第13話 悪役錬金術師、婚約者に魔法を見せてもらう②

「ほら、どうしたのですか? 身体が不自由な私をまさか一人で行かせようとは思っていませんよね?」


 テレシアはニコリと笑いながら、誘うように細い指を動かす。


 僕はその手と自分の手を交互に見つめる。


 え……エスコート。確かにテレシアは身体が不自由で外まで歩くのは少し酷だろう。


 しかし、その手を取ることに緊張を覚えてしまう。そういや、彼女に触れたのは最初の馬車以来……。


 僕のことを笑顔で待つテレシアを見つつ、僕は深呼吸をして、意を決してその手を取る。


「では行きましょう。テレシア……さん」


「ふふっ、ええ。行きましょうかヴィクトル君」


 今頃、僕の顔は真っ赤になっているだろう。それくらい顔が熱い。


 テレシアはそんな僕が面白いのか、クスクスと小さく笑うのであった。



*** 



 魔道具。それはアステリズムクロスにおけるアイテムの一種。


 攻撃手段や防御手段、味方の支援、敵の弱体化、マップに罠を仕掛けたり、地形を変更したりと、やれることは無数にある。


 ゲームでは主に錬金術師や付与術師が持っていることが多く、魔道具次第ではアタッカーやタンクをさせることだって可能だ。


 僕はその魔道具を作るために、今、テレシアの魔法を見せてもらう。


「ふむ、これくらい離れていれば安心でしょう」


「随分と別邸から離れましたね。魔物が出てもおかしくないですよ」


 僕とテレシアは別邸から離れ、かつ道からも離れた平原までやってくる。


 道や人の建物から離れると魔物との遭遇率は上がる。これはアステリズムクロスならば常識とも言えることだ。


 予期せぬ魔物との遭遇でアイテム不足に陥って、資源の採取を中断しなくちゃならないことになったのは記憶に新しい。


「魔物が出てきたらそれはそれで好都合ですけどね。私の魔法がどれほどの強さか測る指針にはなりそうですので」


 テレシアはそういうと一歩、二歩と前へ歩く。全身に紋様が発現する。青く輝く紋様だ。


「さて、ヴィクトル君。君のおかげで少しは魔法を使えるようになりました。それには感謝しています。ですので、私も出来る限り、君に応えるとしましょう」


 テレシアが手を空高く突き上げる。次の瞬間、彼女の手に無数の青い光が集まっていく。


 テレシアは遠くの平原を見つめて、突き上げた手を言葉と共にゆっくりと降ろす。


神の雷霆ケラウノス


 次の瞬間、轟音と共に青い雷が落ちる。


 それは平原のど真ん中に巨大なクレーターを生み出すほどの威力だった……!


神の雷霆ケラウノスっ! 神話級の魔法じゃないかっ!!」


「……あら、こう、もう少し別な反応をするかなと思っていましたが、予想外の反応ですね」


「どんな反応を期待していたのか分からないけど、とにかくすごいよっ!! だって、この魔法、使えるのはごく一部の天才だけなんだからっ!!」


 アステリズムクロスの魔法には幾つか段階がある。下級、中級、上級、超級、神話級といった具合に。


 テレシアが放った魔法はその神話級の魔法だ。神話級の魔法は主人公やヒロインが、物語の終盤において特殊なイベントをクリアした時に限り獲得可能な魔法だ。


 それをあっさりと……それも本気の二割で使えてしまうだなんて!


「テレシア、君は天才なんだっ! 本当に本当に君は過去に類を見ないレベルの天才だっ!!」


「えっ!? は、はいっ!? ちょ、ヴィクトル君……? そんな情熱的に見られましても」


「いやいやこんな才能を見せつけられたら、錬金術師としては燃えるだろう! 君の才能、やはり腐らせてしまうのは勿体無いっ!!」


 彼女は主人公やヒロイン……それ以上の存在である黒幕ですらも凌駕できるほどの才能の持ち主だ。


 ゲームだと如何にその才能が活かされていなったのかわかる。


 僕は見てみたい。彼女の才能が行き着くその先を。


「ヴィクトル君……? その、落ち着いてもらえますと」


「ああ、ごめん。思った以上にテレシアの才能が凄くてね。認識を改めなくちゃと思うと同時になんだか興奮しちゃって」


「あれ……? それはよろしいのですが呼び方が」


 テレシアに指摘されて、僕は自分が相当興奮してたことに気がつく。


「え……あっ!? す、すすみませんテレシア……さんっ! 急に呼び捨てなんかしてしまって!!」


「ふふっ。治されるのでしたら指摘しなければ良かったですかね。私としては呼び捨てでも構いませんが」


 力関係が圧倒的に上の人物を呼び捨てにできるほど肝は座っていません。


 テレシアの直接的な戦闘力は常軌を逸している。その気になれば今の時点で貴族の軍隊くらいなら相手取ることは出来るんじゃないだろうか……?


「私にそんな期待はしない方がいいですよ。ゲホッ……ケホッ!」


「テレシアさん……っ! や、やっぱり身体が魔法行使に追いついてない……!」


 テレシアが咳き込み始めたところで、僕は彼女の体を支える。


 僕はすぐに持ってきた魔法薬をゆっくり飲ませる。数秒して、徐々に彼女の呼吸が落ち着いていく。


「すみません……ヴィクトル君。やはり神級魔法は身体への負担が大きいですか」


「僕が魔法を見たいと言ったから……っ! 謝らないでください。これは僕の」


 責任ですと続けようとした時、細く白い指がピタリと僕の口を塞ぐ。


「ふふっ、その言葉はなしですよ。私の選択なのですから。それで? 得られるものはありましたか?」


 テレシアは笑いながらそう口にする。弱々しくも、どこか僕を試すような口ぶり。


 興奮してしまったが、僕の目的は達成している。神級魔法を直に見て、ゲームの知識、ヴィクトル自身の頭脳、そしてこの世界に来てから勉強した錬金術や魔法。


 それらを全てを掛け合わせて、ある答えに辿り着く。


「はい。しっかりと。素材さえあれば、神の魔法。それすらも再現できるという確信を得ました」


「ふふっ、頼もしいですね。私も多少の無茶をした甲斐がありました」


 テレシアが自分の体がこうなるのを承知で魔法を見せてくれた。


 僕のわがままに付き合ってくれたのだ。それを無駄にすることはできない。錬金術師である以上、見せてもらったからにはそれ以上の物を作らなくては。


「テレシアさん、今日は色々とありがとうございました。貴女のおかげでやるべきことが沢山思いついたので」


「それは良かったです。私の身体を治すためですからね。協力は惜しみませんよ」


「そう言ってくれるならありがたいですね」


 僕はテレシアの肩を支えながら立ち上がる。


 テレシアのおかげで新たにやるべきことが幾つか見えた。このままだとエーテル病を克服するエリクサーを作れるようになるのは先の先。


 魔道具の作成、魔石の入手、そして新たな魔道具の取引先。これらを揃えて、より錬金術をするための設備を充実させていく。


「テレシアさん」


「はい、なんでしょうかヴィクトル君」


 支えてもらいながらテレシアは、僕へと視線を向ける。何かを期待するような瞳で。


「すぐに全力を出せるようにしますから。もう二度とこんな風にならないように」


「……ふふっ、ええ、それはとても楽しみです。その時は私がヴィクトル君の肩でも支えましょう」


「そんな風になるといいですね」


 僕とテレシアは夕日を背中に、小さく微笑みながら帰路へ着くのであった。

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