第11話 悪役錬金術師、婚約者から新たな提案をされる
「……テレシア様」
「はい、なんでしょうか? ヴィクトル様?」
テレシアがゾディアック家に来てから数日。
僕は視線を対面に座るテレシアの方へとあげる。テレシアはそれを見てニコリと笑うけど、目が笑っていない辺り、ビジネススマイルというやつだろう。
「なんで僕の部屋にいるんですか? それも来てからほぼ毎日」
「手持ち無沙汰というやつでして。この屋敷には何もないですし、かと言って一人で読書というのも退屈ですしね。貴方を見ていれば退屈しないと思いまして」
「……錬金術の地味な作業を見ても退屈でしょう」
「そんなことはないですよ。それなりに楽しませてもらっています」
もっと婚約者らしく振る舞うことが出来たら良かったけれど……あいにく、前世で女性経験が皆無な僕には無理な話だ。
いや、腑抜けたことをしている暇はない。今はとにかく錬金術でテレシアのための魔法薬を作らないといけないのだから。
「まあですが、ヴィクトル様も随分と酷い待遇ですね。本邸から遠く離れた別邸、それもかなり老朽化が進んでいるじゃありませんか」
「ゾディアック家も当主も僕のことには興味ないらしいですからね。ここに割くようなお金はないのでしょう」
「ふふっ。似たもの同士ですね私達」
「好ましくない共通点だとは思いますけどね」
僕は錬金術をする手を止めず、テレシアに応えていく。
だけど……それにしても……。
「ねえ、様って付けるのやめてくれないかな……? なんだかむず痒くて」
「あら? 爵位の低い私が、爵位の高い貴方に対して様とつけるのは何も不自然なことではないように思えますが」
「婚約者同士なんだから……こう、もう少し普通な呼び方でも」
「ふふっ、なら貴方がテレシア様と呼ぶのをやめてくださるのでしたら考えましょう」
意地悪そうに目を細めながら、彼女はそう口にする。
……む、確かにテレシアの言う通りだ。僕がテレシアに様とつけるのは少し不自然。
嫌われたくないという感情と、無意識に推しへの感情が出てしまって自然に様付けしていた……。
「じゃ、じゃあ……て、テレシア……さん」
「様よりかはマシですかね。まあ、婚約者っぽくはありませんが」
今すぐにでも錬金術をする手を止めて、顔を覆い隠したいっ!
呼び捨てとか絶対に無理だからさんにしたけど、それでも恥ずかしい……!
「ふふっ、では私はヴィクトル君と呼びましょうか……って、どうかしましたか?」
「い、いや……あまりにもこう、形容し難いものでつい」
首を傾げるテレシアから顔を逸らしつつ、手で表情を覆い隠す。
ヴィクトル君……呼び方を変えてもらっただけなのに、少しでも油断すれば顔がにやけてしまう。
「ふふっ、面白いですね。それにしても、ここ数日間色々と見ましたが、魔法薬以外は作らないのですか?」
「そういや、魔法薬のことばかり気にしてて全然そこらへんは考えていませんでした……」
テレシアに指摘されて僕は気がつく。
比較的簡単でスピーディーに作れる魔法薬ばかり作っていたけれど、錬金術はそれだけではない。
「テレシアさんに渡す魔法薬のことばかり考えていて……。最近の調子はどうですか?」
「生活環境が変わったのもありますが、エーテル病の症状は軽くなりましたよ。主に毎日渡してくれる魔法薬のおかげですが」
テレシアはニコリと微笑みながらそう答える。
テレシアが来てから、毎日のように魔法薬を渡している。理由はテレシアの栄養失調の対策や身体機能の修復のためだ。
彼女の身体は長年に及ぶ冷遇とエーテル病によって、見た目以上にボロボロだ。手袋で隠してはいるけど、爪も殆ど生えていない。
いつ死んでもおかしくない状況……なのに死んでいなかったのは、大量の魔力がテレシアを辛うじて繋ぎ止めていたからに他ならない。
エーテル病の克服だけではなく、彼女のボロボロになった身体を回復させること。僕のやるべきことが増えたということだ。
「少し前までは食事もろくに喉を通らなかったのですが、ここ一、二日は多少食べられるようになりましたよ。これもヴィクトル君と優秀な従者のおかげですかね」
テレシアは横目でローザを見る。ローザはぴくりと肩を震わせた後、静かに礼をした。
「ヴィクトル様のご指示があってのことです。私はヴィクトル様に従っただけですので」
「おや、そうなんですか? ヴィクトル君」
「そう……かもしれないね」
僕はテレシアから目を背けつつ、そう口にする。
テレシアの食事へ指示を出しているのは僕だ。テレシアのことはゲームと設定資料集で書かれている範囲のことは全て暗記している。
極力、彼女の負担にならないように配慮しているのだ。
「……よし、できた。ローザ、今回の納入分だ。よろしく頼むよ」
「はいっ! 冒険者ギルドへの納入分、確認しましたっ! すぐに馬車へ積み込みますねっ!」
ローザは魔法薬が入った木箱を持ち上げて部屋を出ていく。
「魔法薬の作成して、冒険者ギルドへ……ですか。利益率はあまりよろしくないのでは?」
「よく分かったね。薄利多売。それなりに元手も増えて、安定した顧客が捕まったんだけどこれだけじゃね……」
少し前から始めた金策は今、ちょっとした課題を抱えている。
それは薄利多売になりつつあること。
僕の魔法薬はそれなりに出来がいいものとして信頼されはじめ、ローザの手腕もあって冒険者ギルドという大手の顧客を手に入れた。
冒険者ギルドでは常に魔法薬や冒険者向けの道具が不足している。そのおかげで大量の魔法薬を一気に買ってくれるのだが、まとめ買いな分、個別で売るよりも利益は落ちてしまう。
これでも問題はないのだが、設備への投資は少し長引きそうだ。
「しかし、よくも真面目に事業をやるという気になりますね。貴族なら汚いですが、もっとお金になるようなことはあるでしょう?」
「そんなこと出来るはずがないじゃないか。僕の悪評に真実味が帯びるだけだよそんなことをしたら。それに……平民を守るのは貴族の役目。少しでもみんなのためになりたいんだ」
アステリズムクロスの貴族は性格が真っ黒な人の方が多い。
特に闇商売に手を出している貴族はかなりいる。
僕みたいにみんなのためにとかいうのは主人公陣営の貴族くらいしか言わないだろう。かくいう僕も自分が破滅したくないからが主な理由だけど。
「あの悪評が絶えないヴィクトル君にそんな目的があるなんて感動しますね。ですが、薄利多売を続けても君一人では限度が来てしまう。違いませんか?」
「それは……そうですが」
「私とてヴィクトル君に倒られてしまっては困ったことになります。ですので、ここで一つ提案があるのですが」
テレシアは僕に白く細い指を一本だけ立てながらそう言う。その声音には確かな自信が宿っていた。
「魔道具の製作に手を出してみるつもりはありませんか? それも貴族向けの高級志向なものを」
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