不適合者は謳歌する

猫兎 夏奈

序章:白の王国-ファティル-編

プロローグ

 王都にある大聖堂の鐘が時刻を告げる。本日は快晴、白い鳩が青色の空を横切る中、そこではある儀式が行われていた。

 細かい装飾の施された建物の中には、ステンドグラスから降り注ぐ陽光が、美しい虹色を放ち、降り注ぐ。その光景はまるで、この神聖な儀式を神様が祝福しているかのよう。

 祭壇を背にした神官と思わしき男が口を開く。


「――此度の聖騎士試験、お疲れ様でした」

 

 男の前には、こうべを垂れて跪く二人の姿があった。年は二十代手前といったところだろうか。

 質の良いシルクに身を包んだ大人たちが固唾を飲み見守る中で、今この瞬間一人の聖騎士が誕生しようとしていた。


「ルクス・グラディウス及び、カイ・エレフセリア。まずはよくぞ無事に帰還しましたね」


 ルクスと呼ばれた青年と、カイと呼ばれた青年はその言葉に答えるように深く頭を下げる。

 前者の方は、亜麻色の髪が印象的だ。好青年を思わせる顔立ちに、襟足まで伸ばされた髪が動きに合わせて揺れる。

 白を基調とした服に、黄色の刺繍が施された、まるで騎士服を連想させる衣装が、この神聖な場所に良く似合う。

 一方のカイと呼ばれた青年は、深い藍色の短い髪の毛をした見た目で、落ち着いた黒が良く映える。先ほどの彼が騎士なら、こちらは魔導士と言った雰囲気だろうか。陰と陽を強調する二人の服装は対極的で、けれどこの空間にはよく馴染んで見えた。


 神官が真剣な視線を二人に向けると、儀式の本題である選ばれし者の名を口に出す。


「――この三月みつきに渡る活躍、しかと見届けさせていただきました……我が国ファティルのしきたりによって選定されたのは、ルクス・グラディウスとします!」


 おぉ! と歓声が上がる。その瞬間、選ばれたであろう青年がゆっくりと顔を上げて立ち上がった。


「――有難うございます」


 言葉と共にルクスの正義感溢れる紫色の瞳が、歓喜と安堵の色を宿す。それもその筈だろう、彼らは約三ヶ月の時間をかけてこの日を迎えたのだから。

 この世界に異邦人として召喚されたのが約三ヶ月前、右も左も分からない状況の中で始まった試験に打ち込むこと暫く、これが始まりでありながらも、ようやく一つの節目を迎える事になるからだ。


「貴殿の活躍を期待しております」

「はい!」


 二人の間で熱い握手が交わされる。それを合図として、聖堂には大きな拍手が響き渡った。

 そろそろ、式も幕間だろう。だが、思い出してほしい。これで終わられては困る人物が一人そこに居たことを――そう、今回の儀式に強制的に参加させられていたもう一人の青年、カイである。


(え、これで終わり!?)


 彼にとって、このまま放置は非常にまずいのである、何故ならこの世界には聖騎士になるためだけに召喚された身であったからだ。しかし、盛り上がる会場では誰一人として彼を視界に入れている者はいない、つまり完全に空気だった。


「皆の者、静粛に――これにて、聖騎士選定の儀を修了します!」

「――ちょっと待った!!」


 これは不味い、非常に不味いぞと、不安げな様子で周りを眺めていた青年が、勇気を振り絞って訴えた。本人だって、本当であればこんな喜ばしい空気を壊すような事をしたくはなかっただろう。だが、彼にも今後の生活というものがある。

 聖騎士になれなかった今、よそ者である彼にこの世界での居住権が許されるかも怪しい、それどころか、異世界人を理由に人体実験のサンプルとして扱われることだってあるかもしれない。

 元の世界へは帰れない彼にとって、このまま放置だけは絶対に避けなければならない事だった。


「大事な時に水を差してしまい非常に恐縮なんですが……聖騎士になれなかった場合、私の今後はどうなるのでしょう?」


 精一杯に振り絞った声が、静寂の中に落ちる。

 身振り手振りで訴える姿は、確かに聖騎士と呼ぶにはあまりにも自信がなさげで、頼りないものに思えた。


 シーン、と静まりかえる聖堂の中で、行き場を失った青年の視線だけがその場を彷徨う。

 彼がそんな不憫な目に遭うのは、この世界にやってきて二度目の出来事であった。

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