7 聖騎士の出立

(何かどっと疲れた1日だった……)


 時刻は夕方。窓から見える景色はすっかり茜色に染まっている。

 大聖堂での出来事を終えたカイは、城の一室で体を休めていた。


 この部屋は、カイが召喚されてから、王国側が用意してくれた場所である。

 一人で使うには十分すぎる広さの空間には、大きなベッドと必要最低限の家具が置かれていた。カイが不在の間に、城の従者が清掃を済ませてくれたようで、ベッドからは洗剤の良い香りが漂う。

 そこに仰向けて倒れこんだカイは、眉間に皴を寄せて目を閉じた。


(それにしても、王様を俺が助けるなんて出来るのか?)


 自身の持つ力の秘密を聞かされる事となった彼は、今から4日後に王と謁見する手筈となった。詳しい事情はその時に説明があるらしく、今はまだ何も分からない。


 白の王と呼ばれる人物に、カイはまだ一度も会ったことがなく、話によればその人物は女性の王様で、名前を「フィリオール・ディア」と言うらしい。ハメルの説明によると、彼女は命の危機に瀕しているらしく、あまり時間が残されていないという説明だった。


 聖騎士であるルクスがこの国を発てば、晴れて自由の身だと考えていただけに、任された大役はあまりにも荷が重い。

 そもそも、カイが扱える能力は現状鍵開けスキルだけなのだ。それでどうやって王を救えば良いのかも、よく分からない。


(あー、頭が痛い!)


 理由は慣れないスキルを連発したせいか、それとも自身に課せられた使命の重さのどちらが原因だったのだろう。

 いくら考えたところで、どうせ自分にできることは無いのだと、考えることを諦める事にする。


(そういえば、ハメルさんはあんなこと言ってたけど、ステータスはどうなったんだ?)


「ステータスオープン」


 物は試しだとばかりに、空中を撫でる。するとそこには、これまでにない変化が現れているようだった。


 名前:カイ・エレフセリア

 職業:守護天使

 レベル:000

 固有スキル:解錠

 スキル説明:『原初の鍵』により、解呪/解錠/様々な縛りを解くことが可能

 保有属性:風/聖

 レベルアップまでの経験値:0


「なんだ、これ?……属性が追加されてるし、これまでと表記が違う!?」


 俄には信じ難いが、自身の情報を纏めたそれには、他にも見覚えがない項目が追加されているようだった。そして、一番認めたくなかった「守護天使」の文字をそこに発見して、すぐさま画面を閉じる。


(もう訳が分からん……)


 これまで何度ステータスの変化を望んだか分からないが、これほど嬉しくない変化はないだろう。

 これにより、完全にカイは一般人としての生活が望めない事が確定したからだ。


(これは誰にも見せられない)


――これからは不用意にステータスを開くのをやめよう。


 そう心に誓った彼は、疲れた体を休めることに専念して、眠りにつくのだった。



 ***



 その日、王国はひときわ大きな賑わいに包まれていた。

 右を見ても、左を見ても、人、人、人。快晴に包まれた街の中では、皆が笑顔でその時を待ちわびているようだった。


(凄い人の数)


 今日は聖騎士であるルクスが、初めて民衆の前に姿を現す日である。街の人たちは、そんなルクスの姿を一目見ようと集まっていたのだ。

 巷では「優秀で見目麗しい聖騎士が誕生した」という噂が飛び交っているらしく、身なりに気を遣った若い女性が多い印象を受ける。


 目的の場所へ、やっとの思いでたどり着いたカイは、その集団が現れるのを楽しみに待った。


「聖騎士様のお名前って知ってる? ルクス様って言うらしいよ!」

「知ってる、知ってる! 何でも、すごく優秀なんだって!」

「どんなお方なのかしら! 楽しみだわ」


 待っている間に、色々な人々の会話が聞こえた。


「聖騎士様が聖域を浄化してくれれば、魔物の被害も少しは収まるって噂だ。これで街への道中が安全になるらしいぞ!」

「最近、魔物が狂暴化したり、大変だったもんな」


 周囲の人々は、よほど彼を待ちわびていたのだろう。


「他の地域では水が枯れてきてるって噂よ、その人たちもこれで一安心ね」

「えぇ、これも全てセリカ様のおかげだわ」


 召喚の儀式は「守護天使セリカの力を借りて行っている」という認識が街の人々にも伝わっているのだろう、時には空に祈りを捧げる人の姿もあった。


 これだけ人が多ければ、ルクスが自分に気が付くのは難しいだろう。選定の儀式が終わった直後に、見送りに行くと約束したので来てみたものの、思うよりも周囲の熱気は凄い。


(ま、いっか。気付かれなくても俺が見送りたいだけだし)


――あれから随分と時が経った。


 今となっては、切磋琢磨したあの日々が懐かしい。

 共に励まし、支えあい、時には本音でぶつかったりもしながら過ごした日々だった。

 少し前まで隣にいた友人が、今はこうして多くの人を期待に染めていると考えると不思議な感覚になる。


(やっぱり、すごい奴だ)


 自分とは大違いなのだと、改めて自覚させられる。やはり自分は人の中に紛れて、可もなく不可もなく、平穏に生きていくのが相応しい。


(――やめよう、今は考えても気分が重くなるだけだ)


 一瞬、この後控えている出来事を思い出しかけて思考を切り替える。今はルクスを盛大に見送る事だけを考えようと、カイは顔を上げた。すると、遠方の方からひと際大きな歓声が上がる。


(来た!)


