15 覚醒
突然の突風と共に、目前に迫る火球を風が巻き上げる。その突風は魔力の塊をいとも簡単に切り裂き、霧散させていた。
そして、風が目の前から消え去ると、その向こう側には真っすぐに敵と対峙するカイの姿があった。
『風魔法、だと!?』
リプカが驚いたように呟く。
それを目にしたルカは、一瞬目を見開くもすぐに不敵な笑みを浮かべて魔法を放った。
「今更その力に目覚めようとも、そのように魔力を酷使していては時間の問題だ!!」
その言葉と共に、時空の裂け目からは、次から次へと槍が降り注ぐ。
カイがそこから動けない事を知って、数で圧倒するように力を行使しているのだろう。
「っ!!」
一方のカイは、ただ夢中で目の前に迫る刃を、
(なんて数だ!)
すると、奥から何かに気付いたリプカが、慌てたように叫ぶ。
『――馬鹿者! 魔力を無駄に込めすぎだ!!』
その言葉通り、四方八方から放たれる刃を、力技で防ごうとしている影響で、障壁はカイの魔力を容赦なく吸い取っているようだった。その証拠に、彼の体には、魔法を酷使するせいで、刻印のような模様が肌の上に浮かんでいた。
すると案の定、カイの体は冷や汗をかき、自身の限界を訴えるように傷口から血を滲ませる。だが、それでも屈しようとしないカイの気持ちに呼応するように、刻印は輝きを放つと、目の前に障壁を張り続けていた。
『くそっ!』
ここにきてようやく、リプカが拘束から逃れる。黒猫は地面を駆けて走ると、カイを狙う事に集中している、ルカのがら空きの背中めがけて飛び掛かっていた。
『背中ががら空きだ!!』
「っ!? またお前か! 邪魔をするな!」
爪を立てて相手の無防備な背中に噛みつく。それによりバランスを崩したルカは、リプカを振り払いながら尻もちを着いていた。
振り払われた衝撃で、地面を滑りながら着地したリプカは、カイを背に庇いながら唸り声をあげる。
『
さすがのリプカも、気が立っているように殺気を放った。
そこで漸くカイが腕を下ろし、集中を解く。カイの目の前に張られていた風の障壁は、優しい風を巻き起こし霧散していた。
「っ……はぁ、はぁ……」
膝から崩れそうな体を、気力でねじ伏せて堪えたカイは、息を切らして猫と、それから地面から起き上がるルカを見た。
すると男は、そんな状況に立たされてもなお睨みつけてくるカイを目にして、失望したように自身の手を見下ろす。
「やはり、“この体では駄目”だな」
それはどういう意味だったのだろう。これまでルカの体を好き勝手に操っていたというのに、相手は急に興味を失ったように手を下ろしていた。
すると、何故かその様子を見ていたリプカが、激高したように叫ぶ。
『っ! それはどういう意味だ、まさか貴様!?』
「今更気が付いたのか、愚かだな」
猫と、ルカの体を操っている何者かが、そんな会話を交わす様子をカイはただ静かに見守っていた。
二人の会話の意味はよく分からない、正直彼にはそれを気にかける余裕がなかった。それよりも、自分の体の方がもう限界だったのだ。
(頼む、これで退いてくれ……)
これ以上の戦闘はもう無理だと、カイが歯を食いしばった時だった。
リプカと向き合っていたルカが嘲笑うように、猫を見つめた。
「――良いのか? よそ見をしていて」
『何が言いたい!』
唸り声をあげる黒猫を見下ろした相手は、ボロボロのカイたちとは裏腹に、凛とした立ち振る舞いのまま告げる。
「誰がいつ
その言葉が合図だった。
ひとたびに落とされた静寂の中を、ヒュンと風を切る音が走る。
『っ!!』
その音にリプカは素早くカイの方を見て飛び上がった。その音がした方向は、ルカの居る右斜め後ろからであり、放たれた一撃は、紛れもなくカイ一人を狙っていたからだ。
だが、それに気が付いていたのはリプカだけではない、カイ自身もまた、それを視界に捉え反応する。
(――やばい!!)
彼はとっさに音がした方向に手を翳して、風の障壁を作り、身を守ろうとした。
一方で、男はカイが魔法を使ったのを目にするなり、皮肉めいた声で笑う。
「良いのか、それで? ソレは、お前にとって“弱点”だろうに」
『――カイ!!』
その直後だった、カイの絶対的な守りを誇るはずの風魔法が、何かにより砕かれ、肩に衝撃が走っていたのは。
「……ぐ、ぅ……っ!?」
リプカがカイの体に重心をかけて飛びついてくれたおかげで、かろうじて急所は外れていたようだった。
バランスを崩したカイの体は、そのまま強く地面に叩きつけられる。
衝撃に息が詰まれば、カイの上に乗った猫はカイを狙った何者かが居る方角を睨んだ。
『何者だ!!』
「――まさか、避けられるとは思わなかった。猫の癖になかなかやるな」
死角から姿を現したのは、黒いフードを深くかぶった何者かだった。遠く離れた位置にいる影響で、顔を窺う事はできない。声の低さからして男だろうか。
その人物は手に弦を持ったまま現れた。ここで漸く、カイは自分の肩に弓の矢が刺さっている事を自覚する。カイの肩に突き刺さったそれは、まるで血で出来たような赤黒い形をしていた。
(弓……? どうして……?)
