第16話 悪役錬金術師、妹と婚約者の決闘に巻き込まれる①
『気安く話しかけないで。貴方、自分の立場を理解しているの?』
『私は弱さを許さない。だから弱者なんて家族とも思わないわ』
『ふ、ふんっ! 少しは頼りになるようね。ま、まあ、私の力が必要なら力を貸してあげないことないけれど?』
僕はゲーム内でのエルヴィーラの言葉を思い出す。
エルヴィーラは好き嫌いが大きく分かれるヒロインだ。古典的なツンデレキャラ。最初は主人公に刺々しく、中々仲間とも打ち解けない。
ただストーリーを進めるにつれて少しずつ主人公や仲間たちに心を開いていく。
そのギャップが好きな人もいれば、最初の行ないや印象が悪くてそのまま好かないという人もいる。
ただ、赤髪のポニーテール、長身で男装の麗人、可愛いもの好き。そんなビジュアルや設定で人気の出る要素は確かにあったりするため、好きな人が多いのだけど。
それに仲間になるキャラクターの中で、トップクラスの性能を誇り、バトルヒロインの立場を確固たるものにしている。
「へぇ……? この私に勝負を挑むとは。当然、魔法戦ですよね? ゾディアックの才女さん?」
「ええその通りよ。受けるからには体調が悪いみたいな言い訳聞かないわよ」
エルヴィーラはテレシアの身体を知った上で勝負を仕掛けている。
テレシアの身体は魔法薬で少しは魔法行使に耐えられるだろう。しかし、そう何発も打てる状況ではない。
「エルヴィーラ……っ! 流石に魔法戦はダメだ! テレシアさんの身体に……」
「いいんですよヴィクトル君。ヴィクトル君のおかげで数発は身体が持ちますし、それに彼女には少しおしおきが必要だと思いましたので」
「ふんっ! 強がりもいつまで続くのやら! いいわ、早くやりましょ!」
エルヴィーラもテレシアもやる気満々と言った様子で一歩も下がろうとしない。結局、二人の魔法戦を止めることはできず、屋敷の外へと向かうのであった。
***
「すみませんヴィクトル様。その、私が事情を説明できればよかったのですが……」
僕の隣を歩くローザが頭を下げながらそう言う。
どうやらエルヴィーラは木箱を運んでいるローザを心配して声をかけたところ、木箱の中身を偶然見てしまう。
それを見たエルヴィーラが、僕が闇商売に手を出していて、従者であるローザにその片棒を担がせていると勘違い。今に至るという流れだ。
「いいよ。雇い主に意見を言うのって気が引けると思うしさ。それに本邸の人だからなおさら」
「いいえ、そんなことはないんですよ。エルヴィーラ様は前々から私のことを気にかけてくださった人なので……。ただ、それ故に私に対して妙に情が厚いというか、こう言った行きすぎたことになりがちで」
どうやらエルヴィーラは、ローザが闇商売の片棒を担がされていることにキレているらしい。
いや全部勘違いなのだけど、従者のためにあそこまで怒れるとは感心したものだ。
ゲーム本編でも孤児や虐められている生徒を助けている場面もあり、正義感は人一倍強い。
悪人だらけのゾディアック家で唯一の良心とも呼べる存在だ。ただ、今みたいに熱くなり過ぎてしまうのは問題だけど。
「この辺にしましょ。魔法戦の内容は倒れたら、もしくは降参したら負けにしましょう」
「ええいいですよ。もし、貴女が勝利した場合、何をしますか?」
「……ここに来た目的を果たす。そこにいるヴィクトルをどんな手段を使ってでも、あんなこと二度としないように心を折るわ」
「待ってくださいエルヴィーラ様っ! そんなことをする必要はありませんっ! むしろヴィクトル様は……!」
僕を指差すエルヴィーラに対して、ローザが慌てた様子で目の前に出る。
「ローザ止めないで。元々父上は、ヴィクトルが動かないようにしろと言っているのよ。下らないプライドだけど私にはこうする以外道はないの」
「ヴィクトル様は誓って闇商売に手を出してなんかいませんっ! ヴィクトル様が行なっていることは人々のためになることですっ!」
「そんなことは関係ないの。父上がやれと言った。この魔法戦が無かったとしても、場合によっては力尽くでやっていることを潰すつもりだったわ」
……なるほど。これは全て父上の差金か。
父上は典型的な悪役貴族。プライドが高く傲慢で、自分の過ちを認めない。
僕がコソコソと何かをしているのが気に食わないのだろう。何か成果があれば認めてくれると思っていた。けど、現実は甘くない。
父上は僕が成果を出す前に、その可能性を摘み取るつもりなのだ。
理由は明白。自分が無価値と判断した子供が有用だった場合、自分の判断が間違っていたということになるから。そんなのプライドが許さないから。
そして、父上はエルヴィーラのことを試している。ここで非情に、冷酷に、実の兄の可能性を摘み取れるかどうか。それを試そうとしている。
こんなイベントはゲーム本編でも起きないし、こんなイベントが過去に起きていたという設定もない。
僕の行動が未来を変えた。その結果、父上がヴィクトルに目をつけ、エルヴィーラがやってきた。この変化を喜ぶべきかどうか。
「……ふふっ。随分と面白いことを言うんですね。よりによって私の前でそれを告白するとはなんて愚かな人なのでしょう。憐みすら覚えますね」
「……は? あんた自分の立場を分かっているの? 場合によってはあんたも例外じゃないんだけど」
「ええ、そうでしょうね。しかし安心してください。貴女が私に勝つ可能性など、万に一つも存在しないのですから」
愉快そうに笑っていたテレシアの空気が一変する。エルヴィーラを威圧するような強い空気。全身が震えるようなピリピリとした空気だ。
「いい機会だから教えましょう。貴女のお兄様がどれほど優秀な錬金術師なのかを。この私が貴女に分かりやすく証明してあげますよ」
「ふ……ふんっ! 少しは腕が立つようだけど調子に乗らないでくれる? 私だって、ゾディアック家の一員として負けられない理由があるんだからっ!」
テレシアを強く睨みつけるエルヴィーラ。
不敵に笑うテレシア。
二人の戦いはこの瞬間を持って始まった。
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