第3話

「青葉君、もう六月だ。新入生の君達が入学してから二ヶ月が経つ。八月になると、大学生は楽しいサークル内での合宿やアルバイトに精を出す。もしかすると、恋人とどこかへ出かける若者もいるだろう。その後は大学祭が待っている。その日の為に勉強そっちのけで準備をする者が多く現れる。その間に恋人同士になり大学構内は二人の世界に浸る者で溢れ、狭い廊下は更に通りづらくなる。大学生でカップルになった者は何故か授業では後ろの席に座りたがり、独り身は前の席に座るが成績は良いとは限らない。毎年この流れを繰り返し、大学はカップルまみれになる。これが大学と高校の違いだ!」


 最後の方はカップルの話ばかりで、聞かなくても良い内容だった。それに高校も大体一緒だろう。更に先輩は続ける。

「だが、楽しい行事に参加するには乗り越えなければならない何かがある。はい、松島さん答えて」

「試験です」

 松島さんが真面目な顔で答える。

「そう! 試験だ。全ての学生が逃げられない義務だ。だが、僕達は既に勝利確実の選ばれた人間なのだ」

 

 先輩が腕を組みながら言った。

 先輩が授業に出ていなくとも四年生まで進級できているのもこのサークルに入っているからなのだろう。

 でなければ、俺と同じ一年生を四回していると思う。


「全学部の過去問題がこのサークルにあるんですよね」

 

 今年の春、先輩に言われた最初の一言目がこれだった。平安や江戸時代の研究をしていると活動内容を大学へ申請しているのだが、実際は試験問題を保存して楽に進級しようという意味の歴史研究サークルなのだった。

 入手経路は歴代の部長しか知らされないという謎ルールがあるのだが、俺が卒業した後も先輩はまだ部長の座についていそうだし別に知らなくても良いと思っている。

 

 先輩は先に言われたと唇を噛んでそのまま黙ってしまったので、後で菓子をあげて機嫌を直してもらおう。


「すみません、先輩。先をお願いします」

「ふん。この部室にある棚に試験問題が入っている。今日は箱に入っている君達の学部・学年の試験を探すぞ!」


 棚には沢山積まれた銀色の箱が、埃まみれで保存されている。以前からこの中のどれかに試験問題があるのだろうとは思っていたが、全部だとは思わなかった。箱は天井まで届いていて、数はざっと見ただけで数百ある。棚は木製でいつか壊れるかもしれない。

「広瀬川君が松島さんと君の分の試験を探してください! 僕の発言を邪魔した罰です」

「この中から探すのですか? 無理ですよ」

「何が入っているのか分かるようにシールが箱に貼られているから大丈夫です。さぁ、始めてください。僕はその間にチョコレートを買いに行ってきます。松島さんも来るかい?」

「いいえ。ここで待っています」

「分かった。じゃぁ、広瀬川君よろしくね」

 そう言うと、先輩は大学内の購買へと出かけていった。松島さんと二人きりになるのは初めてで、とても空気が重く感じる。先輩に対してこんなにも早く帰ってきて欲しいと願ったことは今までに無い。だが、試験問題は探さないといけない。必要な箱を探し出そうと立ち上がった時に松島さんが口を開いた。

「さっき魔開サークルの友達が『今日は例の日ですって伝えて』って言っていたけど」

「例の日?」

「知らない。ゆうちゃんにはこれしか言われていない」

 

 松島さんはまた飴を食べながら、スマホをいじり始めた。例の日が何を意味しているのか分からないが、初めて会話できたことを噛み締める。

 今まではただ睨まれるだけだったのに、質問したら答えてはくれなかったけど返事をされたことが嬉しい。

 これを機にもっと話をしたいし、連絡先も交換したい。魔術開発サークル所属のゆうちゃんさんに感謝しよう。

 

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