第20話 テレシアの悪戯心

 ……エルヴィーラさんを見ていると心がざわつきます。


 ヴィクトル君のことは興味の対象でしかなく、私をどう治してくれるのか、彼の錬金術は何を成すのか、それだけの関係です。


 ヴィクトル君との日々は楽しませてもらっています。少しからかえば顔を真っ赤にしたり、私の提案に喜ぶ姿などは同年代とは思えないくらい純粋な反応です。


 そんなヴィクトル君といて、少しは心が和らいだと思う日々。そんな日々にやってきたのが、エルヴィーラさんです。


「少し妹さんにデレデレしすぎではありませんか? ヴィクトル君?」


「い……いや、そんなことは……あるかも」


 そういう時はそんなことはないかもと言うのがセオリーだというのに……正直な人ですね。


 嘘でも本当でも、セオリー通りの返答をしてくれれば私も困らなくて済むのに……、彼の言動にはいつも心を揺さぶられます。


「…………テレシア? も、もしかして怒っているのかい?」


「怒ってはいませんよ。えぇ、本当に。嫉妬とか全然していませんよ」


「いやそれ怒ってる時の……いだだだだ!? つ、つねらないで!!」


 無意識に、私は頬を膨らませながらヴィクトル君の太ももをつねっていました。


 嫉妬なんて焦りを覚えた人が抱く醜い感情。だというのに、私はエルヴィーラさんに嫉妬している……?


 エルヴィーラさんの前で笑顔を見せるヴィクトル君が許せない? それともエルヴィーラさんが羨ましい?


 そんな浅はかな感情……私が抱くはずがありません。


 恋愛感情など、所詮は脳が起こす幻想、幻覚の類。あるいは間違った反応に他ならないのですから。


 そんな感情抱くはずがない……なのに、私はどうしてもヴィクトル君の視線を独り占めしたい。


「いいや全然? 怒ってなんかいませんよ。そもそも兄妹仲睦まじいのは喜ばしいことですから。えぇ、本当に、怒ってはいませんよ」


「痛い! 痛い!! そう言いながら指に力入ってる! 入ってるからっ!!!」


 そう、兄妹仲睦まじいのは喜ばしいこと。私にはあり得ないことですが、ヴィクトル君にはそんなこともあり得るのですね。


 怒りなんて感じていないはず。怒る理由なんてないはず。


 なのに、心が揺さぶられてしまう。


「テレシアどうしたんだい? やっぱりその……怒っているというか、気にしているのかい? エルヴィーラとのこと」


「…………そう、かもしれませんね。ごめんなさい。感情に身を委ねてしまうとは私もまだまだですね」


 そう聞かれて、私は手を離しながらヴィクトル君へ謝ります。


 怒りは覚えていない。ですが、私はどうも先ほどのエルヴィーラさんの行動を気にしているようです。


 いや、今日のエルヴィーラさんの行動全てでしょうか。ヴィクトル君が他の女性と親しげに話している姿を見ると、心がざわつきます。


 もしかすると私のことを見てくれないんじゃないかって。あの家の人々と同じ、ヴィクトル君も……。


「気にしているなら……ごめん。僕も予想していない行動に戸惑いを覚えた。そりゃ、不安になるよね」


「別に……っ! いや、そうかもしれませんね。私は貴方へ何もあげられていませんから。貴方の視線が私から離れるのが少し怖くなりました」


 否定しようとして、口に出てしまった言葉。


 私が抱く歪み。


 そう、この関係は私ばかりが貰っています。私はヴィクトル君へ何もあげられてはいないのです。


 少しばかり、ヴィクトル君を失うのが怖い。最初は利害の一致、利用するだけの婚約関係だったはずですのに。


 何かと、少しずつヴィクトル君に心を委ねている自分がいます。


 そんな風にはならないと、誰も必要としない生き方を選んだはずでしたのに……。


「充分だよ。君がこうして一緒にいてくれて、こうして話してくれるだけでも。そんな答えじゃ不服かい? 


「ぇ……? ぁ、あれ? お、おかしいですね。いつもならテレシアさんと呼ぶところじゃありませんか?」


「いや……まさかテレシアがそんな風に思うとは思わなくてさ。だから、少しでも君に魅了されている的な意味で……いや、何を言っているんだ僕は」


 頬を真っ赤に染めながらそう口にするヴィクトル君。


 さんをつけるかつけないか。それだけの違いなのに、顔を真っ赤にして……かわいいですね。


 ですが、まあ、悪い気はしませんよ。そんな風に勇気を振り絞って言ってくれたこと。


 ふふっ、こんなこと口にしたらヴィクトル君はきっと驚いてしまうでしょうから、胸の奥に秘めておきましょう。


「私は想像以上に恵まれているようですね。貴方に出会えてよかったと少しは思いますよ」


「何を言ってるんだテレシアは……」


 ヴィクトル君がそう言いかけた時、私は彼の額へ唇をつけます。


 そっと、エルヴィーラさんが彼にしたように。


 頬も考えましたが、同じところに口付けは出遅れた感あって嫌ですからね。


「な……なななな何をするんだ!?!?」


 顔を真っ赤にして可愛いこと。そんなヴィクトル君を少しは気に入っていますが。


 ですので、今夜はこの言葉で終わらせましょう。


「ふふっ、ちょっとしたいたずらですよ」


 



 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る