第2話
松島さんは先輩とは普通に話しているのに、俺と話す時には声が低くなりまるで初めて人間と接するような動物みたいに威嚇しているような態度をされるので、正直怖い。
以前、部室で彼女が落としたスマホを拾って渡そうとしたら、何も言われずスマホを受け取り、そのまま帰られてしまったこともある。
せっかくのサークル仲間だし、同学年だから仲良くしたい。が、知り合って二ヶ月経ってもまだきっかけは掴むことのできないままだ。
どちらかというと先輩よりも松島さんに菓子をあげたいし、隣の席に座りたい。
「もっとよく松島さんのことを見てあげたほうが良いんじゃないかと思ってね。僕は先に卒業しちゃうし」
「良いこと言っている風を醸し出していると思っているでしょうけども、大学院に行ってもどうせサークルには来るんでしょう?」
「きゃ。鋭い。バレてしまったか」
「気持ち悪い声を出さないでください。就職する気もないくせに」
そう言うと、「正論反対! 正論反対!」と言いながら手に持っていたグミを俺の口の中に押し込もうとしてきたので必死に抵抗していると、先程話題に上っていた女性がガチャリとドアを開けて入ってきた。
グミのいくつかは俺の口の中へ入り、先輩の両手を掴んで押し倒している一番誤解されそうな瞬間を見られてしまい、部室内の温度が下がったような気がした。
「壁が薄いので、廊下にまでお二人の声が聞こえていましたよ」
まるで汚いゴミを見るような目で俺を見ながら向こう側にあるソファに座り、棒付き飴を食べ始める。
松島さんは俺と同学年で経済学部に所属しており、日夜数字と睨めっこをしている。
それが理由なのかは分からないが、目つきが鋭い。いや、凛々しいと言い換えておこう。きっと俺への視線があまり良くないのは数字の見過ぎだと信じたい。
入学後のサークル勧誘週間で学校を一人ウロウロしている俺を先輩がある一言で誘惑し、部室に連れて来られると先に彼女が既に入部していた。彼女は俺を見てハッとしたような顔をしたので、前に会ったことがあるかと聞いたらうんざりした様子へと変わってしまい、それからは会話らしい会話をしてくれなくなってしまった。松島さんとは連絡先すら交換できずにいる。
「先輩、お疲れ様です」
松島さんが中野先輩にだけ、挨拶とお辞儀をした。俺には無い。
「お疲れー、松島さん。飴噛んで食べると、口の中痛くならないの?」
「飴は舐める物ではなくて、噛んで楽しむ食べ物です。ストレス解消になりますからね。あと」
「あと?」
「いいえ、何でもないです。今日の活動を始めましょう」
他に言いたかった言葉が気になるが、俺が聞いてもきっと答えてくれないだろう。彼女はこの短時間の会話をしている間にもう飴を食べ終わっていた。
もし、飴の早食い大会があるのならば、彼女は上位入賞者になることがあるのかもしれない。そして日本代表に選ばれ、オリンピックに出場する為に他の大学へと転入する。今では彼女の名前を知らない者はいない。部室には先輩と俺の二人だけが菓子を食べるだけであった。
嗚呼、寂しい。
飴を食べ切った彼女を見ながらボーッとしていると、先輩の声によって妄想から帰ってくることができた。
「青葉君、そろそろ戻ってきて。いくら松島さんが綺麗な人だからといってサークル活動を中断させるほど見惚れてはダメだよ。就職した後も、そうやってボーッとしているのか?」
「就職するつもりも無い先輩に言われたくありません」
「あれ? 否定しないんだ」
「否定することは何も無いです」
「あっそ。今日は大事な話があるから、これで終わりにしよう」
確かに彼女は綺麗だ。しかもモテるのだと思う。
好意の無い人間への避け方が手慣れていたからだ。
以前、食堂で昼食を食べていると、同じ経済学なのだろう男が彼女に話しかけていた。その男はどこかのアイドルグループにいてもおかしくない顔立ちをしていたのだが、松島さんは無視をしながらラーメンをあっという間に平らげ、そのまま食堂から出て行った。
ショックを受けてしまったのか、それから男が松島さんと一緒にいるところを見ていない。その場にいた男子大学生達がイケメン君に同情した空気を出していたのを今でも覚えている。
勿論、俺のその中の一人だ。
先輩がコホンと咳払いをして今日の活動内容を発表し始めた。
「さっきも話したのですが、広瀬川君が部長のありがたい話を聞いてくれなかったので、もう一度言いますね」
先輩が嫌味っぽく俺の方を見ながら言ってきた。
「申し訳ないです」
もう名前を訂正する気にはなれなかった。
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