第5話 【注意:描写有】

「死なないから! 早く帰ろう!」

 母は俺の手を握り、一緒に走り出した。

 中学を卒業した頃には家族で一番身長が高くなったのに、母を見上げていることに気が付いた。Tシャツを着ていたはずなのにいつの間にかコートを着ているし、背負っているリュックが重い。

 それに今は六月なのに、チラチラと雪が降っている。走っているから顔に当たって痛いし、冷たい空気が肺に入って息が苦しい。腕を引っ張られるまま走り続けて、到着した場所は実家だった。

「捨てた自転車があるよ、お母さん」

「誕生日にあげたばっかりじゃない! 早く家に入って! 中野さん達も早く!」

 夢中で走っていたから誰かが後ろを付いて来たいたのに全く気が付かなかった。


 まさか中野先輩がいるのかと母の視線の先にいる人物を見ると、見知った顔の二人が立っていた。

「疲れたね。むっちゃん」

「りょーちゃん……とおばさん」

 

 遼平は幼馴染だ。

 今は関東の大学で自分だけのロボットを手に入れようと必死に勉強しているはずなのに、何故ここにいいる。

 そして、若すぎではないだろうか。遼平のお母さんもやはり若い。


 あ、今でも若い。


 自宅に入るとほとんどの家具やキッチン用品が倒れており、足の踏み場がほぼない状態であった。勿論、二階の自室も机の上に置いてあるとっくに使わなくなった教科書や手放した漫画本やゲームによって散乱していた。

 

 灰色の風景を見た時は異世界に来たかとほんの少し期待したが、よりにもよってまさかあの時に戻るとは――もう十年経つぞ。 


「むっちゃん、これからどうなるんだろうね」

「きっと大丈夫だよ」

 とだけ返した。実際、大丈夫なのだ。

 未来では大学に通えているのだから。


「むっちゃんは大人だね。顔を見たら安心してお腹すいてきちゃったよ」

「待ってて」

 リュックを下ろして中身を開けてみた。小学生の時に大事にしていたゲーム、お気に入りだった財布、そして菓子が入っている。

「飴ならあった。ほら」


 棒付の飴が袋ごと入っていたので、まとめていくつか差し出した。

 正直当時の記憶は曖昧になっているが、先程まで彼の家族と一緒に買い物に行っていたのだと思う。これはその時に買ってもらったのかもしれない。

「ありがとう! むっちゃんのリュックは何でも入っているね」

「たまたまだよ」


 飴のパッケージを見てふと松島さんと先輩がどうしているのか気になった。

今頃探されているのだろうか。

部室のテーブルから落ちた瞬間までは覚えているが、それからどうしてこの日に来てしまったのか誰か説明して欲しい。

 解説者を求める。

 が、まずは部屋をどうにかしないといけないので遼平と片づけをしよう。

 

幸い、棚や机などの家具は倒れていなかったので片付けはすぐに終わった。一階に降りると、遼平の母親と俺の母はリビングの片づけを一旦終わらせ、カセットコンロを使い晩御飯を作っていた。


 今日はとりあえず遼平達は俺の家に泊まることにしたらしい。隣に住んでいるし、遼平の家も一緒に片付けようと約束したそうだ。

 それぞれの父親は電車が止まってしまい、何時間もかけて歩いて帰って来た。

 帰宅する頃にもう雪は止んでいて町中の電気が消えていたからなのか、夜空がとても綺麗で星がいつもよりも光って見えた。

 車も走っておらずサイレンだけがよく聞こえる。


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