やはり何度見ても素早くて無駄が一切無い。それに負けじと、カイも自分に飛び掛かってくる魔物を斬り捨てていく。


「っ!」


 群れの数について詳しく聞いてこなかったが、よく見るとそこには結構な数の魔物が居たようだった。十数匹だろうか、闇の中で赤い目が光っているのが見える。


 飛び掛かってくる魔物の爪を剣で受け止めたカイは、衝撃を受け流しながらそれを振り払う。魔物がその反動で地面に着地した瞬間を狙い、カイは剣をすかさず振り下ろした。その瞬間手ごたえが手の平に伝わり、魔物は動きを止める。


「次っ!」


 こちらの体力がなくなる前に、先に片付けてしまおうと、カイは走る。

 足元がぬかるんでいるせいもあり、なかなかに戦いにくい場所だ。

獣たちは爪があるおかげで、岩盤の上を滑らずに移動できているようだが、彼が普段履いている皮靴とはあまりにも相性が悪い。


「くそっ!」


 踏み込みが甘くなれば、すぐに切っ先を避けられる。その奥では、次々と魔物を倒しているスレイの姿があった。

 カイは一呼吸おいて自身を落ち着かせると、後方に飛びのいて獲物に狙いを定めた。


(出来るはずだ)


 彼が頭の中に描いていたのは、光の槍だ。自身が一度餌食になりかけたを試すことにしたらしい。 


カイが今扱える魔法は表魔法イニティウムと呼ばれる、属性そのものの力を操った魔法のみだが、一つだけ彼にはがあった。それは、魔力操作に関しては上手いという事。


継続した魔法の使用については、多くの実戦経験がまだまだ必要であるが、攻撃魔法に関してはリプカも「及第点」と言ってくれる程度には扱えるようになっていた。

それでいて、自称一般人を言い張る彼にあったは詠唱なしでそれを発動できるということ。


 そんなカイの動きを、リプカは後方で静かに見守っていた。


『「――光の槍ホーリースピア!!」


 カイの呼応に反応した魔力が、一瞬にして形を成す。すると、無数の光の槍が、天井から魔物を目がけて降り注ぐ。それはまさに串刺しだった。

 次々と血を流し地面に倒れていく魔物の様子に、カイはホッと息を吐く。

 そして最後の一体をスレイが斬り捨てれば、辺りは静寂に包まれた。


『終わったな』


 後方から聞こえてきた声に、カイが剣を手放すと、それは光の粒子となり消えていく。

 それと同時に、スレイが驚いた様子で声をかけてきた。


「実は相棒って、滅茶苦茶魔力持ってたりする?」

「は?」

「普通一般魔術って、1体を囲むのが関の山だったりするんだけどね」


 そう告げたスレイは、カイが倒した魔物の群れに視線を送る。そこに倒れていた魔物たちは、1体どころか8体ほど居た。

 カイよりも魔物を倒した数はスレイの方が多いが、瞬殺してみせたことに彼は驚いている様子だった。


「もしかして、あの時手加減されてた?」

「そんな訳あるか」


 スレイが口にした「あの時」とは、きっと濃霧に包まれた森での出来事を指していたのだろう。

 苦笑を浮かべながらそう言われてしまい、カイは即座に言葉を切り捨てる。

自分からしてみれば、魔法を使っている間に、それ以上の数を倒している彼の方がよっぽど、手加減をしていたように見えた。


カイの言葉を受けて「本当かな」なんて言っているスレイを無視して、カイは周囲に生き残っている魔物が居ないかを確認して出口へと向かう。その先には、地面に座っているリプカの姿があった。


『まだまだだな』

「……ぐ」

「手厳しいねぇ」


 リプカからすると、それで満足していては話にならないらしい。

 まあ、それもそうだろう。この中で一番の足手まといは誰かと言われれば、自分だからだ。

せめて自分の身はどんな状況でも守れるようにならなければ。故に、カイは何も言い返せない。

 

(これも、全ては鍵開け職人を目指すため)


