第15話

F社の営業所には私と営業マンのふたりだったが、このたび男性社員が入社することになった。海外の工場で中国人の見張りをしていたというこの男はなんとも怪しかったが、社長が選んだので文句も言えなかった。営業の男性と私の前任の女性は結婚しており、子供ができたので私を採用したらしい。少人数体制のこの営業所内で孕ませたとあって社長の怒りを買っていた。焼肉を食べながら「新入りの営業とふたりで新しい体制を作れ」と言われたものの、この新入りと本当にやっていけるのかと不安になった。

翌日、彼は携帯電話にかかってきた彼女からの連絡に大きな声で反応した。「彼女が救急車で運ばれた!」そういって営業所を飛び出し、翌日も休みをとっていた。数日後に戻ってくると、営業所から出かける事なく、ずっと話していた。「俺はもう百万稼いだから、もう数ヶ月働かなくていいっていう働き方をしてきた」「地元ではヤンキーのトップだった」「アイドルと仕事をしたことがあって、尻デカのあいつは媚びてきて、最近売れているあいつは商売っ気がすごい」悪い人ではないが、業界に通じているという話は少し胡散臭さがあった。社長の雇った辞めさせ屋なのではないか?私はそう疑い始めていた。

上野動物園のパンダの赤ちゃんの配信映像や配信されたばかりのTVerを見ながら、何とか昼休憩だけでも現実逃避をして過ごしていた。奥さんが退社した後の営業マンの嫌がらせは酷いものだったが、訳の分からない新入りが入った後もストレスからか彼は私に当たっていた。もう辞めてしまおうか。営業所を掃除しながら、心を決めていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る