第二章妹が別邸にやってきました
第14話 エルヴィーラの憂鬱
「……最近、ヴィクトルが何やら動いているらしい」
当主である父上が話を切り出す。
それはある日の夕食時。ゾディアック家に唯一存在する家族団欒の時間でのことだ。
「あの出来損ないが? そういや最近婚約者が来たんだっけな。どうせそれで張り切ってだけだろう」
ゾディアック家の長男であるカスパル・ゾディアックは小馬鹿にしたような雰囲気でそう口にする。
「所詮、大したことなんてできないさ。奴には大した力もない。紋様だって発現していないわけだしな」
「ですが、父上がわざわざそう口にするとは何か意図があってのことでしょう。最近、従者がコソコソと動いていますからね」
メガネを上げながら理知的な口調でそう言うのは、ゾディアック家の次男。名前をペーター・ゾディアックという。
「はん、いつものパシリだろ? どうせ大した意味なんてねえだろうよ」
「……だが、ヴィクトルが我々の目の届かないところで動き出した。それが問題だ」
父上は夕食を食べる手を止めて、真剣な面持ちでそう口にした。
一瞬、空気がピリつく。……凄く嫌な雰囲気だ。
「エルヴィーラ。魔法と紋様への理解はどれほど進んでいる?」
父上は私——エルヴィーラ・ゾディアックを射抜くような視線を向けつつ、私へそう聞いてきた。
それで私は理解する。この人が考えていることを。
「深くとは言いませんが、実戦で使えるくらいには」
「うむ、なら良い。であれば命令だ。ヴィクトルが何をしているのか、お前が問いただせ。手段は問わん」
冷酷にそう告げる父上。父上の言葉をどう解釈したのか口を大きく釣り上げるカスパル兄様。興味深そうに私を見るペーター兄様。
私はみんなに悟られないよう、膝の上で拳を握りしめる。
「ヴィクトルが我々の利益になろうが、ならまいがどうでも良い。奴にはもう価値を見出しておらん。故にこそ、無価値な人間が何かを成そうとしている。そんな不条理を許してはならない」
「ハッハッハッ! 傑作だぜ父上っ! 自分のプライド可愛さにやることがそれって小物すぎるだろっ!」
「言いたいことがあるならハッキリと言えカスパル」
「あんたが当主でうんざりって言ってんだよっ! おい、そこの席退けや老害」
カスパル兄様と父上の半身に紋様が浮かび上がる。
……いつもこうだ。血の気の多いカスパル兄様。プライドが高く、頭の硬い父上。
どちらもこの二人はこうやってよく喧嘩をする。大体は丸く収まるけど、こっちは夕食の味がしなくなるからやめてほしいものだ。
「……つまり父上はヴィクトルおに……ヴィクトルが目障りだから、動かないように釘を刺せと言っているのですね?」
「その通りだエルヴィーラ。今更、あの欠陥品が何をやろうともゾディアック家に与える影響など知れている。だが、過ち、思い上がりは正すのが筋というものだ」
私は内心ため息を吐く。
これは私も試しているのだ。
私が実の兄に対して躊躇いを見せれば本邸への居場所はなくなるだろう。それどころか、いいように扱われるだけだ。
真に優れた者は非情でなくてはならない。
優秀な魔法使いとは友人を、隣人を、家族を眉一つ動かさず解体出来る者。
それが幼少期の頃から叩き込まれた父上の言葉。
私に選択肢はない。断れば見捨てられる。無価値の烙印を押されてしまう。かといって反逆しても父上には敵わない。
私は父上の命令通り、ヴィクトルが何をしているのか聞き、それをやめさせなくてはいけない。
父上はヴィクトルのことを嫌っている。ヴィクトルが紋様を発現せず、魔法の才能も剣の才能、領地を運営する眼もなく、ただの凡人だったから。
だから目の届かない別邸にまで追いやった。ヴィクトルが何かを変えようとして動けば痛めつけて、徹底的に自尊心を潰した。
全て……自分が無価値と判断したから。
「分かりました。ヴィクトルに何があったのか聞き出し、それを止める。その際、ヴィクトルとその婚約者がどうなろうとも関係ないということですね」
「いいや。従者もだ。ヴィクトルが抵抗するようなら従者も痛めつけて構わん」
私はテーブルの下で握りしめる手に一層力を込める。
この人はどこまでも……っ!
全部この人のプライドだ。自分が無価値と判断したのだから、ヴィクトルは無価値な存在でなくてはならない。それを覆されるのがとても嫌なのだろう。
だからこう命令する。恐らく、この程度のこと、自分が関わる問題ですらないというプライドも相まって。
「分かりました……っ! 父上の意思のままに」
「うむ、良い。期待しているぞエルヴィーラ」
そう言って話は終わる。その後の食事の味は無味無臭だった気がする……。
夕食が終わり、私は自室に戻りながら自分の従者へこう告げる。
「明日別邸に行くわ。馬車の準備をお願い」
「分かりましたエルヴィーラ様。お付きは……」
「必要ない。私一人で行く。私は部屋で明日の準備があるから入ってこないでね」
口早にそう命令して、私は自室へと入る。鍵を閉めて、私は倒れるようにベッドへと倒れ込んだ。
「はあ……。なんでこんなことになるんだろ。ヴィクトルお兄ちゃんも懲りて、何もやらなければいいのに」
つい弱音と、いつもと違う口調が漏れ出してしまう。
……なんで私がお兄ちゃんを傷つけるようなことをしなくちゃならないのか。
お兄ちゃんが変な動きさえ見せなければ……。
「はあやだな。こんな生活。戻ってきてよお兄ちゃん。私にも才能がなければそっちにいけたのに」
私は視線を自分の机に移す。
そこには一枚の写真が飾られている。私の唯一の思い出である写真が。
昔、お兄ちゃんと二人で撮った大切な写真がそこにはあるのだ。
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