 その努力が一体それの何に繋がっているのかを説明すると長くなるが、とにかくカイとしては、やれることをやった末に「役に立たない奴だな」と言ってもらえるアピールを守護天使セリカにしなければならず、今日もこの先に待つ自由の為に、悔しさを呑み込むのだった。





「――はい、これ」


 依頼主に魔物討伐の完了を伝え、証拠となる魔物の爪を渡してきたカイは、その報酬の一部を手にスレイに話しかけていた。その足元には、静かに様子を見守っているリプカの姿もある。

 報酬の入った袋を差し出せば、スレイは驚いたような表情を浮かべていた。


「え、なにこれ?」

「何って、報酬だけど」

「え、俺に?」

「俺より多く倒してただろ。はい」


 当然のことのようにカイが手渡してくるものだから、スレイは反応に困っている様子で目を見開いていた。まさか自分に、その報酬が回ってくるとは考えもしなかったのだろう。

 

「手伝ってくれて有難うな」


 食料調達に必要なお金稼ぎは、完全にカイ達の用事だ。今回スレイはそれに付き合ってくれたに過ぎない。それなのに、報酬が無いのはおかしな話だろうとカイは思っていたようだ。

だが本人は、礼を言われたことにますます調子が狂った様子で、口元を引きつらせていた。


「いや、別に要らないけど」

「とはいっても、お前の分だから」


 スレイが断っても、カイは手を引く様子がない。無言で差し出してくる姿に、やがて相手は折れた様子で袋を受け取る。


「……有難う」


 スレイの手に袋が乗せられれば、それは結構な音を立てる。どうやらあの一回でそれなりの金額が稼げていたようだ。

 どう反応すべきか困っている相手に、カイは思い出したように声をかける。


「使わないなら、お前が気にかけてた子供たちに何か買ってやれば?」

「! 気づいてたのか? なんだ、案外目ざといんだな」

「俺がというより、お前が分かりやすいだけだろ」


 カイはそう言って笑いながら、近くにいたリプカに視線を落とす。

 

「リプカも助かったよ、有難うな」

『ちょっとした準備運動になるかと思ったが、拍子抜けだったな』

「確かに、リプカにとっては役不足だったかもな」


 カイがそんな風にリプカと会話を始めてしまったものだから、スレイはそれ以上、報酬の話題を口に出すことは無かった。ただ小さく笑ってどこかへと歩き出す。きっと彼は、街の入口で花を売っている、小さな少女の元に向かったのだろう。


 共に旅をして少しだけ分かった事がある。それは、あの青年が意外にも子供が好きという事だった。

 カイとスレイの先ほどの会話は、その少女と、スレイのやりとりについての内容だった。

この町に初めて足を踏み入れた時に、スレイがその少女に声をかけられていたのだが、その時は宿を探す自分たちの予定を優先して、差し出された花を買う事を断っていたのだ。

 その時に見えた彼の表情が、あまりにも残念そうだったため、カイはその話題を口にしたのだった。


 その様子を見ていたリプカが、カイの肩に飛び乗って呆れた声漏らした。


『本人が不要だと言うのであれば、受け取っておけば良いものを』

「良いんだよ、あのお金はスレイが働いた分なんだから」


 確かに、これからも旅を続けるカイにとって、食料を調達するためにはお金が必要となる。だが、お金なら魔物を討伐するなり、道行く誰かの手伝いをして稼ぐ事が出来るのだ。

 それに、魔物討伐はカイの都合だったので、スレイの都合で少しばかり町に滞在しても問題ないだろう。

 何よりも、カイがあの戦いで倒せたのは十数匹のうちの8体だけ。そのほかは全てスレイが倒してくれたのだから、その分彼にお金を渡しても、何もおかしな話ではない。


「結局、魔物の半分はスレイが倒してたし」

『貴様が鈍いだけだろう』

「はぁ!? いやいや、向こうが早すぎるんだよ!」


 黒猫の何気ない言葉に、カイは素早く抗議を述べる。

 そんな黒猫とカイの空には、穏やかな青空が広がっていた。



 それから暫くして戻ってきたスレイの手には、少女が摘んだであろう花が大量に握られており、それを見たカイは少しだけ笑ってしまったのだった。

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