4 魔力適性検査

 補佐官に連れられてカイが訪れたのは、国を挙げたまつりごとのときに利用される大聖堂だった。庭園からその場所へは、城の中を経由して少し歩いた場所にある。

 王城に隣接して建てられたそれは、街の人たちが気軽に立ち寄れるような場所となっているようだった。だが、今日は少しだけ違ったらしい。


「人払いは済ませてあります。大神官様がもうすぐ来られますので、どうぞ中でお待ちください」

「……分かりました。案内してくださり、有難うございます」


 てっきり、世間話をするために自分を呼びだしたのかと思っていたカイは、反応が遅れる形で目を丸くする。

 案内された建物の中は補佐官の言葉通り、誰の姿もなかった。カイを呼び出したはずの大神官も、まだ到着していないらしい。

 行事以外の時は、人の出入りに制限をかけていない場所なので、わざわざ人払いを行ったとあれば、内密で話したいことがあるのだろう。この様子からして、急いで彼を呼び出したのかもしれない。


 カイを呼びに来た補佐官は目的だけ伝えると、聖堂の外で待機するらしく、扉を閉めてしまう。


(人に聞かれて困る話って、何かあったか?)


 一応考えてみるものの、心当たりが全くない。

 聖騎士の件はルクスで決定だし、彼が出立する日数も三日後のはずだろう。それが少し早まった、という説明だろうか。


(……ま、いっか。ハメルさんを待とう)


 一瞬だけ思考を巡らせるが、すぐに集中が切れた様子だった。どうせ本人もすぐに到着するらしいので、奥の方で大人しく待つことにする。

 とはいえ、ただ待っていても暇だ。

せっかくなので、建物一つが美術品のように美しい大聖堂の中を、ぐるりと見渡すことにする。


「――それにしても、何度来ても迫力のある建物だな」


 カイがこの場所に足を踏み入れるのは、これで三度目である。

 特にそう思えるのが、祭壇の中央上空に飾られている天使の像が原因だろう。

 女性という噂の天使は、背中に六つの翼を背負い、微笑を浮かべ地上へと舞い降りる姿が描かれていた。彼女は、この世界を守る守護天使である。この協会は、その天使を祀っている場所でもあった。


(確か、セリカ様……だったっけ?)


 名前についてぼんやりと浮かぶものの、彼女についての情報はあまり印象に残っていない。それは別に、カイの記憶力が乏しいせいだとか、彼女に興味がないだとかそういう理由ではない。それ以外に、随分と興味深い話を聞かされたせいだ。


(そういえば、俺のいた世界と、この世界は交わらない並行な関係で存在してるんだよな?)


 それは、世界の在り方についての話だ。

 この世界には、数えられないほど多くの“交わることがない世界”があって、それらは見えない壁により均衡が守られているというのだ。

 ではなぜ、ここの住人がそんなことを知っているのかというと、それは『生命の樹』と呼ばれる大樹から得られた情報であるということだった。


 生命の樹とは、世界にとって心臓と呼ばれるものであり、それが枯れてしまうと、生き物は全て息絶えると言われている、とても大切なものだ。

 それをこの世界の住人たちは古くから研究し、観測し続けてきたことで、生命の樹が並行世界それぞれにあることや、その根元が全ての世界に繋がっている真実にたどり着いたのである。だからこの世界は、自分たちのいた世界よりも文明が進み、異世界から人を召喚するなんて芸当ができたのだ。


(最初それを聞いた時は、絶対にヤバい集団だと思った)


 そもそも考えてみてほしい。急に訳の分からない場所に転移させられて、やたら対応よくされたら、絶対に「何かの罠だ」と疑うはずだ。しかも彼らは「一度世界の垣根を越えてしまうと、二度と元の世界には帰れない」なんて言うのだ。

 話だけ耳にすれば誰だって危ない組織だと思うだろう。

 だが、気が付けばそんな世界にやってきて、もう三ヶ月が経っていた。


(この世界に来たときはどうなるかと思ったけど、ジルドさんのおかげでスキルの使用が出来ることも分かったし、何とか仕事を見つけて生活していけそうだ)


 思うようにうまくいかずたくさん苦労したが、初めてスキル発動が出来たおかげで漸く自分の中で進むべき方向が定まった気がする。


(もしかしたら、これはセリカ様からの贈り物だったり……なんて、それはないか)


