第2話
「もうここでいいじゃない」
母は明日仕事があるので、娘の初めての一人暮らしの家だというのに駅前の不動産に入って予算を言うなり、あっという間に決めてしまった。なんだか胡散臭く笑う夫婦が経営している。毎年近くの大学生が安いアパートを求めてやってくるから、流れは決まっているのだろう。内見を終えて不動産屋へ戻るとすぐ契約書が出てきた。母は一仕事終えて満足そうだ。本当にこんなボロ家で大丈夫かと心細かったものの、そんなに裕福ではない我が家の家計を考えて黙って頷いた。思い描いていたキャンパスライフとは程遠い新居は木造で廊下に洗濯機を設置するタイプで、二階建ての6部屋。このアパートが建ったのは私が生まれた年と同じだった。建物に沿って取り付けられた階段は錆びていて登るたびに軋んで、あまり重いものを運ぶと落ちてしまうんではないかと思った。もう決まってしまったのに、やはりまだ不安と不満を抱えていた。とはいえ、このアパートからそれほど遠くない大学の門を通って中に入ってしまえば、両側の並木道に浮かれたった大学生だらけでしっかりとキャンパスライフのはじまりを感じることができた。これから独りで生きていくんだ。そう思うと泣きそうになった。
初日は親と一緒に式に出ている人が多く、広いセレモニーホールを見渡しながら、自分と同じように合格通知を受け取った人達なのだと思うと不思議と親近感を覚えた。
高校も卒業して、とうとう一人暮らしをすると決めたのにまだ金銭的には親元を離れておらず、甘えたい気持ちと自己奮起でぐちゃぐちゃになっていると向こうから一組の親子が近付いてきた。母親は少し距離をとって立ち止まった。娘の方は黒髪の長い育ちの良さを感じさせる小柄な女の子だ。
「はじめまして。あなたもこの科?よかったら一緒に親睦会行きませんか」
こんなにあっさりとこれから4年間過ごす仲間を決めてよいものかとふと思ったが、落ち着いた雰囲気に安心感を覚えてついていくことにした。
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