 遠くからやって来たのは、紛れもなくルクスと共に旅をする仲間たちのようだった。人数は彼を含めて5人ほど確認できた。

 遠くから現れたルクスは、教会から託された聖騎士の服を身に纏っているようだった。

 白を基調とした服には、ファティルの紋章が胸に刻まれており、遠目からでも特別な魔法がかけられているのが分かる。陽光を受けた亜麻色の髪が風と共になびき、まさに聖人のような雰囲気を感じられた。


 今回、聖騎士に与えられた使命は、瘴気に覆われた「聖域の浄化」という内容だ。

“聖域”と呼ばれる場所は、6つの国にそれぞれ1つずつ存在し、そこには生命の樹へと繋がる『枝葉』があるとされている。

 近年、そこが原因不明の瘴気により汚染を受けているということで、彼はその浄化作業へ向かうのだ。


 聖域の汚染により、大地が枯れ、魔物が凶暴化したりしているらしく、先ほど民衆の人々が会話していた内容がそれだった。

 その問題を解決して、世界を救うことが彼に与えられた『役割』なのだ。


(なんかぎこちない顔だな、それもそうか)


 その異変に気付けたのは、この中では恐らく、彼をよく知る自分だけだろう。ルクスの周囲を囲むように歩いている仲間たちも、きっと気が付いていない。


 緊張と重圧、そんな幾重もの重たいものを背負い彼は進んでいるのだ。


 到底二十歳前の青年に背負わせるものではない。ましてや彼は異邦人、この世界の都合など知らないと言ってしまうこともできたのだ。

 だが、彼はやりきって見せると自分に誓った。だからこそ、周囲の期待全てを笑顔で受け止めて歩いていくのだ。

 

 そんなルクスの姿にカイの胸が熱くなる。気が付けば、周囲の人たちに負けじと手を振っていた。


「頑張れ、る――……聖騎士様!」


 危うく名前を呼びそうになり、言い換える。すると、その声に反応したようにルクスが振り返った。

 完全に目が合う。


「――……」


 まさか相手が此方を見るとは思ってもいなかったので、間抜けな表情を浮かべてしまう。すると、そんなカイの顔を見たルクスが、ふっと息を吐くように笑い、軽く手を振ったのが見えた。

 そして、その光景を見た周囲が一斉に騒めく。


「聖騎士様が笑った!」

「誰かお知り合いが居たのかしら?」

「もしかして、例のもう一人のお方だったり?」

「え!? どこどこ!?」


 ルクスが先ほどまでの笑みとは明らかに違う表情を浮かべたせいで、周りの視線が聖騎士から民衆の方へと向けられる。


(やば……)


 公では、もう一人の聖騎士候補がカイだったという事実は伏せられているので、顔が知られている事はないが、このままでは特定されかねない。

それに気づいたカイは慌ててその騒ぎから離脱する。

 幸いカイを追いかけてくる者の姿はなかった。


(良かった、誰もついてきてない)


 そうして逃げるように裏路地へ体を滑り込ませれば、疲れが波のように押し寄せてくる。


(……流石に疲れたな)


 帰ったら城で体を休めようと考えて、カイは歩き出す。

 表通りが人で溢れている分、日の光が当たりにくい路地裏は随分と閑散としていた。

このまま、ここを通って城に戻ることを考えていると、石畳で作られた足元に何かが落ちているのを見つける。


「……ネコ?」


 そこにあった黒い物体は、どうやら猫だったらしい。毛色が真っ黒だったせいで、一瞬何か分からなかった。

 地面にぐったりと横たわる姿は“寝ている”というより、“落ちている”に近い印象を受ける。

 相手を驚かさないように、ゆっくりと歩み寄ってみると、四肢を投げ出している猫は、ところどころ土埃で白っぽくなっているのがわかった。


「おーい……」


 小声で話しかけてみるものの、目が開く様子はない。毛色が黒いため分かりにくいが、怪我があるようにも見えない。


「死んでる……なんてことはないよな?」


 念の為、触ってみたが暖かかった。浅い呼吸を繰り返していることから、もしかしたら意識がないのかもしれない。


 流石に道の真ん中に転がるそれを無視するわけにもいかず、カイは自身の着ている上着を脱いで、猫を包むことにする。移動の途中、飛び起きた猫が暴れるのを警戒したためだ。


(城に帰れば何かしらご飯もあげれるだろうし、安全な場所で休ませれば元気になるかも)


 そうしてカイは猫を大事に抱えると歩き出す。


「怒られたら謝ろう」


 城の人に見つかって怒られたら、その時はその時だと呟いて。

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