第18話 悪役錬金術師、妹をなぐさめる
「……ヴィクトル君、もしかして私はとてつもなく酷いことをしたのでしょうか?」
「……いや、そんなことはないと思うよ。勝負を仕掛けたのは彼女な訳だし。ただ、これはあまりにも」
地面に座り込んで大泣きするエルヴィーラ。
エルヴィーラは泣き虫。そういう設定があったのを僕は思い出した。何かと涙もろくて、自分が挫けそうになった時、何かがうまくいかないとき、あるいは感動した時などなど。
ちなみにエルヴィーラルートのエンディングでは、夕日をバックに嬉しさのあまり笑顔で泣くエルヴィーラのスチルが見られる。これを初めて見たときは思わず、こっちももらい泣きしたものだ。
「って、そんな風に話している場合なのですかヴィクトル様!? は、早く泣き止ませないと本邸の方々になんて言われるか……」
ローザはエルヴィーラの大泣きに慌てている。
彼女の言う通りだ。どうやらエルヴィーラはそれなりに無理をしていて、それがテレシアとの魔法戦で一気に決壊してしまった。
もう、勝負を続ける間もなく、彼女の敗北だろう。このまま泣かせるのは兄として、ゲームを愛した人間として心苦しい。
「エルヴィーラ。無理をしたんだろう? 何があったのか聞かせてくれないか?」
「ぐずっ、お、お兄ちゃん……? で、でも私、お兄ちゃんのことあんだけ悪く言って。話せるわけないじゃない」
エルヴィーラは目を真っ赤に腫らしながら顔を背けてしまう。変なところで頑固だ。ヴィクトルの記憶通り……ついでに言うとゲーム本編と何も変わらない。
正直、主人公がやっていたようなギザな姿をするのは恥ずかしいけど……仕方ない。ここはエルヴィーラルートの主人公を見習って同じようなことをしてみるか。
「別に気にしてなんかはいないよ。エルヴィーラがそうやるのはいつだって、弱さや不安の裏返しだ。違うかい?」
「……そんなことないもん。ただ、私はお兄ちゃんと自分を天秤にかけて……自分を選ぶしかできない卑怯者なだけだもん」
ちなみに弱っている時のエルヴィーラは自分のことをかなり卑下する。
ツンデレで、バトルヒロインで、弱った時はめんどくさいヒロインという属性過多なヒロインだ。そんなんだから将来は胸と太ももがでかい……おっと、これは失言だった。
「誰だって自分を選ぶさ。父上の横暴、男系のうちでは僕の次に立場が危ういのはエルヴィーラだ。君が今の地位のために、どれだけ努力しているのかは覚えているよ」
「……だったら、なんで私を連れて行ってくれなかったの? 私があの家でどれだけ肩身狭い思いをしているのか知っているくせに」
ゲーム本編の彼女のセリフがフラッシュバックする。
エルヴィーラはずっと、本邸で肩身が狭い思いをしてきた。ゾディアック家は男系の家系。エルヴィーラに才能や力、将来性はあれど、それなりに危うい立場にいた。
それを努力と才能で覆し、彼女は負け知らずの魔法の天才となった。そして、その過程で弱さを徹底的に切り捨てて、自分を嫌悪し始めるようになったのだ。
人目のつかないところで弱者救済のために手を差し伸べていたのは、そうすることで強く在ろうとしたから。
正義感が人一倍強いのは、幼少期から悪人達の家で育ち、悪を憎んでいるから。ただそれだけなのだ。
そして、今の発言。エルヴィーラは期待されているが故にそれに応えてしまい、才能があるから本邸に縛られ続けている。
彼女はきっとヴィクトルと別邸に行くことを望んでいた。何がどうしてそうなったのか分からないが、発言から察するにきっとそうだろう。
「……それでは君が幸せにならないと思ったからだ。エルヴィーラには才能がある。その才能は活かされなくちゃ幸せにならない」
「……それがあんなところだったってこと? みんな騙して、脅して、自分の利益のためなら何でもする。家族ですら信頼なんかしちゃいない。あんなところが?」
ゾディアック家。悪役貴族と言われるだけあって、その中身はかなり酷いな。
ヴィクトルの記憶でも、兄や父は自分の利益のためなら家族を貶めることすら厭わない。
実際ゲーム内でも救いようのない悪役貴族、外道として描かれていたわけだからね。
エルヴィーラがそう言いたくなる気持ちもわかる。しかし、それでもあの家が魔法や剣技などの才能を磨く点で優れているのは事実だ。
「あそこには魔法書がある、魔道具がある、魔法を教える先生がいて、必要とあらば何だって買い揃えてくれる。別邸や他の貴族とは比べ物にならないほど、恵まれた環境なんだあそこは」
「……そう、かもしれないけど。でも、私はお兄ちゃんと一緒にいたかっただけなのに」
エルヴィーラがどうしてそこまで僕を好いているのか分からない。過去に何があったのか、ゲームの知識でもヴィクトルの記憶でも補完できないところは出てしまうから。
「……エルヴィーラが無理をしているのは分かった。辛い思いをしているのも。だから、辛ければ僕を頼ればいい。バレないように上手く別邸に来ることくらい、エルヴィーラなら簡単だろう?」
「……いいの? 私、お兄ちゃんだけじゃなくてその、お兄ちゃんの婚約者も傷つけたのに」
「あれくらい傷つけた内には入れませんよ。家が酷いのはどうやらお互い様のようですね」
テレシアが僕の隣にいた歩み寄りながらそういう。
「確かに。親が酷いのは変わりませんね」
「ええ、そうですよヴィクトル君。ですからエルヴィーラさんも気にしなくてよろしいのです。親の指示とあらば仕方ありません」
テレシアは微笑みながらエルヴィーラに手を差し伸べる。エルヴィーラは数秒悩んだあと、涙を腕で拭ってその手を取った。
「……ありがと。こんな私にも手を差し伸べてくれて」
「ふふっ、私がタダで差し出すとでも? さて、貴女には敗者としての責任を果たしてもらいましょうか」
ニコリと微笑みながらいうテレシア。僕にはその笑顔がどこか怖く感じた。
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