 そんな風に一人考え事に耽っていれば、ようやくカイを呼び出した張本人がやってきた。


「――お待たせしてしまい、申し訳ありません」


 謝罪と主に表れた男――大神官ハメルは、珍しく息を切らしている様子だった。


「数日ぶりになりますね、お変わりありませんか?」

「はい、皆さんには本当によくしていただいてます」

「それは良かった……実は、少しお話があってお呼びしたのです」

「はなし、ですか?」


 カイの予想通り、やはり何か折り入った話があるようだった。


「実は……城の者が偶然、その……カイ様が光の鍵を手にする姿を目にしたと申しておりまして……」

 

 光の鍵とは、さきほど使ったスキルのことだろうか。魔法を扱う事が出来ないカイには、それしか思い当たるものがなかった。

 まさか、庭園での出来事を誰かに見られていたとは思っておらず、驚く。

 そういえば、スキルのことは誰にも説明していなかった事を今更ながら思い出した。

 カイは是とも否ともならない代わりの質問を投げかける。


「……それが、どうかしましたか?」


 質問に質問を返したカイに、ハメルは嫌な顔ひとつせずに答えた。


「いえ、少し確認をさせていただきたかったのです」

「そう、なんですか……光の鍵の件は事実だと思います」

「――っ! では、カイ様は光の鍵を扱える、ということで間違いないでしょうか!?」


 随分前のめりの態勢だ。その迫力に圧し負けたカイが距離を保つように後退あとずさる。するとハメルは、我に返った様子で謝罪を口にした。

 その反応から見て、よっぽど期待する何かがそれにはある、ということだろうか。

 質問の本質が分からないまま、カイは怪訝そうに答えた。


「扱えるかは分からないですが、一応鍵開けのスキルは先ほど使っていました……もしかしたらそれのことかもしれません……それが何か?」

「あぁ、なんと……! もし、それが事実であるなら、魔力適性の検査をさせていただきたいのです!!」

「魔力適性……ですか? それなら、ここに来た初日に行ったと思うのですが……?」


 神にも祈りそうな勢いで喜ぶハメルに、ますます訳が分からなくなる。

 カイが尋ねた言葉通り、魔力適性検査なら召喚された初日に、聖騎士となった彼と共に行ったからだ。

 共に受けた検査で彼は七つある属性のうち、五つの適性が見つかっていたのが懐かしい。一方の自分はと言うと、説明するまでもない。

 そんな苦い記憶である。


「いえ、あの時に検査をしたものとは少し異なる属性を調べさせていただきたいのです……もしかしたら、我々はとんでもない勘違いをしていた可能性があるのです」

「……?」

「どうぞ、こちらへ」


 案内されるまま、ハメルの後に続けは、彼は祭壇の前で天使の像に祈りを捧げると、神官服の裾から随分と古い書物を取り出す。それでいて本には鍵がかけられているようだった。古いわりに形が保たれていたのは、きっと魔法がかけられていたからだろう。

 表紙に書かれている文字はカイには解読できなかった。恐らく昔の人たちが扱っていた言葉なのだろう。


「これは、我が協会に古くから伝わる書物です。一体いつの時代から存在するかも不明で、見ての通り、これには不思議な魔術が施されております。我々が長い間調べて分かったことは、この書物には闇魔法がかけてあり、誰も中を開くことが適わなかった、ということです」

「闇魔法、ですか――あぁ、つまり、これを俺に開けてほしい、ということですか?」


 ようやく、ハメルが興奮していた理由を理解する。庭園での出来事を誰かが見ていたのなら『鍵を開けて貰えるかもしれない』と思ってもおかしくない話だからだ。

 それほど長い間大切にされてきたのなら、よっぽど重要な何かが記載されているのかもしれない。

 だが、それと同時に疑問にも思った。


「……え、でも、魔力適性の検査と、この鍵を開ける事に何の繋がりが?」

「それは……もしも開けることが可能だった際にご説明します」


 なるほど、つまり今はとにかく実力を示せということか。

 すっかりこの世界のシステムに馴染んでしまったカイは、目の前にある古びた本をまじまじと凝視する。


(急に責任重大になった気がする……)


 まさかここにきて再び検査を受ける羽目になるとは。

 カイの表情に緊張が宿る。それを見ていたハメルは、ようやくいつもの穏やか笑みを浮かべた。


「どうぞ、肩の力を抜いてください」

「……ちなみに俺が失敗した時、本は大丈夫なのでしょうか?」

「本に傷が入る事は決してありませんのでご安心を」


 その言葉を聞いて、安心する。

 スキルを使用できるようになって、連続で鍵開けを依頼されるとは思わなかったが、良い練習だと思うことにする。


「じゃあ、始めます」


 途端に真剣な面持ちへと切り替わったカイの瞳は、ハメルが手に持つ本へと注がれるのだった。

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