第9話 悪役錬金術師、ヒロインのために決意する
「しかし、今まで飲んできた魔法薬に比べると随分と味が美味しいですねこれ。かなり飲みやすいです」
「まあそこまでこだわりましたから。どうせ飲むものなら不味いよりも美味しいと感じてほしいので」
「なるほど。魔法薬を飲む人への心遣い……ふふっ、そこまで考えられるなんていい人すぎますね本当に」
テレシアが柔らかく微笑んだ後だ。
テレシアの身体に異変が起こる。全身の紋様が浮かび上がり、明滅していく感じ。テレシアは驚いたように自分の身体を見つめる。
「魔力の抑制……いや、身体がエーテル病を克服しつつある……? なんだか、身体が軽くなった気分です」
「そう感じていただけたなら少しは効果があったということでしょう。良かった……」
「一体、貴方はどんな魔法薬を飲ませてくださったのですか!? それをお聞かせください! こんな風になるのは初めてです!」
テレシアは食い気味に僕へ身を乗り出してそういう。
その目に光がない……なんてことはなく、むしろ僅かな希望を宿していた。
「エリクサー、万病を治し、肉体を復元する万能の霊薬。それは、エリクサーを模して作った魔法薬です」
「エリクサー……錬金術の秘奥。ですが、エリクサーですらエーテル病は完全に治せないと聞いておりますが」
エーテル病は不治の病。対してエリクサーはどんな万病すら治してしまう霊薬。
これでは矛盾が生じてしまう。だけどそれはエーテル病を治そうと思った場合に限る。
「ええそうです。ですから、僕はある点に目をつけました。エーテル病を治すのではなく、エーテル病に耐えられるくらい肉体を作り替えてしまおうと」
「……なるほど。それは盲点でしたね。治すのではなく、克服。ですが、短期間で出来るようなことではないでしょう?」
テレシアの言う通りだ。エーテル病に耐えられる肉体となれば、それこそかなり長い年月が必要になるし、彼女自身の生命力も必要になってくる。
しかし、少なくとも後者はゲーム本編にて示唆されている。何せ、エーテル病が末期にも関わらず、剣を持って命が尽きる最後まで剣と魔法を駆使して主人公を圧倒していたのだ。
そんな彼女に生命力がないなんて言わせない。つまり、必要なのは時間だけ。
「少なくとも数年単位はかかると見込んでいます。完璧なエリクサーも必要になります。ですが、僕には貴女の身体をどうにか出来る手段がある」
「そうですね。しかし数年、それも完璧なエリクサーまで必要と来ましたか。たかが男爵令嬢にそこまでする必要はないのでは? それこそ貴方の能力ならもっと相応しい人が……」
「貴女のことが好きだからそうするのです」
その言葉を聞いた瞬間、テレシアはぴたりと動きを止めた。数秒経つにつれて、平静を保とうとしているが少しずつ表情が崩れて、頬を徐々に赤く染めていく。
「な、何を言っているのですかね? 全く、あまりからかわないでほしいものです。私を好いてくれる人なんているはずが……」
「実際話してみて、こうして出会ってみて、僕は確信しました。ああ、僕はこの人のことが好きなんだなと」
「~~~~っ!?」
テレシアの言う通り、男爵令嬢にそこまでする必要はない。それも彼女は冷遇されている身。テレシアに金と時間をかけて病気を克服させたところで見返りなんてないだろう。
僕がこうしているのは破滅を回避するためと、推しキャラのために尽くしたいという気持ちがあるからだ。
もっと分かりやすく言うなら、推しが笑顔になるところを見たい。ゲーム本編の彼女は決して、本心からの笑顔を見せることはなかったから。
「……貴方が好いているのは私ではなく、私の才能や能力ではないのですか?」
「それは違いますよ。例え、貴女に才能がなかったとしても、僕は貴女のことを好きになっていたでしょう。きっと、そうに違いない」
「……わかりません。そこまで言う貴方が」
テレシアは顔を手で覆い隠して、目元でそう訴える。
「僕たちは婚約者同士ですよ。婚約者を好きになるのは当然のことでは?」
「……そう、かもしれませんが。これは政略結婚。愛なんてない……物語でもそうと決まっているものです」
「なら二人で愛を育んでいきましょう。これから互いのことを知っていけばいいのですから」
「ああもうっ! これ以上変なことを言わないでくださいっ! 聞いてるこっちがどうにかしそうですっ! 全くこんな会話他人に聞かれていたら……」
テレシアはギギギと鈍い音を立てて、側で控えているローザを見る。
当のローザは俯いたまま、こちらの方を見ようとはしない。ただ、耳まで真っ赤になっているのは見える。
「ほ、本日はいい天気ですねヴィクトル様。出会いの日にはピッタリだと思いませんか?」
「露骨に話題をずらそうとしても無駄ですよテレシア様」
「……そう、ですね。いえ、本当に初めてのことで混乱していました」
こんな風に感情表現豊かなテレシアを見るのは初めてだ。
ゲームでは決して見ることが出来なかっただろう姿を沢山見せてくれる。これを見ただけでも満足……じゃない!
「……わかりました。貴方に付き合いましょうヴィクトル・ゾディアック。ですが、この身がエーテル病を克服できたとして、私が差し出せるのは精々この身体くらい。それ以上を期待されても何も出ませんよ」
「それだけでも僕には十分すぎるくらいです。精一杯、貴女のために錬金術を極めると約束しましょう」
「そうですか。では、少しだけ貴方に期待してもいいかもしれませんね」
僕はその時、彼女に目を奪われてしまう。
決して満面の笑みとは言えない。しかし、安堵したような儚い笑みに僕の心臓はこれ以上になく高鳴っていた。
僕は僕の破滅を回避するだけではなく、必ず、彼女を救ってみせる。
彼女が黒幕に頼らなくてもいいように、彼女が心の闇を抱えなくてもいいように、僕は彼女のために頑張ろう。
僕はそう新たに決意するのであった。
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