第8話 悪役錬金術師、婚約者と取引をする

「大変お待たせしました。どうぞ、おくつろぎください」


 話が一区切りついた頃、ローザが紅茶と茶菓子を持って現れる。


 香りがあまり立たない、素朴な紅茶と茶色の四角い球体。それを差し出されたテレシアはわずかに目を輝かせていた。


「これは……?」


「粉末にした紅茶と塩キャラメルです」


 目を輝かせながらもそう聞いてきたテレシアに対して、僕はそう答える。


 粉末紅茶と塩キャラメル。アステリズムクロスにおけるテレシア・アスクレピオスの好物。


 贈り物でこの二つを上げると好感度が上がり、特殊なイベントが進行するようになる。


 この二つは貴族のお嬢様が好んで食べるようなものではない。


 キャラメルは軍が遠征の時に用いる保存食というイメージが強く、キャラメルを使った料理は好まれるが、キャラメルそのものはあまり好かれないという舞台設定がある。


 粉末紅茶も同様だ。茶葉の余り物を乾燥後、粉末にすることで携帯性と保存性、紅茶の手軽さを高めたもので庶民向けにしている。


 ただ元々が茶葉の余り物であり、色んな茶葉を混ぜているため、独特な香りと味になってしまう。それが貴族の間ではあまり気に入られないのだそう。


 これはゲーム本編でテレシアが語っていたことだ。


「……何故この二つを?」


「貴女のことを多少調べました。きっと、貴女ならこの二つは好みかなと」


 テレシアは視線を机へと落とす。


 そして僕の顔を見ないまま、呟くように口を開く。


「……私の身体は他人が知るよりもずっと色んなものが欠け落ちています。味覚や嗅覚だってそうです。並大抵の紅茶や茶菓子では味をあまり感じませんので」


 テレシアは紅茶を一口飲んだ後、そのまま細い指で塩キャラメルを摘んで口の中に入れる。その後、彼女の目尻が少しだけ柔らかく脱力した。


「この味と香り……。雑種のブレンドだからこそ際立つ独特な香り、砂糖の甘みと塩っけさが濃く、強く出ているこの味こそ、私が好むものです」


「気に入っていただけましたか?」


「ええとても……。誰にも言っていないはずの好みを知られていることに、思うところはありますが」


「あはは……。エーテル病の症状の一つにそう言うのがあり、年頃の女性ならこれを好むのかなと大雑把な予想をしただけですよ」


 本当は貴女のことが好きだから、貴女の好みを全部覚えていましただなんて口が裂けても言えない。


 まあそれっぽい言葉で誤魔化そうと思ったけど……なんか、彼女、笑ってないか?


「ふふっ。今はそう言うことで納得しておきましょう。随分と噂とは違うお方のようですし」


「そう言っていただけるなら何よりです……」


「えぇ。随分と違います。一体、どこからそんな噂が立つのか気になってしまうくらい。ねえ、ヴィクトル様。一体貴方は何者なのですか?」


 対面に座っていたテレシアが、わずかに身体を前側に寄せる。


 ……まあ、今の対応と噂通りの人格、それを比べれば今の僕がどれだけ変なのか分かってしまうだろう。


「……僕は僕ですよ。ただ、そうですね。僕は僕にしか知り得ないことを知っています」


「へぇ。隠し事をしていると堂々と口にしますか。気になって仕方ありませんね」


 噂と実際の僕、あまりにも乖離しすぎててこれから多くの人に疑いの目を持たれることになるだろう。


 破滅を回避しようとしても、僕の行動や人格を疑われて予想外の方向に事態が転がるのは避けたい。


 ならどうするべきか。


 僕は興味深そうに目を細めているテレシアの目を見返して、彼女へこう告げる。


「これ以上のことが聞きたいのなら、僕を信じてこれを飲んで欲しいです」


「……なるほど、そう来ましたか。それにしても魔法薬とは。困りましたね。見た目では毒か、それとも薬なのか全く検討もつきません」


 僕が彼女の前に置いた小瓶を見て、テレシアは楽しそうに笑う。


「僕はある未来を知っています。それは貴女も無関係ではありません。これを飲んでいただけるなら、その未来をお話ししましょう。貴女と僕の命に関わるお話です」


「ほぅ? 出会ったばかりの婚約者を信じて、何か分からない魔法薬を飲めと? 他者に信頼を寄せられると思っているのですか? ヴィクトル・ゾディアック」


 テレシアの言葉に空気がピリつく。


 テレシアに安定して魔法薬を飲んでもらう方法。色々考えたが、信頼を勝ち取る以外に道はなかった。


 彼女から信頼を得るのは簡単ではない。


 そもそもヴィクトルの前評判が酷すぎるのだ。頭が回り、疑り深いテレシアから信頼を得るには取引から始めるしかない。


 自分の未来、突如として変わった僕、それらの要素を掛け合わせて、テレシアの興味を惹く。


「ええ、その通りです。僕は貴女を信じます。これから先、何があろうとも僕は貴女の力になると誓いましょう。貴女はどうですか?」


「……ふぅ。こうなった時点で私には貴方を信じる選択肢しかないようですね。全く、人が悪いものです」


 テレシアは口を尖らせて不満げな表情を浮かべた後、言葉を続ける。


「公爵家からの信頼、男爵家の令嬢にすぎない私が無下に出来るものではありません。先ほどの無礼をお詫びしますヴィクトル様」


 テレシアは頭を下げつつ、そう言った。僕は内心、大きなため息を吐く。よかった……彼女が僕のことを信じてくれて。


「いかなる罰も受けましょう。貴方のことを軽んじた発言でした。だからどうか」


「いいよ、そんな風に謝らなくても。君視点からしたら、僕を信じろなんて言うのは到底無理な話だ。これは僕の普段の行いが呼んだことだから気にしていないよ」


「……まあ、そう言っていただけるなら何よりです。さて、この魔法薬を飲めばいいのですね」


 テレシアは深呼吸をした後、小瓶を勢いよく手に取る。え? そんな勢いよく?って思うくらいの勢いだ。


 そしてそれを開けると、彼女は一気に小瓶の中身を飲み干す。


「……ってええ!? そんな勢いで押し切っちゃっていいんですか!?」


「気にしないでください。これは貴方を信じての行動ですので」


 テレシアはそう微笑みながらいうけど大丈夫なのだろうか……?


 それよりもだ。魔法薬の効果も気になる。


 さて……どんな結果になるのか、どんな効果が現れるのか、僕は手に汗を滲ませながら彼女を見つめるのであった。



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