先ほどまで、カイを襲っていた一撃を全て防いでいたというのに、たった一本の弓に障壁が破られたのはどうしてかと思う。いくら魔力がスカスカとはいえ、一瞬であったならそれを防ぐことは可能だったからだ。
戸惑うカイをよそに、ルカの体を操る何者かは、狙撃した男が急所を外したことを咎めるように振り返っていた。
「何を遊んでいる馬鹿者」
「申し訳ありません……」
「まぁいい――潮時だ」
その言葉と共に、カイが視線を動かすと、男が戦意を喪失した理由が背後から現れた。
ボロボロのカイの視界に映りこんだのは、美しい金色の髪の毛。
「――……あぁ、目が覚めたんですね」
その人物を目にしたカイは眩しそうに目を細める。
そして、視界の中には凛とした姿の美女――フィリオールの姿があった。
「遅くなり申し訳ありません……もう、大丈夫です。後は私にお任せください」
その言葉と共に、カイの体が優しい白色の光に包まれる。それは聖魔法による
「……これ以上の戦闘を望むなら、私が相手となりましょう」
言葉と共に、杖を出現させて戦闘の意思を見せたフィリオールは、厳しい顔つきで二人を睨んでいた。するとそこへ、参戦するようにリプカが加わる。
『次は容赦しない』
それを見たルカは、隣に立った狙撃手の男を先に空間の歪に向かわせるように視線を送った。
「さすがに、王を相手では此方の分が悪い……行くぞ」
その指示に従い、空間の歪に足を踏み入れた男は、威嚇するリプカと、視線だけを向けているカイに軽い口調で手を振る。
「じゃあ、またね」
その言葉と共に、相手が姿を消せば、その場に一人になったところでルカは、リプカへと声をかけた。
「――やはり、使う体は選ばなければな
『貴様、一体何を知っている!!』
挑発するようなその台詞に、リプカが噛みつく。しかし、その答えを猫が得ることは無かった。相手は、ルカの体を開放したようで、力を失った彼の体は地面に倒れて動かなくなる。
辺りに静けさが戻れば、猫は舌打ちをして背後を振り返った。
『おい、生きているか小僧?』
「……なんとか」
「あぁ、安静にしていてください。今は傷を癒さなければ」
黒猫の生存確認に、かろうじて答えたカイは、フィリオールが振り返ったのを見て、起き上がろうとする。しかし、彼女はそれを制すると、更に魔力を込めて祈った。すると、カイの体を包んでいた光が、さらに熱を持ち体を包み込む。
『この矢、一体どういうことだ?』
「……これは――……」
(あぁ、もう駄目だ……)
視界の中で猫と王が真剣な話をしているのが見えるが、次第に強い眠気に襲われて、カイは静かに意識を手放すのだった。
***
『おーい、もしもーし?』
『……』
遠くから誰かの声が聞こえてくる。だが、カイは一向に目を開けようとはしない。
せっかく心地の良い眠りに包まれているのだから、もう少しだけ寝かせてくれと思う。だが、その声の主は、カイの気持ちなど気にもとめずに更に話しかけてくる。
『ボクの声、聞こえているだろう? ほらほら、そろそろ起きて、起きて!』
『うーん……』
外からの呼びかけがあまりにもしつこいせいで、仕方なくカイは目を開けることにする。
心地良い微睡から目を開けると、そこには眩しい光があった。光はどうやら、カイに話しかけていた人物の背後から射し込んでいるらしい。
(何だ……?)
ぼやける視界の中で、よく目を凝らすと、次第に視界が定まってくるのが分かる。
逆光の中で、シルエットだけが見える人物は、腰に手を当てて呆れたような声を漏らしていた。
『もう、寝坊助だなぁ』
その声の人物は、こちらへゆっくり歩み寄ってくると、至近距離まで顔を近づけてくる。
そこに見えたものは、翡翠色の瞳だった。しかし、その目には菱形の模様が描かれていた。
『目が覚めた?』
首を傾げたその姿に、カイは見覚えがあった。それと同時に、何故相手がそこにいるか分からずに混乱する。
『あなたは……』
『――良かった、目が覚めたみたいだね。初めまして、カイ・エレフセリア』
そこにいたのは、色素の薄い緑色の髪をした少女だ。少女と言っても、知らない誰かではない。
カイにはその姿に見覚えがあった。何故なら、大聖堂でその姿を見ていたからだ。
『ボクのこと、分かるかな?』
『……セリカさま?』
『うん、そうだよ』
カイの言葉を肯定した相手は、あの聖堂に祀られている像そのものの相貌でそこに立っていた。
肩あたりまで伸ばされた髪の毛に、毛先が濃い緑色をしたグラデーション。
真っ白な肌は、白く透き通るように綺麗で、カイよりもずいぶん小柄だ。
ローブを思わせる肩を隠した布地に、薄い胸元を隠す白い布。どうやらそれには、金の刺繍が施されているらしい。
腹部に至っては肌を曝け出すように守るものがなく、全体的に露出が多い印象の衣を身に纏っているようだった。
そんな彼女の腰には、短い印象を受ける短パンと、太ももを覗かせた長い靴下が足首までを覆っていた。
『――漸く話せたね。嬉しいよ、こうしてキミに会えて』
微笑を浮かべるその姿は、可愛らしさを思わせる顔立ちだが、人は高次元の存在を前にすると、言葉を失うのだと理解した。
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