やけにツンケンしてくる後輩の女の子

沖盛昼間

第1話

 構内は増改築を繰り返し、巨大迷路アトラクションの名が相応しい。

 四号館へ移動しないとならないときには、幅約一.五メートルしかない外廊下を数百人もの学生が休み時間のたびに行き交わなければならないのをきっと大人は知らないだろう。


 その中には手を繋ぎながら二人の世界に入り、他の学生の通行を邪魔するカップルがいることも知らないのだ。敷地の面積は変わらないのに建物ばかり新しく増やしているならいっそ部室棟も新しくしろ。


 四十程ある文化系集団が集まるその建物は、出入口が一つしかないために毎日数百人が常に出入りしている。そのせいでいつの間にかドアが外れてしまい外壁に立てかけられ、写真部が撮影道具として勝手に利用するようになった。


 薄暗く少しカビ臭くて、歩くとギイギイと音がする廊下を通り、無料占いを行っている魔術開発サークルに『ごめんごめん』と言いながら通り抜けてその奥にあるのが我が歴史研究サークルである。


 占いは一度体験したが、胸がモヤモヤして終了したので二度としないと決めた。

「広瀬川君、待っていたよ。隣空いているから座って」

 中野先輩は四年生なのにいつ来てもこの部室にいる。最早、住んでいるといっても過言ではない。


 朝八時に来ても、今日みたいに十五時に来てもいつも決まって入り口近くのソファに座って二人しかいない部員を待ちながら、使っているのを見たことが無い銀色のアタッシュケースを自分の横に置いている。それと常に手の甲だけに布があるチェーンとスタッズ付手袋を身につけており、いつ来るか分からない敵が襲ってきた時の為に準備をしているつもりのようだ。


 先輩は就職したくないという理由だけで、両親に世界で活躍する法律家になるんだとあやふやな作り話をして、大学院に行くことを許して貰ったらしい。いつか先輩の寛大すぎる親に会う機会があるのなら、授業には碌に出席していないからきっと大学院に行っても無駄ですよと教えてあげたい。


「青葉です。もう入学してから二か月も経っているのでいい加減覚えてください」

 机を挟んで向こう側にも同じ黒色の合皮でできた二人掛けソファがあるのにも関わらず、俺を隣に座らせるのはただ菓子をねだりやすくする為だけだと知ったのは最近のことだ。以前聞いた時に、「女性はゆったりと広いソファに座ってもらわないといけないからね」と紳士のようなことを言っていたが、掃除しがいのある部屋でその発言は無意味だと先輩の卒業前にいつか言おうと心に誓っている。それとあの歌手を知っているのはきっと宮城県民とファンだけかもしれないから、部室以外でこのやりとりはしたくない。


「君が手に持っているそのグミをおくれ。お腹すいてきた」

「……どうぞ」

「リンゴ味じゃなくて、ブドウが良いのだが」

 左隣に座っている春夏秋冬手袋男の口に薄紫色の菓子を投げ入れるとオレンジ味も欲しいなどと言ってきたので、面倒になり箱ごとあげると箱だけが俺に返ってきた。 三つも歳の離れている大人に言うのもなんだが、どうせ隣に置いてあるのだからゴミ箱に捨てて欲しい。


 だが、それは言うことができない。先輩だから。

 一つ一つ大事そうに食べている先輩を眺めながらそんなことを考えていると、急に俺の方を向いて言った。

「ところで、松島さんとは何かあるの?」

 今まで菓子に夢中になっていた幼稚園児が急に男子大学生が言いそうなことを聞いてきたので、心臓が飛び上がった。菓子以外にも興味を持つのか。


「松島さんですか? 特に何も無いですよ」

 必死に失礼なことを考えてしまったことを悟られないように返事をしたつもりだが、どうだろう。

「でもよく青葉君のことじっと見てるよね」

 良かった。バレていない。

「どちらかというと睨みつけているの方が合っていると思いますよ。どうしてそんなことを聞くのですか」


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