1 カイ・エレフセリア

「はー、いい天気だな」


 聖騎士選定試験が終わりを迎えたのが、今から三日前。カイ・エレフセリアにとって大きな出来事が幕を下ろし、その姿は現在、白の王国――ファティル――の王城内に存在した。


 彼らが召喚されたこの大地は、セオレム大陸と呼ばれる場所にあり、6つの王国により維持されている。

 緑豊かな土地として有名なこの地は、白の王国と呼ばれ、一人の女王を筆頭とした組織で形成されていた。ここは、その女王が住まう城の一角にある庭園と呼ばれる空間だ。


 役目を終えたカイは現在、休養をとる指示を受け、つかの間の時間を過ごしていた。


 最初は自棄になって受けた試験だったが、この世界の一部を旅した事により、今では良い経験だったと言える。共に切磋琢磨した聖騎士の彼は、とても良くできた好青年だったし、この世界について説明をしてくれた大神官は、カイの姿を城で見つける度に挨拶をしてくれている。

 今ではすっかり、ここでの生活に馴染んでいた。

 

 そんな彼の今後の課題は、この世界でどうやってお金を稼ぎ、生活をしていくかにあった。


(改めて、これからの事を考えないとな)



 聖騎士となったルクス・グラディウスが今から三日後に国を発つらしく、カイの休養もそれに合わせて言い渡されている。

 晴れて一般人に返り咲けたのは良かったが、彼にとってこれから重要なのは今後の生活だった。


 聖騎士試験のおかげで、一応自分の身を守れるようになっていたが、冒険者と呼ばれる人々と比べれば、カイの実力は下の下と言えただろう。


「ステータスオープン」


 それでも相当な鍛錬を繰り返してきたのだから、何か一つでも変わっていないだろうかと、自身の基礎情報に目を通す。

 元の世界に居た時も存在したものだったが、この世界に来てから随分とこの画面を観察するようになった。


 名前:カイ・エレフセリア

 職業:文字化けしていて読めない

 レベル:000

 固有スキル:解錠

 保有属性:

 レベルアップまでの経験値:0


 他の者たちとくらべ、あまりにも表記が少ない。だがそれは、紛れもないカイの実力だった。

 彼が試験中どれだけ戦闘訓練を積んでも、変わらなかったレベルの結果だけがそこにある。そしてすぐに画面を閉じる。


「はぁ……せめてスキルだけでも使えたらなぁ」


 固有スキルの【解錠】は、カイがこの世界に来る前から持っていたスキルだ。しかし、彼は前の世界でその能力を発動できたことが一度もない。

 そもそも、この世界に来てもカイが扱えたのは、教えて貰った基礎的な剣技だけ。魔法の『ま』の字も扱えなかった彼に出来る事と言えば、簡単な魔物退治か、体を動かす仕事といったところだろう。


(そもそも、解錠ってなんだよ)


 鍵でも開けるスキルなのかと一人考え込んでいると、遠くから耳馴染みのある声が聞こえてくる。


「おぉ、カイ様ではないか。今日も散歩ですかの」

「……? あぁ、ジルドさん。こんにちは」

「こんにちは」


 カイが顔を上げると、視界の奥からは白い髭を生やした老人が歩いてくる。白色の髪を後ろで一つに束ねているその人物は、ニコニコと笑っていた。


 城の中でカイに声をかけてくる人物はそう多くない。

 立場的に異世界からやって来た、という事もあるし、今の彼は周囲からすると『聖騎士になれなかった方』という扱いなのだ。厄介者扱い、というよりは少し気の毒な人物という立ち位置に近かったのかもしれない。だから、こうして自分に声をかけてくれる人材は非常に貴重だった。


「今日は何をするんですか?」

「今日は花壇の草むしりですよ。ここ数日、天気が良いから伸びが早くてなぁ……」

「じゃあ、俺も手伝っていいですか?」

「手が汚れてしまいますぞ」

「構いません」


 ジルドがカイに親しくしてくれるようになったのも、こんな風にカイが汚れ仕事を嫌がらずに手伝ってくれていることが理由の一つだろう。

 花壇の前でしゃがみ込んだジルドの元へ、カイが近寄っても「好きにしなさい」と笑ってくれている。

 赤、青、黄色。色とりどりの花が植えられた場所では、優雅に空を舞う蝶の姿が見えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る