3 解錠
「待たせてしまいましたな」
「いやいや、全然待ってませんよ。寧ろ取りに行かせてしまい、すみません」
「何を仰られますか、鍵開けをお願いしたのは自分の方ですぞ」
カイの申し訳なさそうな言葉に、ジルドが首を横に振る。
土だらけだったはずのジルドの手は、いつの間にか綺麗になっており、そこには小さな箱が握られていた。
大切そうに運ばれてきたそれは、長方形の形をしており、随分年季を感じさせる。細かい装飾が施されていたようにも思えるが、外観はすり減り一部の飾りだけが残っているようだった。
「カイ様にお願いしたいのは、このオルゴールのカギを開けてほしいのです。もう長いこと中を見ておらず……」
「分かりました、開けられるか分かりませんが試してみます!」
きっと相当大切にしてきたのだろう。
外観の劣化の意味を理解した途端カイの中にやる気が満ちていく。
渡されたオルゴールは見た目に反して、少し重たかった。箱の中身が精密な仕掛けにより作られていたからだろう。
ツルっとした質感の箱を大事に受け取ると、カイは思い出す。聖騎士試験の時に目にした光景を。
(確かあの時もこんな感じで……)
これまで魔法を扱ったことは一度も無かった。だが、聖騎士試験を受けた時に、どんなふうに魔法は扱うものなのかを嫌というほど、目にしてきた。
記憶の中で教師となるべき相手の動きをお手本に、息を整える。
目の前にあるジルドの視線が突き刺さるように向けられて、少しだけ緊張する自分がいた。
『魔力を込めれば、自然と頭に呪文が浮かぶ、それを口にするんだ』
自分にはない感覚だった。以前そのことを教えてくれた相手は、そんな事を言って優しく笑っていた。
スキルの意味を考えて、鍵を開くイメージを連想する。
集中するように、カイが箱の鍵穴を凝視すれば、手のひらに魔力が集まっていくのが分かった。
(――いける)
これまでにない感覚に、カイは自分の中でそう確信を得る。すると、集束する光の集まりが、その気持ちに応えるように何かを描く。それはやがて、見たことのない鍵の形を作り出していた。
「これは、一体……?」
ジルドが驚いたような声を上げるが、集中しているカイの表情は変わらず、一点だけを見つめていた。
ここにきて何故、スキルが扱えるようになったのかは分からないが、今は余計な事を考えている余裕はない。固まった魔力の塊が霧散してしまわないように、緊張の糸を張りつつ、震える手で光の鍵を穴へと差し込む。
手のひらに伝わる感触に、違和感はなかった。
『「――“汝よ、開け!”」』
そして、脳裏に浮かんだ言葉を復唱すると、思うよりも冷たい声が漏れた。それが合言葉となったように、鍵を回しこめば、カチッという金属音と共に、箱が僅かばかり口を開く。
「……でき、たのか?……開きました……開きましたよジルドさん!! 中は、中は確認できますか!?」
興奮気味にカイが叫んでジルドを見る。
カイの手に握られていた光の鍵は、いつの間にか役目を果たしたとばかりに散り散りに消えていた。
差し出された箱を受け取ったジルドが、緊張の面持ちでゆっくりと蓋を開く。
「あぁ、これは……」
「……?」
懐かしむような声だった。ジルドの手元を覗き込むようにカイが動けば、箱の中には幸せそうに微笑む若い男女の写真がある。もしかしたら、そこに映っているのはジルドと、彼に関わる誰かだろうか。
オルゴールと言うだけあり、メロディーを奏でる仕掛けが施されているのが分かる。ネジ式のゼンマイを、ジルドがゆっくりと回せば、耳を打つ心地の良い音楽が聞こえた。
「良かった……オルゴールも無事に動くみたいですね」
耳を澄ませてその音色を確認したカイは、ホッとしたように肩を撫でおろす。
スキル使用の影響で一体どんな副作用があるか分からなかったからだ。
カイが安心した様子で、笑えば、感極まったようにジルドが声を震わせた。
「っ!――ありがとう、ありがとうカイ様!」
「い、いえ!」
彼にとって、それはよほど大切なものだったのだろう。中から出てきた写真を手に取ったジルドは、そこに映る女性の話を少しだけ教えてくれた。
「これは私たちが若いころの写真で……数年前に妻が亡くなったあと、遺品の中からこれを見つけまして、けれど、肝心な鍵が何処にも見当たらず……私が生きている間にこの中を拝める日は無いと諦めておったのですが、おかげで漸く中を見ることができました……本当に、感謝します」
「そうだったんですね……でも良かったです、それに、お礼を言うのは俺のほうですよ。ジルドさんが声をかけてくれなかったら、きっと一生このスキルを使う事はなかったでしょうから、俺に大切なものを預けてくださり有難うございます」
カイのお礼を受けて、ジルドはふと、思い出したようにズボンの中から何かを探し始める。
「おぉ、そうでした!……カイ様にお礼を渡そうと思いまして……」
そういってポケットから出てきた彼の手には何かが握られているようだった。疑問に思いつつもカイはそれを受け取ってみる。すると、手のひらにはずっしりとした重たい何かが乗せられた。
「――え!? これ、お金ですよね? 受け取れませんよ!」
しかも、そこにあるのは金色の硬貨が五つ。どう見ても、鍵一つ開けたくらいで貰える報酬ではない。それがあれば、カイの元いた世界なら、高級な牛肉が数皿食べられるだろう。
受け取ったお金をすぐさま返そうとするも、ジルドはそれを拒んでしまう。
「そう言わずに、ほんの気持ちですので」
「そんなわけにはいきませんって!」
きっと最初から、鍵開けに成功したら渡すつもりだったのだろう。ジルドは欲のないカイを諭すような声をかける。
「それはカイ様が受け取るべき報酬です。私が庭を綺麗にすることで報酬を得るように、私には私にしかできないことがあり、カイ様にもカイ様にしかできない事があるのです。先も申し上げたように、私はこの中身を一生確認することは出来ないと諦めていたのですよ」
(ってことは、もしかして……別の職人に一度解錠を頼んでたのか?)
精密機械を自由に操ろうとすれば、それだけ繊細な魔力操作能力が必要になる。もしかしたら、他の者では壊してしまう可能性があったのかもしれない。今回カイの鍵開けが成功したのは、その能力に特化した固有スキルだったからだろう。
それだけジルドにとって、カイが成したことは大きな事なのだ。
「……分かりました、じゃあ3枚だけ受け取らせてください。お礼なら俺も言うべき立場にありますし」
「――分かりました、ではそのように」
「本当に有難うございます、ジルドさん」
「お互い様ですぞ」
やはり、人生の先輩というものは凄い。改めてそう感じたカイがその横顔を眺めていると、ふと誰かに声をかけられる。
「――お取込みのなか申し訳ありません、大神官様よりカイ様をお連れするようにとの指示を受け、お迎えに参りました」
「ハメルさんが、ですか?」
振り返った先には、見覚えのある人物の姿があった。彼は確か、自分がこの世界に召喚された時に、色々と詳しい説明をしてくれた大神官の補佐を務めている人物だった気がする。
大神官から呼び出されたとあれば応じないわけのもいかず、カイはジルドに声をかける。
「という事なので、それじゃ、俺行きますね」
「えぇ、またいつでも庭園に足を運んでくだされ」
「はい! また来ます」
ジルドに見送られたカイは、そうして補佐官と共に庭園を後にするのだった。
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